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奥武蔵吾野 吉田山445m 

 吉田山山頂に到着、男性1人
  

【日付】2020年12月06日(日曜日)

【メンバー】 礒田武志: 1名 (コロナ第3波新座市累積感染者数174人)

【行動日程】      
【交通】アクセス
(往 路)北朝霞09:29(武蔵野線)→09:39新秋津/秋津10:00(西武池袋線)10:31飯能10:43(西武秩父線)→11:09吾野  
(復 路)吾野14:36-14:58飯能15:06→15:37秋津/新秋津15:44→16:54北朝霞/朝霞台16:01(東武東上線)→16:03志木

【コースタイム】 
吾野駅11:10→11:34東郷公園入口→11:56御嶽神社本殿横登山口→12:00御嶽山370m(昼食)12:20→12:36吉田山445m→13:03小床峠(少し子の権現への道を辿り引き返す)13:15→13:32青場戸(林道するぎ線起点まで歩んで引き返す)13:37→14:06東郷公園入口→14:23吾野駅
[歩行時間(休憩を含む)]  3時間13分

【コメント】
1. 動機・目的 
 新型コロナ禍のせいで三密を避けて6月から近場の里山を歩いている。日本山名総覧18000の山にある埼玉県の山201峰のうちの奥武蔵吾野近辺で登り残していた吉田山と堂平山を踏んでみたいと思った。どちらの山も国土地理院の地形図では山名が表示されていない。辛うじて昭文社の「山と高原地図22 1998年版奥武蔵・秩父」にその名が記載されていた。しかし登山道の記載はない。こういう時に頼りになるのはネットである。先人の情報から小床峠~青場戸の電子地図破線路を活用すれば吾野駅から周回できると判断し当初計画を立てた。
 しかし月日が過ぎるのは早い。12月に入ると日の出から日没(東京)までが10時間と短くなり自宅で朝食をとって吾野に向かい、下山時刻をせめて日没1時間前とすると未知のコースを周回するのでは時間切れになる恐れがある。そこで周回をあきらめて吉田山と堂平山を別々に、しかし青場戸を臍にして周回の真似をする計画に変更した。なお秩父御嶽神社本殿登山口から吉田山頂上までの標高差が約100mと大きくないので新座山の会の登山計画書提出を控えた。ところで吉田山の登山口がある東郷公園(御嶽神社)は楓紅葉の名所と伝え聞く。様子を確かめたいものだ。

2. 天気・気温・体調・装備
2.1. 天気・気温
 12月06日の飯能市の前日天気予報は「晴 最高13℃、最低1℃、降水確率0%、東の風後北西の風1m/s」で当日の天気はその通りの好天であった。

2.2. 体調
 自宅から北朝霞までの約1kmを速足で歩いて体調は問題なしと確かめた。新型コロナウイルス流行第3波中(新座市の累積感染者数 12月6日174人)であるから後期高齢者一年生の私も電車内、ホームの人混み、対面になる場合はマスクをかけて歩いた。もちろん一人歩きで寂しい山中ではマスクを外した。

2.3. 装備
 一般的ハイキング装備でOKである。登山路は杉檜の植林と広葉樹林に囲まれ木漏れ日程度しか陽射しがなく、南から微風でも肌寒を感じた。ウインドブレーカーと手袋、帽子が役に立つ。小床峠から青場戸まで沢は倒木が溜まっている箇所もあるのでトレッキングシューズで足拵えして長袖シャツ・長ズボン・手袋が役に立った。吾野から東郷公園(御嶽神社)~吉田山~小床峠まではよく歩かれた踏み跡でスニーカーで歩けるかもしれない。

3. コース
3.1. 見どころ
風景・展望
・東郷公園
 ヤフーの紅葉情報では「公園内には東郷元帥の銅像や日露戦争の遺物、海軍省より下賜された貴重な記念品が点在しています。11月中旬から下旬にかけて、境内に所狭しと植えられたモミジやカエデが真っ赤に色づき、とても見事です。【料金備考:もみじまつり期間外は無料】」とある。東郷公園のホームページによると今年の楓紅葉の見ごろは11月であったらしい。12月06日ではベストスポットの東郷元帥立像の周りも色あせていた。ことしはコロナのせいで紅葉祭りは中止になったという。残念なことだ。当日は公園入園料も徴収されなかった。

・御嶽山
 東郷公園を神域とする秩父御嶽神社本殿からほんの少し登ったところにある御嶽山の頂上には、数本の杉檜の幹に墨書がある。浅学にして読解できないが諏訪云々と書いてあるようだ。畏れ多い。なお展望はない。

・吉田山
 杉檜に囲まれた山頂で展望は全くない。北に山城、その麓に吉田という場所があったと伝えられている。山城フアンが城跡巡りに寄る山と思われる。

・動物
 吾野鉱業所と諏訪神社の間で高麗川が最も曲がっている地点でニホンザル4頭が頭上の尾根から逃げ去るのを見た。メスの群れのようだがどこかでボス猿がこちらを見張っていたのかもしれない。

3.2. 安全・ハザード
3.2.1 道迷い
 東郷公園は階段、巻道、車用の道そして多数の脇社やモニュメントが入り組んでいる。まるで迷路のようだ。入り口に拝観略図看板があり、ともかくまっすぐ登れば秩父御嶽神社に着くとわかった。要所に道標があるがいずれも脇社参拝やモニュメント見物のための案内で御嶽山へ登る目的にあるのではないようだ。
 秩父御嶽神社本殿から御嶽山、吉田山を経て小床峠まではびっくりするぐらい状態の良い登山道である。尾根分岐や巻道入り口には目印赤テープが巻いてあり、それを確認して歩けば迷うことはない。また分岐で迷わないように地面に細木が通せん坊として置かれている。

3.2.2. 薮・倒木
 さて今回歩こうと計画していた小床峠から青場戸へ下る地形図破線路であるが、既に使われなくなって久しいようだ。小床峠にあるコース案内図にも実線はあるが先はXとなっていた。峠から南の谷を覗くと赤テープが点々と見えたので谷を歩く物好きな登山者はいると思われる。踏み跡も薄く、倒木が累積している場所もあるのでハイキング気分では歩かない方がよい。倒木も年数が経って腐っているものが多い。体重をかけないように跨いだり潜ったりしたい。ただしこの谷に薮は全くない。 

3.2.3. 岩場・急坂
 滑落、転落の恐れがある岩場や急坂はない。しいて言えば秩父御嶽神社本殿へ参詣するための365段の階段であろうか。登り疲れる頃に手摺が現れるので救われた。

3.2.3. 暑気・寒さ
低山であるので盛夏はハイキングに向いていない。やはり楓紅葉の頃がハイキングに良い気温であろう。

4. 歩いてみての感想
・吾野駅から歩いて、日本山名総覧18000の山にある埼玉県の山201峰のうちの吉田山の頂上を踏み、小床峠から青場戸への破線路が放棄されて久しいことが確認できたのに満足である。
・吉田山は東郷公園ハイキングのつけたしの山らしい。兼好法師の庵があった京都の吉田山が有名であるが身近にも吉田山があったとは驚きであった。これまで斎藤山、今出山、柏木山と知人の姓を冠にした山に登ってきた。吉田山を追加できたのはこれまた喜びである。
・堂平山への登山口と思われる林道するぎ線起点がわかったので早いうちに吾野~堂平山の周回をしてみたい。
・来年の東郷公園の紅葉祭りにも興味があるがそのころまでに新型コロナ禍が終わっていることを祈る。

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(写真 礒田武志)
 
         

5. 記録
5.1. 吾野駅から東郷公園入口まで
 吾野駅で最後尾の車両から下車してホームから構内踏切に向かう。登り電車が通過した後出札口へ向かう。すでに正午近くのせいか、あるいは新型コロナ禍(新座市の累積感染者数 12月6日174人)のせいか下車するハイカーも一般客も数少なかった。駅前広場に出てまずはお手洗いを利用させていただく。男用・女用とも混雑なし。駐車場から細い徒歩道を下って旧国道へ出た。道なりに歩んで分岐を左に吾野鉱業へ進む。赤色の大型ダンプが出入りしているが休日のせいかそのほかの人影はない。秩父線に架かる跨線橋を渡って里道に入った。民家の垣根の南天の赤実が青空に映える。民家が終わると道が細くなり徒歩専用となる。紅葉越しに向かいの里と秩父線を見おろす。なにか撮り鉄になったような気分がした。出会った道標には「関東ふれあいの道」と記してあった。左手斜面の上で「ピ」と鳴き声がするので見上げたら親子連れの猿が4匹、尾根の方に逃げ登って行った。徒歩道を下って民家に近づくと道が再び広くなり芳延の集落に入る。諏訪神社の鳥居前を過ぎて橋を渡ると国道から青場戸の方へ向かう舗装道路に出る。目前には石の鳥居が立つ東郷公園入口があった。

5.2. 東郷公園入口から秩父御嶽神社本殿脇登山口まで
 東郷公園の入口で秩父御嶽神社や東郷元帥立像の由来を読み、神域すなわち東郷公園のプロット略図を眺めて本殿への道筋を選んだ。まずは落ち葉を掃いている人がいる社務所を左手に見て直進する。周りの楓はすでに紅葉が終わり落葉となって寂しい。人影もまばらでわき道から2人連れの女性と家族連れが間を隔てて下ってきただけであった。左右には脇社がたくさんあるようで道標が幾つもたつ。東郷元帥銅像を見下ろす広い道に登った。本殿で交通安全のお祓いを受けるための広い脇道らしい。石段と赤い秩父御嶽神社の幟行列が出てきた。御嶽神社本殿まで365段と道標にある。高齢女性2人が下ってきた。50~60段ごとにある踊り場から左右に脇道がつけてあるようだ。「あと200段」の道標は手摺の下に刺さっていた。「残り50段」を過ぎた辺りで高齢男女が下ってみえた。この階段を通して登ると満願とか書いてあったような、下って満々願なのだろうか。なお帰宅後トラックログを見てみると破線路・階段とも現状と位置が違う。登りついて本殿を見上げると女性2人組が拝礼中であった。私も参拝し健康・家内安全・登山安全・病疫退散を祈願し、本殿右(北)の登山口(GPS測定341m)に向かった。道標はない。予想外に広くてはっきりした踏み跡が植林の中、上の方へ続いている。

5.3. 秩父御嶽神社本殿脇登山口から御嶽山を経て吉田山 
 標高差で約20mでしかも歩きやすい登山道であるので一息に峰に到着した。杉檜に囲まれた空き地になっている。杉の幹に「御嶽山370m」と山名標兼道標が付けてあったので初めて御嶽山と知った。東郷公園秩父御嶽神社ゆかりの名と思われる。さらに数本の杉桧の幹を見れば、幹の腰に墨で年号月日に諏訪云々と書いてある。麓の諏訪神社と相互関係があるのかとチラリと思った。展望は全くない。ここは尾根分岐の中心だ。峰というより肩瘤の盛り上がりで南北の尾根筋にも踏み跡が続く。南から吹くそよ風を避けて日溜まりで昼食とした。
 昼食を終えて御嶽山から広い踏み跡を吉田山へ向かう。杉檜で覆われていた尾根道は東が広葉樹、西が杉檜林となる。路上に境界を示す赤プラ杭が現れた。尾根が西に曲がり標高がつき始めるところで西斜面に作業林道が設けられていた。林道が登山路に突き当たる末端に大きな段差を作っている。登山路の西横端をロープで遮って滑落しないようになっていた。至れり尽くせりの登山者保護である。ロープが終わると短いが急登となる。尾根沿いに直登かと思っていたら登山路は尾根を巻いてゆっくりと上るようになっていた。巻き道が尾根筋と合流する地点では登山者が南東に延びる尾根に迷い込まないように分岐の地面に通せんぼ(通せん棒か)が置いてあった。ただしここでは南東に下る踏み跡があり、探検を楽しむ人もいるように思える。
 さらに巻き道を辿り尾根に上る。巻道の右になる尾根筋にはやはり通せんぼが置いてあり心遣いに感謝する。次の尾根分岐でも迷い込まないように通せんぼと古い(新ハイ)井の頭支部の白杭が置いてあった。この御嶽山から小床峠までのコースには道迷いをしないように分岐などの要所には通せんぼだけでなく赤テープも多数巻いてあったりぶら下がっている。緩く下って登り返す。熊鈴の音に近づくと山頂に青い服を着た男性がスマホを見ながら立っていた。そこが登りたかった吉田山であった。

5.4. 吉田山から小床(こゆか)峠まで
 山頂には御嶽山と同じく吉田山山名板兼道標が針葉樹の幹に針金で括り付けてあった。ここも植林の中で展望は全くない。整備の行き届いた道はこれまでかと思っていたら小床峠へ広い道が延びている。びっくりした。下り気味の頂上尾根を進むと尾根分岐に着いた。ここでも迷い尾根には通せんぼ、登山路尾根には目印テープが多数つけてあった。コルに下り登り返して尾根分岐に着くと赤プラ杭が2本もコンクリ杭に結び付けられ、通せんぼ、目印テープと道迷いをしようにも出来そうもないようになっていた。
 露岩の瘤に着くと最後の尾根分岐になる。ここでも通せんぼがある。分岐の登山路に丸太を並べた大きなベンチがあった。杉檜林の中で座って見るような展望はない。通り過ぎる。折しも子の権現の鐘の音が響いた。小床峠へは尾根右巻道を下るらしい。直進する尾根にはここも通せんぼがある。巻道を下ると右下に作業林道が見えた。「吉田山」への道標を見て作業林道に降り立つ。ここが小床峠であった。林道三差路に加えて登山路が東西にある。南谷の上に道標・ルート図が立っている。私は初めて来たが通るハイカーが多いと察せられた。ルート図を見ると私の行く先の青場戸がない。林道ができたせいで小床峠の位置がずれたかと思い、地形図と照合してルート図にある子の権現方向にまずは尾根道を歩いてみた。尾根筋を西に進んでおり南へ下る場所がないと確認して林道に下って小床峠に引き返した。あったはずの地形図破線路は消失と判断した。

5.5. 小床峠から青場戸
 小床峠の道標がある場所から南の谷を見下ろす。谷中の植林に赤テープが点々と巻いてあるじゃないか。獣道とも分からぬ踏み跡を辿って赤テープまで下ってみた。踏み跡を辿り下り続けると踏み跡がシダに隠れ倒木に覆われて消えてしまう。もう目印テープはない。谷が狭くなると沢を塞ぎ尽くす倒木の堆積に直面した。倒れ、流れ着いてそのままで久しいのか腐って脆くなっている木も多い。体重をかけないように注意して踏み越え、頭を打たないように気を付けて潜り沢を下った。大きな堆積は2か所に過ぎない。
 沢底に水が見えるようになると西(右)の斜面にはっきりした踏み跡が出てきた。踏み跡に登ってそれを辿る。簡易水道の桝(?)の残骸や染付の皿を見つけて破線路が利用されていた頃を偲んだ。沢に架かる朽ちた丸太橋に着いた。足を乗せると折れるかもしれないと用心して橋を渡らずに沢へ2歩ほど下って踏み跡へ登り返した。踏み跡の両脇に細い笹の茂みが現れ、茂みを曲がると目の前は笹薮・ネットフェンスになる。右手の木の根元に何かの入れ物が置いてあった。その先は芳延から青場戸に至る車道に下る階段となっていた。電子地図破線は長い間手入れがなかったので廃道になり、今は住民の方もほんの入り口近くしか利用されていないと思われる。こんな忘れられた道を今後も歩きたいと思いつつ階段を下り、車道から降りてきた階段を見上げてそう感じた。
 沢の出口には白壁の民家があり小床峠へ登る目印にはなる。もう一つの目的であるスルギに登る破線路を探しに車道を登る。滝不動の上流に「立ち入り禁止」との札を下げたロープが入り口を横断している林道があるのを見つけた。そこには「林道するぎ線起点」の道標が立っていた。青場戸に引き返す。

5.6. 青場戸から吾野駅まで
 この道は20年前に往復した記憶がある。車道を道なりに下る。曇天のせいか、季節が違うのか、廃屋が続くためなのか、この道は随分寂しくなったようだ。子の権現からだろうか2人連れの女性が先行して下っていく。橙色の実を鈴なりにつけたハダカホウズキが杉伐採地の車道近くを覆う。大型バイク数台がすれ違いざま、爆音を立てて登っていった。次第に生活感がある人里になり東郷公園の駐車場前を過ぎて東郷公園御嶽神社入口の帰着した。高麗川にかかる橋の向こうの国道R299には疾走する車が続く。小橋を渡り、往路をそのまま辿る。徒歩道最高点近くでやはり取り鉄が大型カメラを構えていた。跨線橋渡る。吾野鉱業分岐の上で線路沿いに土の歩道があるのを見つけた。なんと!喜びではないか。直進して吾野駅に着いた。