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山域 横瀬町・ときがわ町 奥武蔵 カバ岳890m

 
カバ岳山頂 
  

【日付】2021年02月01日(月曜日)
【メンバー】 礒田武志: 単独  新型コロナ第三波(新座市の累積感染者数 561人)につき
【行動日程】      
【交通】アクセス
(往 路)北朝霞9:33(6:43京葉線で人身事故、東所沢行電車45分遅れで到着、当初計画発09:46)~東所沢9:50~新秋津(当初予定09:57)/秋津10:07~10:16小手指10:20~10:38飯能10:43~11:23あしがくぼ  
(復 路)正丸16:25~16:59飯能17:08~17:25小手指17:31~17:40秋津/新秋津17:53~18:03北朝霞/朝霞台18:07~18:09志木

【コースタイム】 
あしがくぼ駅11:28~11:50赤谷~12:02大野峠・丸山分岐~12:11沢(井戸ノ入)堰堤~12:19二股~12:38尾根~13:18標高点717~13:59カバ岳13:59~14:20七曲り峠~14:36牛立久保~14:56虚空蔵峠~15:46子の神戸~16:06正丸駅
[歩行実時間(休憩を含む)]  4時間38分

【コメント】
1. 動機・目的 
新型コロナ第3波で非常事態宣言下にある。埼玉県境を越えない新座の近場の山しか歩けない。それならば日本山名総覧18000の山」にある埼玉県の山201峰のうちの横瀬町あしがくぼ駅周辺で登り残していたカバ岳を踏みたい。ただ、カバ岳は刈場坂峠と大野峠を結ぶ奥武蔵グリーンラインを利用すれば夏でも汗をかかずにピークハントできるという。虚しい。それならばカバ岳から西に延びる尾根から近づくのはどうか。林業の方以外は歩いてないはずだから自然あふれる里山を体験できると思う。下りも虚空蔵峠から舗装林道を下れば、「万が一、日暮れになった時の備えになるはず」と急いで当日の天気予報を見て計画を立てた。

2. 天気・気温・体調・装備
2.1. 天気・気温
当初計画していた1月31日午後の横瀬町は風速4m/sとの10日間天気予報が続いていたので山行をあきらめていた。ところが2月1日朝の天気予報によると、横瀬町は「晴時々曇 冬日 最高10℃、最低-3℃、降水確率0%、北東の風後東の風」で、「12時から18時の間は晴、6℃、北北東2m/s」であった。「今日は登山できる」と急遽判断し、「登山計画書を作る時間が取れないので提出しないことをお許しを」と新座山の会の山行管理者の自宅の方向にムニャムニャと唱えた。

2.2. 体調
新座市も冬日であった。自宅を出るころはまだ寒さが残り、耳覆いの無いキャップでは何度も凍傷になった耳たぶがピリピリする。いつものように志木駅から北朝霞駅まで歩いてセルフチェックしたがこれ以外は不調の気配はなかった。新規コロナウイルス第3波、第2回非常事態宣言の下であるから後期高齢者二年生の私は電車内、人混みでは勿論マスクをかけて用心した。

2.3. 装備
一般的トレッキング装備で十分だ。石踏み渡渉、急斜面、岩場があるのでトレッキングシューズの足拵えが必要であった。12月28日に降った雪が残って固くなりかけていたが軽アイゼンやスパッツはザックに収納したままで使わなかった。歩き始めは防寒ヤッケを着たがすぐに体温が上がって来たので脱いで長袖シャツ・長ズボン・百円ショップ手袋で歩いた。もちろん日影で休む時はヤッケを羽織った。

3. コース
3.1. 見どころ
・赤谷集落の畑道は絵になる。焚火の煙が一条でも上がっていたらもっと風情があるのにと欲が出たが・・
・沢、斜面などは植林針葉樹で囲まれているので遠望はない。尾根に上がって北西を眺めると丸山のアンテナが奥武蔵の山々の上に輝いているのが展望できた。
・あしがくぼ駅から正丸駅までの奥武蔵から秩父に至る古街道と峠道を歩くので路傍に馬頭観音、庚申塔や地蔵など石像や石碑がある。今でも里の方がお参りされるのか花などが供えてある。ところで虚空蔵峠から子の神戸間の林道に錦之宮高麗神宮と看板が置いてある奇妙な感じの施設があった。さらに下ると地図記号に合致する小さな社があったがこちらは伝統的な風情である。二つをみると違和感がある。
・林道の曲がり角に高麗川源流の碑が立っている。1998年9月15日に購入した「ブルーガイド ハイカー2 源流を歩く 関東近辺 川のロマンを求めて(ブルーガイド編集部編 実業之日本社発行1998年5月22日初版発行)」の「荒川水系高麗川/刈場坂峠から正丸駅P20~23」には、ここから刈場坂峠へ沢沿いに登る徒歩道が紹介されていた。当時はなかった石碑の右に登山道があるようだ。なお子の神戸の林道出口には吾野中学校(の生徒が立てた)製作高麗川源流案内道標が立っている。
・井戸ノ入り堰堤からカバ岳まで鹿の天国であった。鳴き声、姿はなかったがいたるところに糞が落ち、踏み跡が鹿道となって続き、残雪の上には大小の蹄跡が乱れていた。関東ふれあいの道に入ると登山者の靴跡しかなかったが・・・

3.2. 安全・ハザード
3.2.1 道迷い
・カバ岳から虚空蔵峠までは関東ふれあいの道で道標も整備され、木々に赤テープがぶら下がったり巻いてあったりする。道迷いはまずないだろう。一般トレッキング道なので残雪の上にもトレッカーの踏み跡が続いている。それを辿ればよい。もちろん虚空蔵峠から正丸駅までは舗装された車道を下るので迷いようがない。同様にあしがくぼ駅から赤谷集落の登山口、その先の徒歩道の大野峠・丸山/作業道分岐までも頼りになる道標がある。
・大野峠・丸山/作業道分岐から沢(井戸ノ入り)堰堤までは里人の作業道とそのなれの果ての踏み跡である。足場が悪くなっても先の踏み跡が読めれば迷わないだろう。
・沢(井戸ノ入り)堰堤から二股までは沢一本で迷いなし、問題は東沢から尾根へ登る斜面取り付きであった。皆様の経験に任せて登りやすい踏み跡(鹿道)を見つけることだ。サムネイルにトラックログを入れたので参考にしていただきたい。
・尾根筋は分岐が著しいのにも関わらず道標・目印テープ・境界杭など全くない。一途に高い方へ向かう登りに道迷いはないはずだ。下りに尾根筋を使いたいとお考えなら、現在地が確認できる携帯アプリを活用して地図読みしないと分かれた尾根の歩き易そうな方へ導かれ、沢(井戸ノ入り)堰堤に下ることはまず無理ではないかと思う。

3.2.2. 薮・倒木
・手入れの良い杉・檜植林が主体で踏み跡が見えなくなるような林床や薮は全くなかった。ただ広葉樹の落葉が吹き寄せられて溜まっていたので靴底が滑ることはあった。植林地にままある間伐材の放置もなく斜面や尾根に邪魔になる倒木はほとんどない。ただ沢(井戸ノ入り)の一部に流木が溜まったところがあった。それも小規模で一息に越すことができた。 

3.2.3. 渡渉・急斜面・岩場
・石踏み渡渉
堰堤から二股の東沢まで沢(井戸ノ入り)岸沿いに踏み跡を歩くのが基本だが、踏み跡を遮る大岩、小崖がある。その場合、対岸の踏み跡へ沢を渡らなければならない。沢には大きな転石や岩が積み重なりその間を水が流れている。冬で流れが細いので岩を選び、それを踏んで靴を濡らすことなく対岸へ移ることができた。ただ浮いている石もあるので石を慎重に選ぶのも大切だ。
・急斜面
東沢から尾根へ登るあいだに2、3か所、急斜面がある。チラリと斜度計を見たら20度を超していた。滑ると随分下まで落ちると見た。斜面の左右いずれかは杉・檜植林で頼りになる木や林業の方が残した切り株がある。鹿もジグザグに登っている。木々と鹿道を活用すると切り抜けられる。急斜面の上にはご褒美に緩斜面があるのでゆっくり息継ぎができ休めた。焦らず滑らないように登りを楽しみたい。なお、この急斜面を下るのはスリルがあるが勧められないと感じた。
・岩
東沢尾根取り付きからカバ岳までの間、2か所ほど肩になる場所で大岩が尾根を塞いでいた。積み重なった岩を直接登ることもできそうであったが鹿は南側の植林に巻道を作っていた。岩の上の尾根を目指しながら鹿道を登っていくと無理なく尾根筋に復帰できた。大岩を過ぎた尾根に古い黄色のプラ杭が刺さっていた。境界巡視ルートがどこかにあるのかもしれない。
ところでカバ岳から七曲り峠までの関東ふれあいの道には狭い岩尾根がある。一般トレッキング道であるが注意して歩くことが望まれる。

3.2.3. 寒さ
冬日であったが陽射しがあり風が弱い午後だったので寒さを凌げた。あしがくぼ駅前の日影に4日前に降った雪が残っていたので赤谷の登山口から足元に注意して登った。幸いにもカバ岳山頂近くまで尾根筋が残雪に覆われていることもなく、また白銀のに覆われていても雪はとても薄かった。カバ岳山頂に着いた頃、奥武蔵グリーンラインを走っている車が残雪をバリバリと踏んでいく音が聞こえた。斜面の向きと標高で残雪に違いがある。これからは人も自動車も雪対策が必要だ。

4. 歩いてみての感想
・日本山名総覧18000の山にある埼玉県の山201峰のうちのカバ岳の頂上を踏むことができたので満足している。ピークハントなら車道からチョット歩けば到達できる山頂だが・・・
・沢(井戸ノ入り)堰堤からカバ岳まで里人と鹿が作った踏み跡を辿り、ガイドブックや登山地図にないコースを歩いて冬の里山の自然を満喫できたのはうれしかった。
・里山の錯綜した尾根を活用するにはまずは登りであると痛感した。登ってみて現在地確認が難しい場合には下り逆コースは勧められないと思った。
・虚空蔵峠から子ノ神戸までの林道を歩いて高麗川源流の碑、吾野中学校の高麗川源流道標に会えたのは望外の収穫であった。
・あしがくぼ駅から正丸駅までトレッカーに一人も会うことはなかった。新型コロナの影響は大きい。

(記:礒田武志)

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(写真 礒田武志)
 
5. 記録
5.1.あしがくぼ駅から大野峠丸山道標/作業道分岐
20年振りだろうか。あしがくぼ駅に降りついた。出札口を出て公衆便所に回る。小用を済ませてあしがくぼ駅の背後を見上げるとちょうど太陽が山の端に輝いていた。日の出から半日は陽が射さなかったに違いない。駅前にはところどころに01月28日に降った雪が残っていた。空は快晴であるが顔を撫でる微風は冷たかった。前回は駅前を左手(西)に向かったが今日は駅前右手の階段を下る。標高点306mは橋のたもとになる。この橋は不思議なことに電子地図に無記入であった。橋を渡ってR299を横断し北側(左側)歩道を東へ向かう。日焼けを心配するほどの陽射しがあった。R299にはダンプカー、大型車、乗用車が高速道並みにブンブン飛ばして往来していた。歩道左上に小さなお堂と一群れの石碑などが見える。馬頭観音、庚申塔などが混ざってこちらを向いて安全を授けるように見下ろしていた。あかやはし(赤谷橋か)を渡って少し歩くと国道から生活道路が左に分かれて登っているのが見える。分岐にある道標は大野峠・丸山へ方向を指していた。クマが出たらお知らせをとのポスターもある。R299を見下ろす坂を登ると右手に防寒衣を着せられた小地蔵が立っていた。生活道路はさらに枝分かれしている。分岐を左へ山側にとるとすぐに地形図の破線分岐となり道標通り直進すると畑に挟まれた細い徒歩道になる。右の倉庫脇に日本蜜蜂の巣箱が積んであった。R299分岐に「熊に注意、見たら知らせて」というポスターがあったわけだ。歩いてきた徒歩道とその上の青空を振り返った後、杉植林の中へ向かう。入り口には杖にするのだろうか多数の杉の枝が置いたあった。ちょうど正午になったのかチャイムでシューベルトの野薔薇が流れてきた。登山路と作業路の分岐465mに着く。

5.2. 大野峠・丸山登山路/作業路分岐分岐から沢(井戸ノ入)二股まで
斜面を登る大野峠・丸山登山路に分かれて作業路踏み跡に直進する。踏み跡は姥神の北斜面を巻いている。野獣除け柵用鉄杭だろうか、斜面に鉄棒が散らばっていた。今まで歩いてきたのはこの作業のために踏み跡なのだろうか。踏み跡は予測通り沢(井戸ノ入:昭文社山と高原地図22奥武蔵・秩父1998年版)の右岸踏み跡と合流した。堰堤が見える。右岸を上流向かうと足元に簡易水道の古い空桝があった。昔はここまで沢路があったに違いない。井戸ノ入は小沢だが里近くでも大きな転石がゴロゴロと積み重なっている。岩の間を水が走り、左右の斜面は杉・檜の植林になっている。崖に出会うと踏み跡が上下に分かれた。左岸を見て踏み跡を見つけて下り、右岸から沢の転石を踏んで左岸に渡った。崖や大岩に当たるたびに歩き易い踏み跡を探して右岸から左岸、左岸から右岸に移って登った。谷が狭くなったところに流木が堆積して沢を塞いでいた。隙間を探して木を掴み流木の段差を乗り越えた。左岸を登って二股に着いたがGPS高度計ではまだ標高460mに過ぎない。登って来たはずだのにカバ岳までまだ430mも残っている。すこし焦る自分を見つけた。コンパスを見て東沢に向かうと決めて心を静めた。

5.3.二股からカバ岳山頂まで
二股から東沢へ入る。沢沿いの踏み跡が次第に薄くなり、角が残った転石がゴロゴロした沢になる。しかも急傾斜になったので右に斜面を尾根に向かって登ることに決めた。踏み跡があるが丸い糞がそこここに貯まってているから鹿道に違いない。切り株や灌木、杉・檜の幹を利用し、時には四つん這いになりながら急斜面を登った。尾根の端に着いたが、まだ尾根は植林斜面となって東上へ延びていた。東に登ればカバ岳の支尾根のどれかに乗れるはずと方位確認して急斜面の鹿道を辿る。尾根への踏み跡を詰めて再び尾根末端に着いた。周りは針葉樹・広葉樹の交互林となっている。急傾斜に耐えて登り続けると緩やかな傾斜になる。一息つくがまだ標高535m、標高890mにはまだまだとGPSが急がせる。南から北へ延びてきた平坦な尾根に合流した。ようやく足元を雪がまだら模様に描き始めた。南へに向かい、最初の黄色プラ境界杭を見つけた。ここからは人間の作業道になると喜んだ。標高点717を踏んで尾根を東に向かうと標高750mで尾根を塞ぐ大岩に出会った。岩の高さは周りの杉の高さの半分くらいに過ぎないが岩登りをしないで右の植林斜面へ巻く鹿の踏み跡を辿り尾根に登り返すことにした。尾根に戻ると左遠方尾根に立つアンテナが望めた。丸山かな(丸山なら2000/04/08に通った)、丸山だ。尾根を登っていくと、またしても大岩、再び右植林から巻いて尾根に登りきった。上は平坦で林に赤松の大木が数本混じり立つ。足元に2本目の黄色プラ境界杭があった。どこかから境界杭がつながっているのだろうが次の杭は見当たらなかった。この高さになると、始めは北斜面、次第に斜面全体に雪がつく。とうとう尾根全体が雪に覆われ、その上に鹿の蹄跡が入り乱れるようになった。平坦な雪尾根を東に歩んで一般道(関東ふれあいの道)に出た。ここまで赤符テープなど一切ない。右にほんの少し歩くとカバ岳山頂G885mの道標に到着した。

5.4. カバ岳から虚空蔵峠まで
カバ岳山頂に立つと左下の奥武蔵グリーンラインを走る車が凍った雪をバリバリと踏み割って走っている音が聞こえた。山名標を記録撮影してすぐに刈場坂峠の方向へ関東ふれあいの道を進む。すぐに平坦な土道が、思ってもなかった岩細尾根に変わる。足を滑らせないように注意して歩む。足運びやコースを間違えないように左右にロープを張ってある岩場もあったし、注意を促す道標が2つもあった。さらにアップダウンが続き、結構気が休まらない。大野峠・刈場坂峠道標がでると先は漫歩だ。再び奥武蔵グリーンラインを見下ろせようになる。車道の日陰は雪が積もって白いままであるが轍跡は黒く刈場坂峠の方へ2筋になって延びていた。徒歩道が車道に合流すると七曲り峠となる。峠からはふれあいの道の踏み跡がなぜか積雪の上に続いていた。地形図にある尾根通しに虚空蔵峠に向かう破線路の分岐が見つからず直進する。道標が立っているのが見えた。道標には牛立久保、方向板には刈場坂峠・虚空蔵峠と書いてある。踏み跡は二つに分かれていた。南西へ下る。一面に雪が広がった平坦な広場に降りついた。雪に日が当たり眩い。様子から見てここが窪なのであろう。横断して低木の茂みを抜け杉・檜植林の中の尾根西側巻道に進んだ。林を出て舗装林道へ合流する。雪が融けた林道を下っていると後ろから白い大型乗用車が下ってきて追い抜いて行った。先日、刈場坂峠で見た看板には通行止めとあったが?先を急いで虚空蔵峠の東屋に到着した。すでに太陽は山の西に隠れて峠は暗い。

5.5.虚空蔵峠から正丸峠まで
虚空蔵峠からくねくね曲がる舗装林道を下る。「バイク・自転車は注意。林道だから横溝や段差がある」との趣旨の看板がまずあった。2枚目の看板の近くには路肩が崩れかけたところがある。まずは林道曲がり角、北側の沢に大きな「高麗川源流」の石碑が石段の上に乗っかり西日で輝いていた。「ブルーガイド ハイカー2 源流を歩く 関東近辺 川のロマンを求めて」には、ここから刈場坂峠へ沢沿いに登る徒歩道が紹介されていた。山と高原地図22奥武蔵・秩父にも赤実線でルートが記してある。石碑の右に登山道を認めた。使えば近道になる。沢の左岸に渡りヘヤピンカーブに飯場のような倉庫や自動車、赤色の建物があった。なんと宗教施設で入口看板に「錦之宮高麗宮」と書いてある。右岸に渡る。左下に民家が見えた。刈場坂集落が始まったのだろう。
壊れたゲートと路脇のポールを見て林道入口に着いたことが分かった。左手に立派な「飯能市立吾野中学校製作高麗川源流道標」があった。生活道路が始まる。左岸に渡ると刈場坂集落の民家が次第に増える。民家の前の大きな庭に何本もの?梅が開花して香りを放っていた。林道分岐を過ぎて左に神社の徒歩参道を見つけた。車道をショートカットできる。右手に小さな神社があるが横目にお礼を述べて車道に下って左岸へ渡った。子ノ神戸に着いたのだろうが道標は見当たらない。正丸峠道路に合流した。正丸トンネルから車を吐き出しているR229に合流し、国道を横断して右側歩道を正丸駅に急ぐ。1月21日にたツツジ山から下ってきた坂元集落林道入口を左に見る。とうとう今日は一人の登山者にも会わなかった。
夕焼け小焼けのチャイムが響いて午後4時と知らせる。5分ほど歩いて着いた正丸橋は補強工事中、その上の正丸駅売店はお休み中であった。今日は余裕をもって正丸駅に着くことはできたが、虚空蔵峠から予定より10分ほど遅れたのには首をひねった。正丸駅に入るのはたった一人、乗車したのもただ一人であった。秩父線、西武池袋線も始発飯能までガラ空き、小手指で混み出し、秋津では下車した人が混雑しながら武蔵野線新秋津駅まで歩いていた。もちろん武蔵野線も座席満員であった。非常事態宣言の下では公共交通機関は通勤・通学時間をさけるのが高齢登山者の心得と見た。