北海道 
知床 東岳〜知円別岳〜硫黄山
然別湖 南ペトウトル山、岩石山〜白雲山
阿寒湖 辺計礼(ペケレ)山
 【期日】       2016年06月29日(水)〜07月02日(土)

 【メンバー】    CL (Qさん)、TI(合計 2名)

 【コースタイム】
《06/29》
カムイワッカ駐車場4:17→4:26硫黄山登山口標高220m→5:40新噴火口最上部→雪渓→7:55尾根下降点8:05→硫黄山分岐→第1火口分岐8:36→9:46知円別岳分岐→10:22東岳(標高1520m)10:45→11:14知円別岳分岐→11:25知円別岳(標高1544m) → 知円別岳分岐11:39→12:24第1火口分岐→硫黄山分岐→13:12硫黄山(1562)13:30→14:00尾根下降点→雪渓→15:30新噴火口最上部→16:48登山口→16:57カムイワッカ駐車場 所要時間12:30

《06/30》移動日

《07/01》
南ペトウトル山登山口7:25→9:18南ペトウトル山9:38→10:57南ペトウトル山登山口  所要時間3:32

士幌高原ヌプカの里の白雲山登山口12:26→13:34岩石山→14:08白雲山然別湖ルートと合流→14:19白雲山山頂14:34→15:41士幌高原ヌプカの里の白雲山登山口 所要時間 3:15

《07/02》辺計礼山登山口駐車場8:08→9:34辺計礼山9:56→10:58辺計礼山登山口駐車場 所要時間 2:50

【コメント】
思い出と憧れがあふれ続けている道東の山々をQさんに同行して登ることができた

思い出の山はいくつもあるが、
まずはISさんたちと登った羅臼岳だ。麓の岩尾別温泉のランプの宿、木下小屋に泊まった。
ISさんはこの世を去り、木下小屋も廃業と聞く。 羅臼平のベアボックスから硫黄山に至る縦走路をISさんと一緒に見上げて話し合ったことを思い出すと眼が涙で潤んでしまう。
次の思い出は竹田さんたちと登った知床岳から眺めた硫黄山だ。オホーツク海から吹き上げる薄雲が花嫁のベールになってハイマツが覆う緑の尾根筋を過ぎ、その先には青空を後ろに白い肌の火山である硫黄山が聳えていた。花婿のように・・・
憧れの第1は硫黄山固有のシレトコスミレであった。青春の頃に 「日本のスミレ 橋本 保著 昭和42年発刊」を購入して読んだ。その時は「いつでも出かけられていつでも会える」と思っていたが、70歳を越すと命あるうちに見るのを祈るような気持になってくる。
10年余前にJKさんがノマド(ツアーガイド会社)を使った個人山行で羅臼岳から硫黄山に縦走する集団山行を計画・実施された。TIは事情があって同行できなかった。心残りが渋いおりのように溜まり続け、久恋のコースになっていたのだ。
今回もQさんの絶妙の計画に合わせたような好天にも恵まれて
硫黄山と知円別岳の山頂から羅臼岳を望み、東岳から知床岳をゆっくり眺めることができた。 縦走路の傍にある知円別岳にもすこし縦走路から離れている東岳にも踏み跡をたどって、脛までのハイマツやハンノキも邪魔にならずに頂上に立て、二峰とも絶景と静寂をQさんと楽しむことができた。
もちろん
憧れのシレトコスミレは、 硫黄山の麓の大株はもちろん知円別岳から東岳に至る尾根の風衝地に散らばって生えている無数の小株を見て堪能することができた。
また久恋の羅臼平から硫黄山へ伸びる縦走路もほんの少しながら歩いて、硫黄山の山頂から羅臼岳まで通して眺めることができた。出会った10人近くの方々がそれぞれのスタイルでこのコースを縦走されているようであった。TIもいつか歩きとおしたいと思いつつ硫黄山から下山した
今回、残念なのは
知円別岳分岐前の雪渓上でかなりの大きさの石を踏み落としたことだ。急斜面直下のQさんに当たるのを心配して大声を上げたら、Qさんも「ラク」と雪渓の左を上り詰めているガイドツアーの集団に大声で知らせた。雪渓の真ん中を大石が転げ落ちていったので無事だったが、これは単に偶然の幸運にすぎない思った。雪解け時の緩んだ急斜面には慎重に足を運ばなくてはならない。

もうひとつは
林道閉鎖でポンヤオロマップ岳からペテガリ岳を見ることができなかったことだ。林道閉鎖では仕方がない

とはいえ、好天が続いたおかげでQさんが代案に選んだ山々にも次々と登ることができた。

台風23号が倒した木々が積み重なる南ペトウトル山や、おなじく倒木で湖側の登山路が閉鎖され、遠回りしなければならなかった岩石山〜白雲山の頂上から青く輝く然別湖を見下ろすことができた。

また摩周山岳会の整備のお陰で美しい道が天空に導いてくれた阿寒湖近くの辺計礼山には一等三角点があった。登山届ノートには6月中に5組も記入していた。マニアには垂涎の山に違いない。
最後に運転免許返上のTIを容認して全コースを運転してくださったQさんに深く感謝
*
 【記録】
06月28日(火) 移動日
霧雨が降る中、重いザックを背負って志木駅に向かう。志木駅04:57始発の初電に乗った。池袋駅ではJR6番ホーム山の手線に乗るためにいつもの通り周りの皆様と階段を駆け下り、駆け上って急いだ。息が切れる。どうにか新宿周りの山の手線に乗り込むことができた。おかげで品川では京急本線エアポート急行をゆっくり待つことができたがもちろん渋谷までは立ちっぱなしであった。
京急品川では羽田空港国内線第1ターミナルJALにあわせて最後尾の箱に乗った。下車してJAL北海道行カウンター前(集合6:45)に向かう。06:55に、無事、先着していたQさんとJAL北ウィング時計No3北海道カウンター前のベンチで会うことができた。
大ザックをJALに預けてすぐに保安検査を通過し、No8ゲートに向かう。途中でなにか大きな回り道をし、延々と歩いた末にゲートに到着した。早すぎた朝食を補うためにブルースカイ(JAL関係ショップ)で水を買い込んでベンチでゆっくりと2回目の食事をとった
離陸15分前からの案内に従って、優先順にJAL0573便に搭乗し、指定された 座席に座ることができた。見回すと満員に近い。とはいえこれで一眠りできると安心してベルトを締めた
定刻に少し遅れてJAL0573便 B737-800型機は羽田空港を離陸した。東京上空の梅雨雲は厚い。雲の上に出て飲み物サービスを受けたと思ったら着陸態勢に入った。窓を通して見た北日本の雲は薄い。9:02に「とかち帯広空港」に着陸してゲートからすぐさまバッゲージクレイムに進み、即 預けた大ザックを手に入れた。出口のタイムズレンタブースでQさんの契約を確認してまたまた即、コーテジーカーで帯広空港タイムズレンタの事務所に到着した。書類の記入はQさんに任せて2人の大荷物を駐車してある「燃費データ捏造で評判の」 三菱自動車の軽の後部に積み込んだ。青空の下、周りには開花には至っていない青々としたジャガイモ畑が広がり厩肥の匂いが漂っていた
ウトロの「民宿いしやま」をカーナビのゴールに設定してガイドに従い帯広空港タイムズレンタを9:57に出発した。10:28に幕別駅、10:45に池田IC出口を過ぎた。十勝の畑にはジャガイモ・玉葱・ビーツなどが青々と育ち、東に進むにつれて車から眺めるニセアカシアが散り始めから花盛りに変わっていく。春が繰り返すのだ。晴天が続く本別IC出口の次は足寄IC出口を通り過ぎた。
昼時になったので十勝名物との幟がはためく「あしょろ庵」を見つけて広い駐車場に滑り込んだ。人気の店なのか入り口近くのパーキングロットに空きがない。少し離れた場所に駐車して階段を上り入り口に入った。お土産屋などを併設した一昔前の観光地のレストランであった。窓のそばの席に案内していただいて今日のお勧めを聞き、豚丼定食¥1080を注文した。出てきた料理の量にびっくり、春に食べた福井駅前のソースカツ丼定食の数倍もある。時間をかけてともかく高齢者二人とも完食した
満腹後、ウトロに向けて再出発した。津別、美幌を過ぎて右手に出てきた知床連山を見ながら斜里町に入った。内陸から海岸に道が出て知床半島らしくなる。
観光客の車が何台も止まっているオシンコシンの滝を過ぎてウトロの町に入った。すぐに民宿石山の看板を見つけた(カーナビは目的地近くに来ると義務を放棄する)。カムイワッカの滝駐車場の様子を偵察するためさらに何kmか往復するのでチェックインは帰着後」と伝えたい。民宿石山の玄関・フロントで声をかけたが不在であった
民宿石山を15:55に出てカムイワッカの滝の方向に進む。道路標識に惑わされて左折(直進か)、16:12に知床五湖有料駐車場に迷い込んだ。係員の親切な誘導で外に出て分岐を右に入った。すぐに路面が砂利にかわり、路幅が狭くなる。何回も対向車と道を譲り合い、Qさんの運転で16:27にカムイワッカの滝駐車場に到着した。

Qさんの調査では登山客はゲート直近の2ロット、残りはカムイワッカの滝観光客のためにある。登山客用のロットがいっぱいならカムイワッカの滝手前の駐車場に停めることになっているとのことだ。どうも本日の登山者が2組はあるようだ。硫黄山登山口はこの閉鎖されたゲートの先、車では入れないと確認して引き返すことにした
カムイワッカの滝駐車場を16:49に出発し、道に出てきたエゾキツネをよけ、まだまだ走ってくる対向車に気を使うQさんの運転で砂利道を返った。

知床五湖合流点の展望所(大きな看板あり)で車を降りて稀でかつ貴重な晴天のもと、知床らしい広葉樹林と笹原の先に聳える知床連山を斜里岳、遠音別岳から硫黄山縦走路の峰々、硫黄山方向を眺めて撮影した
17:42に民宿いしやま(北海道斜里郡斜里町、電話番号0152-24-2753)に帰ってきた。宿泊手続きを終え、部屋208号に入った。まず汗を流して評判の夕食に臨んだ。今晩のメインはイバラガ二、ご主人の配慮・工夫が思い計られた(献立の詳しい説明もあったけど)。グルメには絶好の宿(Qさん選択)だ
食後は明日に備えて早めに床に着いた。日中の異常とも言える高気温もオホーツク海から網戸から流れる込む涼しい微風で消え去り、ウトロの夜は静寂でウミネコの鳴き声が聞こえるだけであった.

*
06月29日(水) 東岳〜知遠別岳〜硫黄山
予定の2:30より少し早く目覚めて寝具を整理して昨夜準備していただいた大きな御握りの1/2個を齧って朝食にした。パッキングし直ししてアタックザックに軽アイゼン、雨具兼防寒具、昼食・行動食、湯・水を収納して部屋に大ザックを残した。窓から外を見ればすでに快晴の薄明であった
宿を3:20に出発した。8分ほどで知床自然センター前を通過した。朝マズメ時か昨夕には道に出ていなかったエゾシカやエゾキツネが車をさえぎった。3:35に岩尾別温泉分岐を通り過ぎ、今朝は知床五湖駐車場に引き込まれず硫黄山方向に向かう。 4:05にカムイワッカの滝駐車場に到着した。ウトロからかなりの距離で早朝でも結構時間がかかる

カムイワッカ駐車場の登山者用ロットには1台、トイレ脇の1ロットが空いていた。観光客の車はなく、埃をかぶった車が2〜3台止まっている。空きロットに駐車して知床森林生態系保護地域の大看板を見つつ、アタックザックを背負っていると、こんな早朝なのにさらにもう1台の車が到着した。車からがっしりした男性登山者が降りてきた。
多数のカラスが木々の上を騒々しく鳴きながら舞っていた。鳥の囀りもあるがかき消されてしまう。登山届ボックスを覗いて登山届用紙を頂いた。Qさんがすでに登山届けを電子提出済みである。未提出の方は記入してボックスに投入するよう指示があった。

ゲート脇を4:17に抜けて広い砂利道を進む。昔はこの先の知床大橋までバスが入っていたとQさんは言う。山側の法面に落石防止ネットがあるものの今も大型バスが通れる道である。左から正面の足元に見えるオホーツク海も穏やかな朝であった

硫黄山登山口に4:26についた。尾根末端に知床連山案内図看板もあり間違うことはない。小さな沢筋にいったん入り、まず斜面に取り付いた。すぐ上に「登山者への注意」の看板も発っていた。その先には自動カウンターがある。
尾根筋に出るとダケカンバの美しい林が続く。樹林が途切れると展望台になり谷の上流には硫黄山や下流にはオホーツク海、その先には網走方面だろうか薄い海岸線がカメラ撮影を要求していた。谷筋にはこれが本当のカムイワッカの滝かと思わせる白い瀑布が見える。

樹林帯の中の登山路脇にはゴゼンタチバナの白い花が行儀よく咲き続く。樹林にハイマツが混じり、次いでハイマツ帯に、登山路も斜面巻き道から尾根巻き道に代わった。イソツツジやイワシモツケが咲く岩場も出てきた。「日本のスミレ」によると硫黄山の低標高圏にはオオタチツボスミレ、エゾノタチツボスミレ、アイヌタチツボスミレ、タカネタチツボスミレやシロスミレなどが育つとあったがそれらしい花・実、葉や茎に会うことができなかった。残念だ。背が低いハイマツの下や岩の割れ目にはアカモノやコケモモが花をつけている。

尾根の東から上がった朝日に照らされ始めた。暑い
気のせいか硫化水素臭がしてきた。すこし登ると右手谷側に、作業場跡と思える基礎や廃材が残って、その脇に「旧硫黄採掘地」との看板が立っていた。5:07になる。谷の上流を見上げると岩場の向こうに硫黄山のドームがあった。次第に植物が少なくなり、岩とザレの斜面になる。小石に硫黄の欠片が混じり、登るにつれてそれら黄色の欠片の数が増え、サイズも幾分大きくなった。古い噴火口らしく硫黄の大きな露頭がいくつも見られ、その近くに立つ幾筋もの湯気が噴気孔の在り処を示していた
「新噴火口最上部」との看板がたつ草地に5:40にQさんに少し遅れて着いた。見ればこの先の尾根道は笹と大きなハイマツの薮に変わっている。「本格的な装備をしていない方はここまで」との案内もある。観光客やハイキングの方に対する注意である。ここはオホーツク海を見下ろす好展望地であるので日陰を探して小休止した。青空の下、周りの尾根を覆う緑の絨毯のハイマツの向こうには微風の波条がオホーツク海を飾っている。
10分ほど休んで急峻な尾根道のハイマツ帯の中に入る。思いのほかハイマツの薮の中に歩きよい道があった。だがすぐにハイマツの太い枝や根を渡ることになった。所々には岩々が登山道をハイマツとともに登山者の体力を試してくれる。歩きやすくなるとハイマツ尾根の先に硫黄山から東岳に伸びる白い尾根が目に入るようになった。
ハイマツと広葉樹の混交林に登山路が入ると硫黄川へ下る巻道になる。谷を覗くと雪渓が見えた
巻道から固定ロープを握って硫黄川の谷に下るとQさんが単独行の若い女性と話していた。Qさんから「彼女は硫黄山テント1泊で往復」と教えられる。「雪渓が二又になるところでアイゼンが必要」とも情報を頂戴していた。気温が上がったせいかエゾハルゼミが姦しく鳴く。駐車場にあった車は彼女のものか?

蚋も舞うが雪解け水が流れる沢に下りてひと休憩した。見れば沢の下流側には通行止めの横断ロープが張ってあった。左岸の固定ロープと赤布を見つけるためのホワイトアウトの対策だろう。

沢を登って雪渓末端で小休憩して6:39に急傾斜の雪渓を登り始めた。狭い谷間だが上に硫黄山、下にオホーツク海を振り返ることができる。もちろん同時に望むのは無理だが。15分登った雪渓の上に新しい熊の糞が散乱し、転がっていた。どこかにヒグマが我々を見ているのだ。

先行するQさんが谷分岐の急峻な雪渓を登り、左側の雪渓上に消えた。坪足とストックではこの急な雪渓を直登できそうにない。左岸の薮を掴んでどうにか上段の雪渓へ登った。雪渓の傾斜は緩やかだが徐々に狭くなる。7:36に雪渓上端(約1270m)に達し、踏み跡はザレ場に代わった。下山する男性に会う。余裕しゃくしゃくの様子でうらやましい。Qさんを追いかけて谷の上の尾根へ息を切らせ、息を整えながら登る。

ようやく今朝追い抜いて行った男性と歓談中のQさんと7:55に合流することができた。男性の案内によって宿願のシレトコスミレ、しかも大株にあうことができた。この尾根には大株が2つほどある。硫黄川の登山路と尾根とはコルで出会うのではなく、すこし硫黄山に登った地点に目印の杭が立っていた。したがって硫黄川を見下ろし、その先に白い尾根、さらにその先遠くに知床岳が展望できた。振り返れば硫黄山が黒々と聳え立っている。

知床岳や羅臼岳から望んで、白く見えるのが硫黄山と思い込んでいたが硫黄山山頂は真っ黒い岩塊にあった
硫黄山分岐へ向かうがその目印の杭やテープははっきりしない。それらしい地点でともかく登ってきた谷間を見下ろすことができた。尾根の右手、谷を挟んで東岳へつながる尾根も確認し、「硫黄山から羅臼岳の縦走路」を歩んでいることを納得した。硫黄山から火山墳丘が立つこの区間にはキバナシャクバゲの群落があり、蕾、開き始め、満開、散り初めと変化を教えてくれた。まるで人生。

8:15に硫黄山分岐(高度計1470m)、杭を見ると、ここがそうらしい。ハイマツの斜面の上を見上げると黒い硫黄山の山頂が岩場の先にありそうだ。

東岳へ向かう我々は硫黄山の斜面に張り付く雪渓をトラバースしたいが滑れば谷底に落るおそれがあるので雪渓脇のザレを登ることにした。雪渓を越すと雪解けでぬかるむ泥場になり登山靴は真っ白になった。この山は火山であると再認識させてくれる。そのおかげか夏道縦走路に無事出くわすことができた。ハイマツ・岩の夏道をたどるとコル右下に硫黄山のテント場を見下ろせた。先ほどの女性はここで幕営したのだろう。水を取る残雪もある。エゾコザクラが開花する斜面を過ぎて3つの噴丘の間のハイマツ帯を進んだ
第1火口分岐を過ぎると羅臼岳からの縦走路の山々ばかりでなくその先の海別岳などが望める。もちろん硫黄山から伸びる尾根の先には知円別岳から東岳への尾根と尾根から落ちる白いザレの断崖が目に入る。まだ東岳までは遠い。ハイマツに覆われた峰を巻く踏み跡に沿ってキバナシャクナゲの花が行列が続く。峰に登ると石にイワウメも咲いていた。夏道はハイマツ尾根から外れて急斜面をくだり、急斜面にへばりつく雪渓を踏んで下り巻き、登り返して尾根に戻る。硫黄川雪渓の二股よりリスクが高いと見受けた
9:04頃雪渓上の土斜面で大石を右足で踏み落してしまった。即、当たらないよう直下のQさんに声掛けした。Qさんは石を止めようと体を動かしているが余りにも石が大きい。石はまっすぐ雪渓に落ちていった。Qさんは「ラク!ラク!」と大声で叫んでいた。一歩降りて雪渓を見下ろすとガイドツアー7〜8人が雪渓の東側下を薮を掴んで登っている最中であった。偶然とはいえ、落石に当たらなくてよかった。「もしも・・・」と想像すると心臓が縮まった。

雪渓上で直上で軽アイゼンを装着した。薮をつかんで下から登ってきたガイドツアーの一行に石を落としたことを謝って彼らと交代に薮を掴んでくだり、適当な場所から巻いて登り返して雪渓を越えた。気温が高く雪が腐っている時、軽アイゼンとストックではこの雪渓下り・トラバースは怖い。せめてピッケルがあればとも思う
登り返した平坦な尾根には長い縦走路が続いていた。振り返るとハイマツが密な尾根には踏み跡らしい筋がない。縦走路を進むと夫婦、ついで男性2人に会った。羅臼岳〜硫黄山縦走の人気が判る。
知円別岳分岐に到着して硫黄山を振り返り、目を知円別岳に移した。頭を回して東岳を望むが稜線には標高が同じそうな峰が繋がってどれが東岳とは分からなかった

羅臼岳〜硫黄山縦走路と別れてザレ断崖ハイマツ薮境を進んだ。すぐに広く平坦な尾根筋になる。足元にはシレトコスミレ小株がいくつも散らばり足の踏み場に迷う。これを見たかったのだ。風跡が残る風衝地にはシレトコスミレの小株が散らばるが風が弱いハイマツや草付きにはシレトコスミレは多数の花を結ぶ大株があった。とはいえ硫黄山の大株ほどのものは目に入らなかった。平坦尾根から急に登る斜面に入るとシレトコスミレは見当たらぬようになり低いハイマツ薮となる。
ハイマツ薮を踏み登って東岳山頂に到着した。すでに寛いでいるQさんは先の男性(北海道庁の林業関係の職員、別海に赴任中)と話し込んでいた。
山頂からは懐かしい知床岳を遠望でき、振りかえって硫黄山から知円別岳と羅臼岳まで縦走の緑色の峰々見つめることができた。視野には鷹が舞い、アマツバメも空を切っていた
東岳を知円別岳に向かってQさんにメアカンフスマやコマクサの幼い株を指差し確認しながら下った。コルを過ぎて知円別岳分岐で縦走路に合流した。
知円別岳を見上げてまずザックをデポし、巻道から崩落崖際をハイマツ、ミヤマハンノキの枝を頼りにから草付きに登ると思いのほか楽々と知円別岳の頂上に着いた。
山頂からは羅臼岳へ繋がる稜線や隣の硫黄山のドームが目に迫った。ひとしきり展望を楽しんだ後に踏み跡らしい筋を下って巻き道に出た
すぐにザックを背負って縦走路を硫黄山に帰る。平坦なザレ尾根に屹立する溶岩柱の間を抜けてあの急な雪渓の上に出た。眼下の雪渓を巻いて登らなくてはいけない。雪の上には融けて不明確になった足跡が見えた。雪渓の上に降りてQさんの踏み跡を辿った。往路で落石騒ぎを起こした地点までほんの10分余で登りついた。

ハイマツ尾根に沿った登山路を第1火口分岐まで進んでコルから第1火口道標に従い第1火口を覗いてみた。Qさんが言うとおり残雪があればここでも幕営できそうだ。縦走路に帰って往路で見落としたエゾコザクラの赤紫の花を楽しんだ。キバナシャクナゲの花は紅をさして萎れかけ始めていた。硫黄山分岐で一休みして民宿石山の茹で卵・御握りを齧った。目印の杭・ロープやテープ、ペンキを見ると残雪などの状況で硫黄山取り付きが変わるようである。もちろん登らずに巻いたと思われる足跡も幾筋もあった

硫黄山分岐からは目印を見上げながらまず雪解け水でぬかるんだ泥ザレ場を登り、累々と重なる岩場をペンキマーク頼りに腕任せに登った。手足の運びがマークと食い違ういやな岩も途中にあった。Qさんはしきりに昔登って下ったコースと違うという。登り詰めた岩場の上はエゾノツガザクラの赤花を敷き詰めた頂上稜線になっていた。

硫黄山山頂には一等三角点があった。なるほど三角点マニアの大名山なわけだ。
それだけでなく展墓もすばらしい。知円別岳から望んだのとすこし角度が変わって羅臼岳までの縦走路やその先の知床連山、知床五湖やウトロを見下ろすことができる。もちろん目をこらせば知床五湖の一つ一つを見分けることができるし、オホーツク海に白い航跡を残す遊覧船も、定置網に2隻の漁船を認めることができた。
北西側を望むと鷹が舞う東岳の先に霞の中に知床岳があった

硫黄山山頂から下る。登りで不可思議なマークと思った岩場はやはり足運びが難しい。「初心者向きでないのは途中の岩が落ちたのではないか」と話し合った。岩場・小薮・草付きを下り、ザレ場に着いた。雪渓から雪解け水がほとばしり、その下の巻道は泥濘になっていた。硫黄山分岐分岐デポ地点について休憩した後に硫黄川下降点に向かい谷に下った
ザレ場を下って雪渓に入った。急降下、急峻な雪渓ではいつもの通りQさんに置いて行かれる。二股について急峻な雪渓を見下ろすとシリセード跡が何筋も着いていた。TIは面子にかけてキックステップで雪渓を電光に下った。滑れば早いのだがズボンも濡れるし肝も・・・

二股下の緩やかな雪渓を下る。残雪の上に新しい熊の糞、誰がしたのかマークがあった。雪渓下の雪解水がトウトウと流れる硫黄川の谷から尾根へ、上り口で待っていたQさんと出会って一休みした

固定ロープを握って沢から斜面に登り、樹林帯巻道を歩んだ。日差しが強く木陰でも蒸し暑い。岩を渡り、ハイマツ幹・枝を踏み続けてようやくハイマツ帯を抜けて 新噴火口最上部に着いた。看板を再び見て草場で水飲み休憩をする。朝も眺めたがハイマツ斜面の上に硫黄山が見える。知床岳や羅臼岳から眺めて硫黄山は白肌の火山だと思っていたが硫黄山山頂峰は玄武岩(安山岩?)のドームであった。思い込みは悲しい。

新噴火口最上部から尾根筋から西斜面沢筋脇の巻道を高温に耐えつつ下る。ウーウーとトラツグミかと思われる囀り(大声?)が鳴き続けていた。イオウ露頭、噴気孔、採掘所跡を過ぎて緩やかで長い道を下る。とても暑い。登りは良かった下りは呆れてしまう長かった。樹林帯に入りダケカンバ林に入り、尾根から斜面に下って巻道の自動カウンター通過を通過した。
登山口からゲートを抜けて 駐車場の車に着いた。なんと暑かった、疲れたことか・・
駐車場を 17:07に出て知床五湖入り口、岩尾別温泉分岐、知床横断道路分岐・知床自然センター、道の駅を過ぎて ウトロの「民宿いしやま」に17:53に到着することができた
*
06月30日(木) 移動日
自家用車長期旅行中の和歌山と岡山から来た方々から動機や目的、家族などのお話を聞きながらゆっくり朝食をとった。人生色々ある。
民宿石山をチェックアウトして駐車場に出た。今朝も好天でオホーツク海も凪いでいる。ウトロを発って海岸道路を中札内村に向かった。オペケプ林道入り口をチラリと見て、もう死ぬまでに遠音別岳に登ることはないだろうとセンチになる。斜里町を通り小清水町から野上峠を抜けて川湯経由で弟子屈に着いた。
摩周温泉 「湯の島道の駅」の足湯で小休止した。Qさんは足湯で周辺の情報を仕入れ、TIは故ISさんと駐車場脇で幕営した思い出を辿っていた。故ISさん一緒に歩いた網走川にQさんを連れ出し、共に道の駅回りを歩いてみる。当時に比べて綺麗になっているのはわずかな裏切りのように思えた
摩周温泉から奥峻別に向かう。カーナビに従って奥峻別小学校入り口に到着して右手に見える里山のどれが辺計礼山か、登山口はどこか、地形図地図読みで農道、林道に入ってみるのだが風景と合致せず右往左往した。すこし国道を進んで薮の中、草葉に埋もれる登山口道標を発見した。逆方向なら見つけやすい。砂利道を入って左手の家を見ながらゲートに着いた。ゲートは閉めてあり鎖ロックがかかってこれ以上は車で進めそうになかった。またしっかりと獣除けの柵が山を囲んでいた。Qさんは西の牧草地に向けて林道をさらに進んだ

牧草地から見上げる.。辺計礼山は正面なんだろうか。里山地図読みは難しい。登ってみて事後評価・反省の世界だ。
牧草地から引き返してゲート前に帰り着いた。ゲートにぶら下がる看板をよく読むと「自己責任なら林道に車で入ってもOK」と読みとれる注意書きである。車から降りてゲートのロックに触ってみると我々でも取り外し可能である。ひとまず車をいれずに、ゲート内を偵察してみた。木陰に「資源倍増の森」看板とか 開花したクリンソウがあった。右手牧草地の反対側にも林道が延びている。地形図そのままだ。

メイン道路出口に帰ると薮に隠れていたが左手の登山口道標は立派で隣にはさらに目立つ「倍増の森」の看板を認めることができた。ひと頃は登山客で賑わったのだろう
左右から大木のキャノピーで覆われる大通りを阿寒に向かって進む。米国東海岸の郊外を偲ばせてくれた。
双岳台、双湖台を過ぎて阿寒湖温泉、足寄峠を通り、足寄に入ってラワンドライブインで牛乳と醤油ラーメンで昼食を注文した。コンビニより値段が張りまずかったが庭、池、軒先の螺湾蕗は素晴らしい。足寄で給油し、足寄IC、本別IC入り口、池田IC入り口を過ぎて札内橋を渡り帯広市街を通り過ぎてようやく中札内村に入った。Qさんのロングドライブに感謝する

中札内きくや旅館(北海道河西郡中札内村、電話番号 (0155−87−2052)の看板を見つけ、本館の玄関を叩き、教えられて 別館前にに移動した。3度目なのに駐車場を忘れてしまっていた。情けない。懐かしいおばあさん2人の声を聞いてQさんのチェックインを見つめていた
*
07月01日(金) 南ペトウトル山
昨日の予報どおりに霧雨が中札内村にたち込めていた。
予定より少し早くとは言え、3:37に宿を出て7&Iで朝食を購入し、お腹にいれた。24時間営業のコンビニは登山者の味方だ。
濃霧が道路に垂れ込めているが対向車が少ないので助手席に座っていても肝を冷やすことがなかった。更別から拓進に進み坂下紅葉峡入り口から西の道に入った
農家を過ぎると道路の舗装が砂利に代わった。さらにもう一軒の農家の脇を右に入ると道路が一層狭くなった。橋も細い。ダンプが跡を残している林道を登ると分岐に出会った。左手にはゲートが構えてあり、施錠は開けようがない。歴舟川支流林道の3・5km地点工事で7月29日まで通行止めとある。要するに林道を後10km余は歩かなければポンヤオロマップ岳に登るペテガリ岳登山口に届かないということだ。分岐右手は歴舟川本流林道とあるが薮が道を覆い、踏み跡も薄かった。往復を考えると諦めたほうがよいとQさんが示唆する。結局、引き返したが坂下紅葉峡はどこだったのだろうか。太陽が濃霧を払ってくれたので懐かしい日高山脈を望むことができた
中札内村に帰って中札内IC、芽室帯広IC、芽室IC入り口などなどを通って扇ケ原展望台で休憩した。早朝でも北海道自家用車旅行の方が2台も入ってきた。湘南と広島Noの車で、犬を連れた夫婦と男性1人である。思い出せないが扇ケ原展望台には何度きたのだろうか。故ISさんとも眺めた眼下の十勝平野に雲海が広がり、その先は日高山脈が繋がっている。「 扇ケ原形成」、.「然別湖周辺の山」の説明を読んで自分登山の意義を再確認できた

ノハナショウブが咲く白樺峠に着いた。Qさんは「東ヌプカウシヌプリには登っているだろう」という。登っていたつもりであったが帰って記録を見てみると堀田さんが登ったと言ったのが記銘されて思い込んでいたのだ。東ヌプカウシヌプリ登山口には入山禁止の札があった。東ヌプカウシヌプリ登山口との看板がのある前には登山者の車がいく台も駐車していた。行政と現実と時間落差を痛感した。行政責任と自己責任とを調和はできると思うが・・・・
然別湖白雲山登山口に着いた。釣りの車が多数駐車していた。朝マズメを堪能(?)して小屋前に屯していた方から入山禁止との情報を得た。見れば「入山禁止」のポスターがある。読めば、「台風23号が倒木累積で」とある。 登山路入り口には新しいテープもあるので登っている人がいるとは思うのだが白雲山を諦めて(Qさんは諦めてなっかった)まずインフォメーションセンターに向かった。役所とおなじサービス時間ののインフォメーションセンターはまだまだ開いてなかった。登山者の対応はインフォメーションセンターでは無理かもと思った
インフォメーションセンター横の駐車場に車を止め、 南ペトウトル山登山口を覗いてみた。 南ペトウトル山も登山禁止、禁止のポスターは白雲山のコピーで正しい情報か判断できなかった。確かめなければと思う
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南ペトウトル山
登山路の様子を確認したいため駐車場から笹薮斜面を尾根に向かう。
すぐに倒木にのNo1の橙色テープが打ち付けてあった。ほんの少し登る間だけだが積み重なる倒木が道を塞いでいた。なるはど観光客やハイキングの方は登らぬ方がよい。
尾根に出てすこしは歩きよいかと思ったがすぐに根こそぎ倒れている大木にであった。右手然別湖の方から強風が作用したのと思われた。だから倒木の根を左にして青く光る然別湖を見下ろすことができるのだ。今朝の青空を映して然別湖は漣がアクセントをつけていた

なるほど倒木の累積がなければ歩きよい山道だ。然別湖の向こうに白雲山を望む、白雲山もポスターどおりの倒木かと納得した。好天過ぎて暑い。見れば笹に花が着いている。数十年毎のサイクルとまれな風水害とが重なって植物にもストレスをかけているに違いなかった。またしても倒木帯に出くわし積み重なった倒木を渡るに半時間位かかった。倒木を処置するための見積もりなのだろうか、落ちていた青目印には699、倒木に打ちつけてあった橙目印には110とあった。不思議なことに橙目印は登るにつれ番号が減って突然160を越えた番号が打ち付けてあった

右手の尾根が迫るにつれ倒木は消え歩きよいと徒歩道になる。台風がどんなに吹いて、それを尾根がさえぎったのかが分かる。左手の山頂尾根に南ペトウトル山はあれかと見えるようになった。

前山に近づくとエゾムラサキヤシオの残り花が目に入った。もう少し早ければ花を葉が隠していることはなかったはずだ。等高線で1150mになると歩きよい道に代わった。すぐに傾斜が急になりハイマツが現われた。笹薮の上にダケカンバ大木が聳える。それを過ぎると頂上尾根になった。ここが下から見た前山なのだろう。登山路が北西から西に向きを代え、行き詰まるところが南ペトウトル山1345mの山頂であった
南ペトウトル山の山頂にはちょっとしたであった広場があり、立派な山名標と図根点が立っていた。しばらく水のみ休憩をする。木陰がないので強い日差しを受けてしまう。気温が上がったせいかズボンを数匹のダニが這っている。食いつかれる前に払い落とすが今晩の風呂でう 念入りなチェックが必要だ

頂上の空き地周りの木々が茂っているので、切り開きを通す展望はそれなりであった。がんばって然別湖を見下ろし、樹間に残雪の大雪の山系を見た
倒木偵察の目的を果たしたので南ペトウトル山の山頂から下る。笹薮から樹林帯に、頂上尾根から斜面を下る。目印のダケカンバ笹薮にを過ぎて平坦な尾根筋の漫歩を楽しんだ後、倒木帯に帰ってきた。目印テープがあるが複数以上の作業者が時期が異なるときに付けたのだろうかうかうかと従うと動けなくなる。尾根筋を離れず、イチゴの棘に負けず、倒木を跨ぎ、潜れば積み重なった倒木帯を抜けることができる。

根こそぎ倒れている大木を回り込んで、もうひとつ最後の根こそぎ倒木を過ぎて尾根から斜面をホテルの屋根を目指して下った

登山口に下って然別湖ネイチャーセンターを訪れて白雲山の情報を仕入れる。然別湖側の登山路・縦走路は入山禁止だが士幌高原ヌプカの里の白雲山登山口からは登ることができるという。ルートを紙に書いていただいてセンターを出た。親切に感謝の至りである。地図を見るとここからヌプカの里までは大円を4分の3回りすることに、湖側の登山なら4分の1で済むのではあるが・・・とはQさんの弁だ

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岩石山〜白雲山
然別湖ネイチャーセンター駐車場でカーナビに士幌高原ヌプカの里をインプットして案内に従った。R274に左折して教えていただいた目標の士幌高校を確認し、士幌町瓜幕で北に向かう。道にヌプカの里の道標や幟が立ているので迷うことなく舗装された林道をゲートまで登りつめることができた
登山口はゲート左手にある。路上駐車中の車が複数ある。 眼下に見えるヌプカの里の施設への分岐だろうか、その登山口空き地に駐車してまず行動食を飲み水とともにお腹に流し込んだ。ともかく暑い。風がない。登山口に男性1人、つづいて別行動の女性1人が下ってきた。事情を話して白雲山山頂所要時間を聞く。2人とも1.5時間とのことだ。林道山側の路肩にはエゾミソガワソウや トリアシショウマが並んでいた。白雲山登山口に近寄ってみると登山届箱の隣に地域図を記した「入山禁止のお知らせ」があった。然別湖側登山口や東ヌプカウシヌプリ登山口にもこれがあったら我々のような遠方からの登山者が無理やり入山することはないだろう
白雲山登山口を覆う林を抜けると左手は広大な造成地が土肌を出し、手前には掘り出した石が小山に積まれている。造成地の向こうには士幌の畑が緑の絨毯となって広がっていた。蕨の生えた登山路が谷から斜面に進むと白肌を新緑に映えさせているダケカンバの林の中を通るようになった。歩きよい徒歩道だ。上から小さな女の子を連れた家族が下ってきた。「がんばったね」と声をかけてすれ違った
廃道への分岐だろうか、「ヌプカの里」への道標があった。路傍に青いオダマキの花が混じってきた。標高が低く、薮の中だのにヤマオダマキよりミヤマオダマキに似ているが気になる。オダマキの傍にギョウジャニンニクが育っている場合が多いのも不思議だ。
木々が大きく高くなり、「白雲山と学習体験館への分岐」道標が林の中に現れた。これを過ぎると道は谷から斜面へ移って本格的な登山路となった

紅のタカネバラがいくつも開花しているのを見て岩場にさしかかった。始めて見るアスヒカズラに見とれる間もなく岩場を登ると「白雲山と無名山分岐」に着いた。ザックをデポしてまず無名山へ岩海斜面を登る。いつものようにQさんの後、目印テープを見つけながら追いかけた。岩場から登山口方向を見下ろして、次にデポ地点へ下るルートを確認するが左右に違い・特徴がなく効率的に到着できるか気にかかった
無名山の山頂にはなんとしたことか「岩石山」と書いた山名標があった。
雲が太陽を隠し、涼しい風も吹く。隣の白雲山はすこし顎を上げて見なければならない。思いのほか黒々とした針葉樹林の山である
岩石山の山頂からは岩海を避けるように点々と着いている目印テープを辿って幾分楽に下った。タカネバラとイソツツジの薮際を選ぶように皆さんは登っているらしい。デポ地点に帰りつくとすぐにアタックザックを背負って白雲山へ針葉樹林の中を登った。林の中を風が通しているので急になった登りも快い。「白雲山然別湖ルート」と合流した。樹林帯を抜けると高山植物帯になりエゾノグンナイフウロやハクサンチドリが咲き誇っていた
白雲山山頂からは然別湖を見下ろすことができる。湖岸の温泉、ホテルの建物が見え、その先には南ペトウトル山と青空、湖の端から広がる湿原や山を越えて広がる十勝平野、手前には立ち枯れや倒木が見える天望山が望めた。湖面には釣りだろうか船も出ていた。
 
名残は惜しいがとは山頂から下るときの決まり文句だ。花の咲いた山頂部から小中木帯に下ると下るオガラバナ未熟果の房やツリバナの可愛い花を見て然別湖周りに短い夏の訪れを認めた。樹林帯に下って樹間から岩石山を見下ろして岩海の大きさを改めて実感した。岩石山との名は理解できたが無名山という名の由来はなんだろうか
「白雲山然別湖ルート」合流(分岐)点に到着した。 然別湖へはテープで入り口を塞いで下山を禁止(意思を示して)してあった。美しいヤマドリゼンマイの群落を見て涼しいトドマツ林を下ると岩石山分岐に出た。タカネバラの紅花を追いかけて下る。次第に傾斜が緩やかになりテープも目印も踏み跡も増えてきた。古い道標を見つけてこれはゲートから上の林道に通じていた登山路の跡なんだろうと地形図と照らし合わせて納得した。斜面から下って谷の底について学習館分岐を通った。水分が豊かなのだろうエゾノレイジンソウが花を薮上に伸ばしていた。ここも廃道分岐なのだろうか「ポロカの里にあと1km」道標を見て広大な造成地脇に出た。何に使うんだろうか。注意してみればここにもタカネバラがある。
登山口についてアタックザックを収納してまず補給した
士幌高原ヌプカの里の白雲山登山口からカーナビにガイドされて士幌町〜音更帯広IC入り口〜帯広市街〜帯広川西IC入り口を経て中札内ホクレンで給油した後、きくや旅館に帰り着いた。長時間・長距離の運転をしてくださったQさんに感謝して、コンビニ セイコーマートで缶ビール+焼酎をして今晩は飲酒解禁とした。好天が続いたので代案の「ついでの山」の消化が肝心になる。帰りの航空便を考慮すれば残りの瀬戸瀬山、沼の原山を脇において近めの辺計礼山を登るほうが得策ととQさんが念を押した。異論はない
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07月02日(土) 辺計礼山
予定の02:30の少し前に起きて準備・忘れ物チェックをして きくや旅館の駐車場に出た。今朝も濃霧、きくや旅館の室温は23.1℃、外は14〜15℃であった。やはり北海道だね。少し走って貰って朝食は7&iの肉蕎麦を買い込んで、車内でかき込んだ。

中札内から帯広市内を通り抜け、本別の7&Iで目覚ましのコーヒーを飲んで足寄峠を越え阿寒湖温泉に向かった。
阿寒湖温泉の観光案内所を確認して再び国道に戻った。今回何度も往復した双湖台、双岳台を過ぎてあの見つけていた辺計礼山ゲートへ左折した。民家から出てきた軽自動車に道を譲り、そのままゲートに直行した。鎖をはずしゲートを開けて林道に入った。狭い砂利道の林道を進むと広い駐車場がある。林道はここで分岐している。登山届箱・道標を見てここが登山口だと確認した。駐車場の周りにはタラノキが育ち、ヤチダモの若い木が葉を広げて気持がよい場所だ。アンパンと茶で最初の行動食を摂り、今朝の晴天にあわせて日焼け止めを塗って出発に備えた

まず登山届箱を覗くと中は蟻の巣になっていた。蟻を振り払って摩周山岳協会管理ノートを繰る。なんとこの6月に5組も記帳していた。Qさんが記入して登山口を林道へ通り過ぎた。

草にエゾハルゼミに泊っていたがまだ気温が低いせいか合唱は始まっていない。そのまま林道を歩む。左は針葉樹(トドマツ、エゾマツ、アカエゾマツ)、右広葉樹(ミズナラ、カシワバナラ?)と分かれている。何で?これも混交林というのだろうが。また林道の道床をタチツボスミレが何種類も覆っている。もうすこし早ければスミレマニアには至福の場所だ。

道標に従って林道から谷間の笹薮道へ取り付く(大袈裟か)。谷の左右はカラマツで手元は笹薮だ。足元の道にはシロバナヘビイチゴの花が残っていた。谷から斜面に登る間に、道にかぶさる笹からズボンやシャツの上にマダニが多数たかってくる。今まで露払いを何度もお願いしていたが生まれて初めてマダニ払いをQさんにおまかせした。マダニを数度払い落として樹林帯の笹道を抜ける。、巻道に立つハリギリの枝越しに麓を見下ろすことができるようになった。

巻道を終えて広葉樹低木の立つ尾根に着いた。ここも刈り払いがしてあり目印もしっかりと木の幹に打ち付けてあった。2次林らしいダケカンバが緑の斜面に並んで美しい。急斜面には電光道が切ってあってハイキング気分で歩いた。
尾根道を登りきると前山に着く。
前山からは緩やかにアップダウンする尾根のわずかに低いところを通す巻き道を歩む。振り返えれば麓の牧場が、前を見れば辺計礼山頂上らしい峰がある。ダケカンバの疎林を気分よく登った
辺計礼山の山頂にはちょっとした広場があり、立派な山名標と一等三角点標石が立っている。「通行注意林道」の先にある山とは思えないほどの行き届いた手入れがしてあった。実をつけたシロバナヘビイチゴがランナーを伸ばし、標石の傍にはフスマの種類が白い星花を広げていた。エゾタンポポは黄色い花を満開にしていたが、いくつかあるマルバダケブキはまだ蕾であった。

山頂から阿寒の高峰や、振り返れば流れる雲を被っているウペペサンケが展望できる。辺計礼山を撮影したあの牧草地をどこかと目で追う。周りを眺めながら紅茶を摂っているとあっというまに霧が阿寒を隠し始めた。どんどん流れ込む霧が濃くなってきてウペペサンケの方向はまったく見えず、ベール状に霧雨さえ降っているように思えた

Qさんのメモ取りを終えて辺計礼山山頂から薄霧のなかを下山した。前山、尾根末端を経て西へ巻き道下り、谷道上端に着いた。覚悟していたとはいえ笹からダニが跳ねてズボンに取り付いたのにはびっくりした。谷道下端道標脇についてズボン・シャツを一払いして林道へ向かった。針葉樹広葉樹混交林にはさまれた林道にはタチツボスミレ類の他にミツバツチグリやキジムシロ類が覆っていた。気がつかず見落とした草花も多いいのだろうな。上りでは気づかなかったサルナシの花を尾根分岐で見つけた。
登山口駐車場でQさんに下山届記入をしていただき、お互いに裸になって払い落としきれなかったマダニのチェックをした。やはり脱いだシャツの襟元に1匹が這っていた。やっぱり・・・

登山口をゲートに向かう。途中、エゾシカが林道から山に逃げるのを見た。少ない糞とか出会う頻度の無さに比べてあのマダニの高密度は理解できなかった。どうでもいいことだけど ・・・

林道をゲートに帰り着くと、ゲート内に重機をつんだトラックが駐車していた。Qさんは昼食のために入ったのだろうという。なるほどこんな林道利用法があるのだな。未熟な人生を恥じる

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ゲートを出て農道(林道?)入り口からメイン道路に出た。早朝に通った道を帯広空港に向かって引き返す。今回通り過ぎてきた双湖台にQさんが駐車してくれた。40年前には盛況だった双湖台の売店は閉鎖され、その先の展望台からは2湖が木々の繁茂で消えかけているように思えた。観光地の変化には感慨が沸く

阿寒湖温泉観光案内所(先に調査済み)に入った。案内所内部は豪華で私のような貧乏人には怖気づくような圧迫感があったなぜだろうね。Qさんが立派な係りの方を捕まえて立ち寄り湯を発掘していた。こんな早い時刻に開いている温泉は少ない。

推薦された阿寒湖バスセンターの受付でその旨を言うと受付の方自ら浴場入り口に案内していただいた。男性浴場の洗い場にはカラン5個しかないが浴槽には熱い湯が溢れていた。

汗を流し、着替えた後は阿寒湖温泉を発って往路を引き返し足寄峠を越えた。降り始めた雨が次第に本格化し、その後、小雨に変わった。ポツポツ雨の中、昼食オーダーストップ寸前に、あしょろ庵に着いた。チーズカレーを食べた後、帯広空港に向かった。まだまだゴールは遠い。

ホクレン大正セルフで給油した後、タイムズレンタカー帯広空港 に着いた。Qさんが手続きを終え、とかち帯広空港に送
ってもらう。JALのセキュリティカウンターで荷を纏めた大ザックを預けたら、「中にガスライターがある」と注意された。ザ
ックの底まで、小分け袋を個別にX線再検査されて小物入れにあったガスライターを発見した。頓馬なことだ。「捨てても
OK」と申告したら「1個は携帯できる」とのこと、ベストのポケットに入れて残りの荷物を大ザックに収納した。全部で13
kg、行動食などを消費した割には0.3kgしか減っていない。汗を吸った衣服の重さに驚いた。

帯広空港G2からJAL575に搭乗した。あの本格的雨が降っている時、帯広は悪天候で前便は欠航していたという。その
せいで機内は満員に近い混雑であった。幸運にも 晴れて27℃と暑い羽田空港にほぼ定刻に帰着し、Qさんにもろもろ
の苦労を謝して解散することができた
                                                    記:T/I
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※サムネイルをクリックすると、拡大写真のページを開きます            撮影:T/I
06月29日(水) 東岳〜知遠別岳〜硫黄山
07月01日(金) 南ペトウトル山
07月01日(金) 岩石山〜白雲山
07月02日(土) 辺計礼山