屋久島 障子岳1549m(宮之浦林道コース)
 【期日】2016年11月02日〜04日

 【メンバー】CL: TQ、M: TI (計 2名)

 【コースタイム】

11/02  志木5:21→羽田空港7:05集合 JAL#643 8:10→10:05鹿児島13:10→13:45屋久島空港(ガス購入)バス(¥500)13:58→14:18宮之浦(民宿フレンド荷物預け)屋久島交通タクシー(電話0997-42-0611)→14:46湯川橋たもと林道
      湯川橋15:00→15:02宮之浦林道ゲート→15:32遭難碑→作業小屋15:43→17:17清水橋(幕営)

11/03  清水橋6:01→6:28潜水橋(等高線430m)→右岸巻道→7:55ナベカケ谷出合(等高線530m)→12:05桧ノ尾谷出合二股下流(等高線700m付近)→退却→ナベカケ谷出合15:50→17:33潜水橋(幕営)

11/04  潜水橋8:45→12:08ゲート→12:11湯川橋
      湯川橋12:30→タクシー→宮之浦の民宿(フレンド)泊

 【コメント】
障子岳(大障子岳第XII峰1550m)は岳人マイナー12名山の一つである。難峰として知られている。
そこで、ロープワークが不要で水の補給に心配の無い宮之浦林道〜潜水橋〜宮之浦本流〜ナベカケ谷〜桧ノ尾谷〜大障子岳を幕営して往復する計画をQさんが立てた。
このコースは地形図を見る限り傾斜も緩やかで、障子岳の岩壁を楽しむロッククラーマーは下山ルートとして使っているとインターネットに掲載している。彼らの記録には登山ガイドとしての記述はほとんど無い。Qさんはガイド不必要な難度のルートであろうと予想されて計画されたに違いない。TIも調査段階では同感であった。

残念なことに桧ノ尾谷出合二股下流(等高線700m付近)で退却することになった。これまで経験したことがなかった丸い花崗岩の大岩が重なる深い沢と樋状の滑瀧の連続に翻弄されたせいだ。計画したP1441m下コルから下山すると宮之浦林道ゲートまで11時間では到達できそうも無く、予約してある民宿に迷惑をかけることになるとのリーダー判断だ。

なお障子岳周囲の亜高山帯のヤクザサ密薮も未経験であるので11月05日~07日に縦走する淀川登山口〜花之江河〜投石岳・安房岳・翁岳〜花之江河〜高盤岳〜白檀岳〜七五岳〜烏帽子岳〜湯泊で念のため調べてみたい。
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11月02日
11月03日
11月04日
【記録】
【動機】
障子岳(大障子岳第XII峰1550m)はマイナー12名山の一つである。 マイナー12名山とは「岳人」2002年4月号(大内尚樹、宮内幸男、高桑信一、岳人編集部選定)(コピーしたがCD劣化で開けないので下記はインターネット検索して転載)の「四季を問わず創造的登山をしなくては登頂できない名山」をさし、その条件は、@道が無く、登頂するのが困難なこと、体力があっても、登山技術や経験、地図などがなくては登頂して下山するのは極めて難しい、A山容風格とも名山とよばれてもおかしくないものであること、B山群の主峰もしくはそれに準ずるであることである。今では踏み跡や地元山岳会の尽力で登山路が整備されている山々もある。

Qさんはすでに11峰を踏破したがこの難峰だけ登り残しているという。そこで2016年秋にTIを同行させてくれて挑戦という計画案を立ててくださった。

当然ながら障子岳の記録は少ない。 つい最近では岳人2016年11月号 「日本の山D屋久島 山行記 秘境探訪障子岳(高木昭)」に永田から障子岳へのクライミングコースについての読み物記事がある。だが我々が参考に欲しい肝心なポイントやコースタイムについて著者の具体的な記録・助言が見つからない(書店立ち読みで見落としたのかもしれないが)。 そこで数少ないインターネット情報を捜した。鹿児島大学や京都大学の登攀記録にはロッククライマーの下山あるいはアプローチとして大障子岳〜花山谷か桧ノ尾谷〜ナベカケ谷〜宮之浦本流〜潜水橋〜宮之浦林道がこれも感想文風にチラリと書いてある。なるほどQさんの計画はこれらを参照しているのか。 京都大学Gの記録にあった遡行図は下山後に観光センターで立ち読みした太田五雄氏の本の引用・情報追加したものであった。その太田氏の本には「このコースを複数回経験した」だけととれる記述があるのにも吃驚した。軽荷(登頂後なら)、沢登り(下り)ではこの遡行図を参考にできるであろうが、(70歳を越えた我々が)テント泊3日分の重荷を背負って沢装備で泳がずに遡行し、障子岳を往復するにはなんとも情報不足の遡行図だった。

思えば、なんども往復したという鹿児島大学の記録に記述が無いのが惜しまれる。先進的なロッククライマーにとっては、下山コースである大障子岳〜コル(標高1360m)〜桧ノ尾谷〜ナベカケ谷〜宮之浦本流〜潜水橋を記録する価値が無いに違いない。

それでも、「障子岳がマイナー12名山に選ばれたのはなぜだろうか」と現場で確かめたい気持が高揚する。出発前にQさんの調査を聞き、Mさんの経験を耳にする限りでは、まずは無事に帰ることができれば満足とは思っていたのだが。
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【計画】
1当初計画(9/28〜9/30)
09/28宮之浦林道〜潜水橋(標高430m歩程3時間幕営)
09/29潜水橋〜宮之浦本流(宮之浦川本流は沢登り中級で水量が多ければ右岸の薮が歩ける)〜ナベカケ谷出合(潜水橋から水平距離5km、標高530m)〜ナベカケ谷〜二股(標高770m)〜桧ノ尾谷〜P1441m下コル(ナベカケ谷出合から水平距離2.5km、標高1360m)〜大障子岳〜P1441m下コル(歩程12時間幕営)
09/30 P1441m下コル〜桧ノ尾谷〜ナベカケ谷〜宮之浦本流巻道〜潜水橋〜宮之浦林道〜宮之浦の民宿(歩程9時間泊) 日本中の密薮や沢をクリアしてきたQさんは、ロッククラーマーが記述をする必要が無いくらいの難度のルートであろうと予想されたに違いない。TIも同感であった。

2.変更計画(11/02〜11/05)
今年の気象は例年と違った。台風が屋久島を襲い、秋霖も長引いた。 Qさんは9月末のフライトをキャンセルして11月初めに計画変更した。あらたなフライトの都合で屋久島空港到着が35分ほど遅れる。 そこでQさんは、次のように計画を余裕のあるものに変更してくださった。

11/02宮之浦林道〜潜水橋(途中幕営))
11/03潜水橋〜宮之浦本流巻道〜ナベカケ谷出合〜ナベカケ谷〜二股〜桧ノ尾谷〜桧ノ尾谷標高1050m(歩程8:30時間幕営)
11/04桧ノ尾谷標高1050m〜P1441m下コル〜大障子岳〜P1441m下コル(歩程8時間幕営)
11/05 P1441m下コル〜桧ノ尾谷〜ナベカケ谷〜宮之浦本流巻道〜潜水橋〜宮之浦林道〜宮之浦の民宿(歩程11時間泊)
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【記録】
11/02
晴天の鹿児島空港を予定通り離陸したボンバルディア機が屋久島に近づくにつれ島を取り巻く雲が厚くなり、屋久島の奥山はまったく見えなくなった。雲の中を降下するころには窓を雨が走るようになった。着陸した滑走路には水溜りもあったが走り雨はすでに前山のかなたに去っていた。大ザックが出てくる短い間にQさんは売店でガスカートリッジを購入してくださった。満員とは言え小型のボンバルディア機では荷物の数が知れている。

大ザックを担いでバス停に急ぐ。 屋久島交通のバスに無事乗って宮之浦に到着することができた。バス停で民宿フレンド(電080-1711-6468)の場所を聞きすぐ近くにあることを知った。受付でQさんが予約を確かめ、障子岳から下山後に使う荷物を預けさせてもらった後、予約してあったタクシー(これも屋久島交通)乗り込んだ。運転手さんの話では「宮之浦林道に入るとUターンできないのでゲート手前のUターンできる場所で降りてもらう」とのことであった。

「ここまで」とのことで下車すると、左手は宮之浦川にかかる湯川橋、正面は両側に木々が茂った暗い林道であった。ゲートまで遠いのかと不安になった。 ザックを担いで湯川橋袂から宮之浦林道を数分進むとゲートがあった。Qさんの調査では宮之浦林道ゲートから2kmでクロハゲ谷、そこから4kmでカレマツ谷、20分でモチゴヤ谷、20分でナカオ谷、カネオリ谷出合を過ぎて潜水橋(等高線430m)とある。ゲートから潜水橋まで歩程3時間、計画ではテント設営を日没前の明るいうちに済ませたいので潜水橋にできるだけ近い場所まで歩くことになっていた。

国土地理院の電子地図(地形図)には谷の名が記してないので現在地の確認はQさんのGPSに頼るしかない。 宮之浦川左岸沿いの宮ノ浦林道は現役の林道だった。路面には車が通った形跡がある。山側の法面はウラジロなどの羊歯が茂り、その先はイイギリ、ハイノキなどの薮、見上げれば杉林が続いている。川側にも杉林がある。

20分歩いたところには伐採されたばかりか皮付きの杉丸太が積み重ねてあった。遭難碑を過ぎると林道いっぱいに轍跡とぬかるみが広がりできるだけ泥濘の浅いところを選んで数十mも進まなければならなかった。林道脇に伐採や伐採道を作るのに使うのか重機が何台も止めてあった。水曜日であるのに人影が無い。 林道脇にヘゴが数本立ち、クワズイモが並んでいる。屋久島らしくなってきた。川側に立派な作業小屋がある。入り口や窓は施錠され入れない。ガラス窓越しに中を覗くと埃がたまった机や畳があった。集合解散とあり作業員の方々がここを基地に仕事をされていたのが伺えた。

ゲートからの距離を示すのか白い「3km」道標が立っているのを見つけた。湯川橋を出てほぼ45分、これなら重いザックを背負ってまず人並みに歩いていることが分かった。伐採 現場を過ぎてしばらく歩いたところで山側の林道脇斜面に括り罠に前足をかけた小鹿が我々を見つけて逃げようともがいているのを見た。密猟とは思えないのでそのまま通り過ぎた。林道に鹿の姿を見ないのはこのせいだろうか。

林道を横切って宮之浦川に下る沢には上流側に堰堤があり、大きな沢には橋が架かっている。小沢でも深く、流れは崖下を走っている。夕食の水をどうやって汲めばいいのか心配になる。山側に湧き出している細くて浅い流れを見つけて水を掬って飲んでみた。味は悪くない。沢にかかる橋には名前のないものもあったが雀榕橋、沼の平橋、不思議な名の「みみんくえむかえばし」など名づけられていた。

アップダウンや洗掘されて浅い溝があるものの林道はよく整備されている。道標5kmを過ぎると杉林から広葉樹林に代わって林道が明るくなった。また沢に橋、「たちばなばし」と記してあった。これらの橋は現在地確認に使える。 道標5.5km、道標6kmそして道標6.5kmを過ぎた頃には谷間が暗くなってきた。道標「10」を過ぎて5分も歩くころにはテントを設営しなければならぬ気配になってきた。道なりにすこし下ると右から宮之浦川本流に合流する沢に「清水橋」がかかっていた。橋の上は乾いている。平坦で絶好のテント場とQさんが判断した。

清水橋の上流には2段の堰堤があり、堰堤の傍に登ってみると谷が浅くなって絶好の水場になっている。水を汲み、橋の上にテント設営して本日の行動を終えることができた。明日は夜明けに潜水橋に到着するよう打ち合わせして寝袋に入った。
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11/03
谷間の満天に星を見ながらテントを撤収して暗い清水橋を出発した。皮肉なことにここまでは重機や自動車が最近入っていないようで歩きやすい林道だ。すぐに薄明になってヘッドランプが不要になった。林道分岐、無人雨量計や道標「12・5km」を過ぎて出発後30分でまだ薄暗い潜水橋についた。ゲートから潜水橋まで整備された林道が続いているので道なりに林道の左側(南東)を沿って3時間強を歩けば暗夜でも迷わず安全に歩きつくことができるだろうと思った。

潜水橋は面白い。宮之浦川とカネオリ谷とが合流して橋の下の数本の丸導水孔を激流が抜けている。橋そのものは浅いV字で、Mさんの情報のように豊水時には水が橋をオーバーフローして通行できないに違いない。橋の上・下流に花崗岩の丸い巨岩が積み重なり、その間を急流が走り、落ち込みに深い壷を作っている。宮之浦川本流よりカネオリ谷の方が主流に見える。明るくなるまで渡渉ポイントを目で探しながら潜水橋で休んだ。

時合を計ってほんの数mの間だが、まず靴をぬらさないようにカネオリ谷寄りの浅瀬の小岩を選んで伝わり、潜水橋から宮ノ浦川右岸の薮へ渡った。薮の中の立木には小さな赤札がある。巡視のための目印なのだろう。左の小沢を見ながら少し登ると右手に宮之浦川本流をチラリ、チラリと見下ろす平坦な斜面になる。 樹林帯であるが足元に薮はない。Qさんを追いかけて宮之浦川本流に落ち込む斜面の端近くの踏み跡を辿る。木の幹や根が支えになる。屋久島らしい暖帯林の中は暗い。もちろん腐った倒木、照葉樹の落ち葉、蔓・蔦、フユイチゴやアリドオシなどの棘植物が邪魔をした。左斜面から沢が宮之浦川本流に交わる場所は岩場になるので、大岩を避け、岩の狭い隙間や倒木くぐりが必要でそれには背中のザックが邪魔をする。数少ない平坦地では前後から屋久鹿がピーキャーと叫んで我々を追い出しに励む。

どうにか宮之浦川本流のナベカケ谷出合らしい場所に到着した。Qさんの計画時間通りであった。 沢に下って足回りを沢登り道具に替えた。ザックを背負って宮之浦川本流の右岸から左岸のナベカケ谷へ、どこを渡ればいいのか見渡した。いままで沢登りを楽しんだ中部・関東・東北の川とはまったく違う。広い川幅いっぱいに堆積している花崗岩の丸い大岩とその間を流れる激しい水流が落ち込む深みの組み合わせが目に入る。泳がなければ抜けられないような淵やプールもある。雨季では到底ここからナベカケ谷に入れないだろう。偵察のために右往左往しながらどうにか登った大岩の上には食事中の屋久猿の群れが我々を待っていた。そこから振り返ると宮之浦川本流の右岸巻道目印に大杉が立っていた。

どうにかナベカケ谷に入れたのは1時間半もたったころだった。 大岩がごろごろ転がっているナベカケ谷を、Qさんを追って登る。沢を埋める大岩は丸く滑らかで登るにも下るにも、手で掴むところが無く、沢靴のフリクションも効かない。沈石の頭を踏んでどうにか流れを進むがすぐに石は消えて腰より深いプールの底に変わる。花崗岩、緑の木々、青く澄んだ水の取り合わせでプールは美しい。プール脇がヘツれない時は岸から崖をよじ登って巻かないといけない。これを繰り返して一時間も歩いたが標高差150mを越せなかった。

それでも谷が幾分狭くなり谷の中のゴーロに大木が立つ場所に出た。ここまでもいくつか長い滑滝があったがそれらは何段にも別れ、それぞれの滑の上には激しい流れもある上に、樋状に削られたの溝滝もある。流れの中を押し返されながら登るとずぶ濡れになる。溝の脇の岩場は滑りやすい苔などに覆われ歩きにくい。滑滝の下には必ず深い滝壺があった。同じような風景が繰り返し現れ、写真撮影もメモ記入も控えてしまう。本心は踏み外さないよう、落ちないようとして余裕がなかったせいだろう。

とうとう滑って岩の上に尻餅を搗いた。2度目の尻餅で腰を痛め、痛さにこの先どうなるかと不安になる。標高620mで休憩をした。見上げればナベカケ谷本流の左先に青空を背にした美しい尖峰が見える。心安めにはなる。腰を上げて(重荷を担いで)沢登を繰り返す。

40分も登ると沢が狭くなる。だが巨岩と激流は変わらない。左右の斜面はオーバーハング気味の崖に替わった。どこを巻けばいいのかと目を配るが背の重荷と腰の鈍痛が選択を狭める。滑滝の滝壺は広くて深く美しい。大きな甕穴も2つも見た。 「丸大岩ゴーロ、急流にプール、滑滝と巻道」のセットを次々繰り返す。登り詰めて目の前を塞ぐ大岩海(がんかい)から沢上流を見上げる。左のナベカケ谷沢と右から合流する無名沢もあい変わらずシャワー&ボルダー(ロック)クライミングには最適と思うくらい厳しい。我々がいる左岸の斜面はオーバーハングの崖が聳えている。この後もテント泊を繰り返す予定の我々には左右・正面の状況は絶望的に思えた。Qさんは左岸斜面にのオーバーハング崖を登る偵察にでかけた(TIはIE・HP記録と現実との差に唖然して動けず)。潜水橋から標高差250mをほぼ計画通りの5時間半で登ってきた。

左岸崖の偵察を終えて下ってきたQさんが「桧の尾沢への巻道を見つけられなかった。障子に登って雨にあった地元の人は左岸巻道を下って潜水橋まで下るのだが・・」という。これで障子ケ岳は終わりと幾分落胆したが腰の痛みが「これでよい」と伝えていた。 結局、「このまま登ってもコル(幕営)から下ったら予約時間通りには民宿に着けない」とのQさんの判断の相談でここから下ることになった。

「丸大岩ゴーロ、急流にプール、滑滝と巻道」のセットを再び次々繰り返す。巻いて登った右斜面で、これまで唯一の人工物である洗剤プラボトルを見つけた。ナベカケ谷左岸にQさんの調査のようにどこか巻き道があるに違いない。「丸大岩ゴーロ、急流にプール、滑滝と巻道」の繰り返し下りだが滑滝と滝壺の美しさが恨めしい。 丸い大岩から滑って背中までぬらすこと更に2度、痛めた腰にこたえた。

どうにか左岸を下り続けて、歩きやすい斜面から右手に目印と思える大杉が見えた。右岸にあるはずだが左岸にある。形も違う。渡渉点を通り越したと二人で確認して引き返した。歩き易い左岸をそのまま直進していたら林道(取り付き)に出たのではないかと後で思ったが? 

少し引き返して見覚えの大杉が右岸に聳えていた。再びナベカケ谷・宮之浦川本流渡渉点を流れに頭を出した沈石をみつけながら渡る。足が外れて落ちれば首までドボンである。やはり渡渉には時間がかかった。

時間はかかったがナベカケ谷・宮之浦川本流から巻道に登りつけた。暗い林の中に白い枝(人工?天然?)が数本立つ。巻道の下りは一度通ったので踏み跡をなぞるに苦労は無い。腰の痛みも軽くなる。巻道が広尾根の末端には右手から下っていたカネオリ谷に突き当たる。左手には宮之浦川本流とそれに注ぐ小沢があった。ここにも巻道で出会ったセンリョウの群落があった。

宮之浦川本流と小沢の間の小尾根に移って小さな赤札やこのとき見つけた青杭を確認して最後は数mのヌルヌル浅瀬を裸足で渡った。後続のQさんが足を滑らして転倒した。体前面をぬらした上、痛めていた箇所を再び強打したようだった。

今日の行動を振り返れば、下見・偵察をした段階といえる。また未知のヤクザサ(ヤクシマダケ)薮をどう抜けたらいいのかは投石岳、安房岳と翁岳で調べてみよう。またQさんによれば、地元の登山者は障子岳で雨に会ったとき、桧の尾沢〜左岸巻道〜ナベカケ谷を下って潜水橋へ下るという。この踏み跡を見つけられなかったのはとても残念だ。

潜水橋に無事ついたのだが体はぐったりであった。沢道具を橋の袂に並べ、テントを設営して早めに眠った。煩いはずの沢音も子守唄だが痛めた腰が眠りを浅くした。
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11/04
テント内が明るくなるまでQさんとの前夜の約束どおり寝袋に入ってウトウトした。
朝食を終え、テントを撤収しザックを背負って潜水橋宮之浦川右岸を振り返る。目印の赤札を目に焼き付けて潜水橋を出発した。昨日痛めた腰は背筋を伸ばすと痛みが軽くなる。 ウラジロが法面を覆う宮之浦林道を湯川温泉に向けて引き返す。「中途撤退したのにこの気楽さは何だ」と自虐的になった。

林道分岐を過ぎ、目前には谷を挟んで前山の尾根が延びているのが見える。林道の山側斜面には野生の山茶花が白い花を開き、道脇にはヤクシマテンナンショウが赤い実を突き上げていた。 2日にテントを張った清水橋に着いて沢の奥を見る。堰堤の上には岩が屹立する尾根があった。夕暮れと明るい朝とはまったく風景が違う。林道脇に生えた雑木を「ハイノキ、ビナンカズラ、イイギリ、・・・」と呟きながら歩む。沢に落ち込む岩にヒトツバとツタがびっしりまといついていた。ツタはまだ緑濃く屋久島の晩秋はまだまだ先だとうかがえた。括り罠にかかったヤクジカに再び会う。3日間を生き延びていた。

沼の平橋の袂に地味な花が咲いていた。蜜を求めて大小の蜂が集まっている。見れば小型ながらイシガキチョウも1頭、羽広げ、口吻を伸ばして花房の上を移動していた。生きたイシガキチョウを見るのは何年ぶりだろうか。近づく我々を恐れて高い場所に逃げたが待つうちに再び帰ってきた。

杉林が左右を覆うようになった。往路で重機があった最上流地点に着いたが今朝はもぬけの空である。伐採された杉丸太の山はまだ搬出されずに積んであった。左の伐採された沢筋には、羊歯の広い原、その先は前山の岩峰が聳える。振り返れば宮之浦川の奥にも尾根が重なっているのが見える。砂利が積み上げられた角を曲がると林道補修中の重機に出くわした。運転手に聞くと「月水金に鹿の捕獲・回収をしている」と平然とした答えが返ってきた。小屋脇を通過したあたりに砂利が林道に虎模様に置いてあった。林道を補修するためだろう。だが泥濘には手が入って無かった。とは言え往路時より泥濘が乾いて減っている。泥濘の先に軽トラが駐車して作業をされようとする方々の姿が見えた。チェーンソーの音も聞こえる。キャタピラー跡に溜まった泥濘を渡って乾いた場所で行動食を摂り、再び林道を下った。砂利を満載した大型ダンプとすれ違う。

林道路床の補修さえ済み、ゲートが開いていれば潜水橋まで許可車で入ることができるのだろう。そのゲートは本日開放中でその傍には「害獣駆除括り罠注意」とのポスターがあった。屋久鹿も増えすぎて林道や里山に損害が出ていると思われた。右折して湯川橋を渡ると広場兼駐車場になる。「屋久島総合自然公園」や「ゆのこの湯」看板がある。Qさんが屋久島交通に電話をかけてタクシーを呼び、民宿フレンドに帰着することができた。
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