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奥武蔵 横瀬町
 
岩菅山770m~二子山雌岳~二子山雄岳882.8m~甲仁田山847m

 岩菅山山頂  甲仁田山山頂
  

【日  付】 2021年02月14日(日曜日)

【メンバー】 礒田武志: 単独 新型コロナ第三波(新座市役所発表の累積感染者数 602人)

【行動日程】      
【交通】
(往 路)志木08:42-08:43朝霞台/北朝霞08:48-08:58新秋津/秋津09:06-09:15小手指09:19-09:37飯能09:43-10:28あしがくぼ(芦ヶ久保)  
(復 路)あしがくぼ15:48-16:26飯能16:32-17:06秋津/新秋津17:15-17:25 北朝霞/朝霞台17:30-17:32志木

【コースタイム】 芦ヶ久保駅10:30⇒10:35兵ノ沢尾根コーストンネル入り口⇒11:50岩菅山(770m)昼食12:07⇒12:31雌岳⇒12:41雄岳(882.7m) 12:45⇒13:17甲仁田山13:17⇒14:17NTT管理道路入口/一般道⇒14:28正丸トンネル前R299信号⇒15:20芦ヶ久保駅
[歩行時間(休憩を含む)]  4時間52分

【コメント】

1. 動機・目的 
・新型コロナ第3波で埼玉県など10都府県は非常事態宣言下にある。コロナのせいで昨年6月から埼玉県境を越えない近場の山を歩き続けている。日本山名総覧18000の山にある埼玉県の山201峰のうちの横瀬町あしがくぼ駅周辺で登り残していた3峰のうちのカバ岳(桑畑岳)を井戸ノ入りから登ったのでの次は甲仁田山と決めた。
・昭文社山と高原地図22奥武蔵・秩父1998年版を見ると、西武バス(秩父~松枝線)で二子山入口バス停に降りれば近くに甲仁田山に至る茶色破線路の登り口があるようだ。また登山路ではないが初花から甲仁田山に至る車道も書いてある。登山地図を見つめていると二子山北東の770m峰が目に入った。1999年5月30日に名郷バス停~武川岳~二子山~芦ヶ久保駅まで歩いた時に通り過ぎたかもしれない脇峰である。
・そこで芦ヶ久保駅から甲仁田山まで歩んだ記録をネットで探すことにした。なんと川越ハイキングクラブびすたーりの記録がヒットした。二子山雄岳から甲仁田山までを往復されていた。参考になる。同時にヒットした記録には、やはり甲仁田山から茶色破線路をくだったものや、中井から林道を遡行したものもあった。ただ初花から甲仁田山に至る車道を歩いたコースタイムを目にできなかった。記録を作ろう。
・運転免許を返上した身には芦ヶ久保駅から出発して帰着するコースが好ましい。川越ハイキングクラブびすたーりの記録を参考に兵ノ沢コースで770m峰を経て二子山に登って甲仁田山まで歩み、引き返して二子山から浅間神社コースを下る案と甲仁田山から初花まで車道を歩き、初花から一般車道と国道R299を歩いて芦ヶ久保駅の帰る案を立てた。第2案は万が一、日暮れになった時の備えになるはずと、これを基本に10日間天気予報を見て登山計画を立てた。

2. 天気・気温・体調・装備
2.1. 天気・気温
2月14日の最高気温は4月並みの所が多い見込みで、横瀬町の午後は晴、平均14℃、最高17℃、降水確率10%、降水量0㎜、湿度46%、風は北東1m/sとの当日朝の予報であった。現地は予報通り好天で日焼けが心配なほどであった。

2.2. 体調
芦ヶ久保駅で少々便意を催した外、不調の気配はなかった。新規コロナウイルス第3波、第2回非常事態宣言の下であるから後期高齢者二年生の私も皆様に倣って電車内、人混みではマスクをかけたが山中ではマスクを外して歩いた。

2.3. 装備
一般的トレッキング装備で歩いた。泥濘、それが凍った場所、残雪や岩があるのでトレッキングシューズの方が良い。なお軽アイゼンやスパッツは使わなかった。ロープ場があるので滑り止めの着いたアクリル軍手を重宝した。歩き始めから防寒ヤッケはザックの中、昼食など休む時はヤッケを羽織った。

3. コース
3.1. 見どころ
・あしがくぼの氷柱(ひょうちゅう)は秩父三大氷柱のひとつで、壮大(幅200m、高さ30m)で美しいという。開催日 1月12日~2月23日、土日祝日午後5時~7時に幻想的なライトアップ。環境整備協力金:300円(中学生以上)。開催期間中、入場制限あり。土日祝の午後1時~午後7時まで事前予約入場制。
緊急事態宣言に伴い、開催内容を一部変更及び感染防止対策を強化・実施し、県外の方の来場は控えるよう協力の依願中。氷柱期間中、登山道の凍結により浅間神社コースは通行不可(横瀬町HP)。道の駅の駐車場が利用できるようで、自家用車やオートバイが溢れていた。
・兵ノ沢コースは谷底、谷の斜面などを歩く。針葉樹や落葉広葉樹に囲まれているので遠望はない。岩菅山、二子山雌岳も同様だ。二子山雄岳山頂部に上がると何箇所か展望台があった。それらを巡るとほぼ東西南北を眺めることができる。
・赤谷集落の姥神には姥神神社と観音堂がある。いずれも女人のため建立されたのであろう。

3.2. 安全・ハザード
3.2.1 道迷い
・登山初級者向きの兵ノ沢コースは道標が二子山雄岳まで整備され、さらに赤テープ目印が木々にぶら下がっている。道迷いはまずないだろう。二子山雄岳の広い山頂では甲仁田山へ向かう東南東尾根への降り口を探す必要がある。降り口の南脇には展望台、踏み跡には目立たないが赤テープが巻いてある。見つからなかったら雄岳三角点まで戻ってコンパスを使うことだ。東南東尾根は左右が切れ落ちた細尾根なので踏み跡はその上に一筋である。岩尾根が終わり植林地の広い尾根になったら甲仁田山のNTTアンテナ施設が見えるようになる。それを目標に踏み跡を歩けばよい。

3.2.2. 薮・倒木
・2019年の台風被害もすでに処理され沢や斜面、尾根の登山路に流木、倒木は見当たらず、登山路や踏み跡が見えなくなるような林床の灌木や薮は刈り払われていた。ただ、二子山雄岳の東南東尾根にある甲仁田山コース降り口で石の上に積もった落ち葉を踏んで尻もちを撞いた。幸いにもザックがクッションになり頭や他の場所を打つことがなく、何事もなく済んだ。不注意を反省している
 
3.2.3. 渡渉・急斜面・岩場
・沢
兵ノ沢コースに沢を跨ぐ地点があった。小さいながら木の橋が渡してある。さらに徒歩道は原則として流水を避けてつけられているようだ。石の上を歩く場所もあったが濡れたり、滑り易い面を避けて進むことができた。。

・急斜面
岩菅山~二子山雄岳頂上までのアップダウンには急傾斜があり後期高齢者泣かせであった。急斜面には電光道が切ってあるが凍り付いた泥濘や残雪もあり足運びに苦労した。傾斜が特に急な場所にはロープが完備されており本当に助かる。

・岩
二子山雄岳~甲仁田山コースの2m段差とは標高845m辺りの尾根にある岩のことであった。岩の上にある枯れ木と岩の凹み溝を使って安全に下ることができた。溝にはつま先を乗せる足掛かりもあった。岩に慣れていない登山者がいる場合は長めのスリングが2本、カラビナが1個あればよいと思う。
ところでNTTアンテナ施設南の崖の上では踏み跡が消え、セメントを被せた蟻ノ戸渡り数mを通るようになっていた。危険を冒すことはないとNTTアンテナ施設北側薄薮の上を溝沿いに車道まで歩いて甲仁田山の山頂に達した。見ると山頂から踏み跡が蟻ノ戸渡りに続いていた。下りは蟻ノ戸渡りを通ってみたがセメント被覆の脇にも踏み跡があり歩き易い。登りに使ってもまずは安全であろうと思った。薄の薮を歩くこともない。

3.2.3. 寒さ
この2日間、春のような暖かさであったが、浅間神社コースはまだ寒さが残って開催されている「あしがくぼ氷柱2021」のせいで閉鎖中であった。兵ノ沢コースは岩菅山分岐の辺りから残雪や凍り付いた泥濘も増え、足運びに苦労した。雌岳から下ってきた親子連れの坊やが座り込み、小石を積み重ねてもう動くのはいやと父親にいじけて見せていた。もう一組の親子はルンルンで下っていたところを見ると氷や残雪だけが不満の原因ではなかったようだ。

4. 歩いてみての感想
・未踏だった岩菅山770m、甲仁田山847mに登ることができた。また甲仁田山は日本山名総覧18000の山(武内正 白山書房 1999初版)記載の埼玉県の山の1峰である。コロナ第3波第2回非常事態宣言のなか登頂できたのには満足できた

・兵ノ沢コースで岩菅山770mを経て二子山に登って甲仁田山まで歩み、引き返して二子山から浅間神社コースを下る案は、あしがくぼの氷柱2021の期間で浅間神社コースが通行止め・閉鎖のため早々に放棄せざるを得なかった。残念である。

・兵ノ沢コースのあしがくぼ駅線路下トンネルを抜けて斜面を登ると小尾根に着く。ノーマルルートはここから沢に下るのだが尾根に登る踏み跡があった。岩菅山山頂から北に延びる尾根にも踏み跡を認めた。この二つを結ぶと兵ノ沢尾根コースになるのだろうと下山後、気が付いた。もしかしたら1999年5月30日に下ったのは沢ではなくこちらだったのかもしれない。 

・GPSLの記録では甲仁田山~NTT管理道路/一般道入口まで約4.5km、NTT管理道路/一般道入口~あしがくぼ駅まで約6.3km(マップファン4.8km)、GPSL計測では随分長めに出たのに頭をかしげた。ところでコースタイムにある通り甲仁田山~あしがくぼ駅まで徒歩約2時間で歩くことができると分かった。確認出来て大喜びだ。

・新座では盛りを過ぎた?梅が横瀬町赤谷辺りはちょうど満開、また福寿草もようやく花が開いた初々しく可愛い姿でこちらを向いて見上げていた。春が近づいている。残念なことに次々に通っていくバイクの轟音・爆音のせいか里から小鳥が追い払われているようで寂しい。なお初花近辺で茶畑を何か所か見た。放棄された畑もあったがローカルな茶の名所だったのかもしれない。

(記:礒田武志)

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 (写真:礒田武志)
 
 
 5. 記録
5.1.あしがくぼ駅から岩菅山まで
あしがくぼ駅前の二子山・武川岳道標に従い西へ向かう。 西の空も快晴であった。、坂を下り、人や車、オートバイ出入りが多い道の駅果樹公園あしがくぼを見下ろす。橋のたもとにはあしがくぼ氷柱2021の会場案内図と登りが立ち、氷柱会場へ向かう人、氷柱を見て帰る人と案内する方とごった返している。その先の道には真ん中にロープが張って出入りを仕分けしてあった。氷柱会場案内の方に二子山・武川岳はトンネルへと案内される。浅間神社コースは氷柱で閉鎖中とのポスターもあった。トンネル前に進むと二子山兵ノ沢コースの道標立っている。トンネル内の入り口近くには小型除雪機が格納鎮座されていた。トンネルを入るということは浅間神社コースを歩くことを断念するということだ。トンネルを抜けて坂道に入る。歩き易い登りだ。なにか記憶にある。斜面を登りきると小尾根の切通しに出る。左を見ると薄い踏み跡が小尾根の上に延びていた。一般登山路は切通しから沢へ向かって下り、兵ノ沢に沿って登っている。兵ノ沢を小橋で渡って左岸から右岸へ移る。カメラだけを持った男性とすれ違う。沢の両側は杉・檜植林で県営林と看板も立っている。ところどころに落葉樹の林もある。よく見ると立枯れや倒木が混じっている。楢枯れ病のせいだ。沢から斜面へ巻いた道が再び沢に向かい左岸から右岸に代わった。水音が消えて伏流沢となったのに気がついた。出会った道標に「18-6」とラベルしてあった。GPSを見ると622mと駅から標高差300mほど登ったところである。ついに登山路が沢から斜面に代わり、一息で尾根に出ることができた。ここにも道標があり「18-8」とラベルがあった。GPSで高度643mである。トンネル入り口の標柱にラベルがあったのだろうか。広い尾根道の道脇で男女が休憩中であった。お二人は下りかなと思いつつ登っていると追いかけてくるのが見えた。広い尾根から斜面に道が代わりジグザグとなる。泥濘が凍って氷となったのか氷が融けかけて泥濘になったのかどちらにしても歩きにくくなった。道脇の草薮には点々と雪が残っている。ここから高いところは氷雪に注意との警告であろう。広い斜面を登って尾根の上のコルに着いた。岩菅山分岐である。二子山・武川岳への道標がある。岩菅山へは迷い込まないように丸太で塞いで通せんぼしてあった。先ほどの男女は二子山へ、男2組が二子山から、私は岩菅山へ向かう。ほんの数分で岩菅山の770m山頂に到着した。岩菅山山名板がぶら下がり、丸太の井桁が組んであるちょっとした広場になっている。座りやすい場所を選んで昼食にした。里から正午のチャイムが聞こえる。先日と同じシューベルトの野薔薇のメロディであった。

5.2.岩菅山から二子山雄岳まで
木々に囲まれた岩菅山山頂からは北東が樹幹の隙間からわずかに展望がある。赤松が混じる林がある北尾根の下り口には踏み跡があった。地形図をみると尾根伝いにトンネル近くの小尾根の切通しまで上り下りができるようだ。山頂を発ってコルに帰る。しばらくは歩きよい尾根歩きである。右手の林に落葉松が混じっているのに気付いた。芽吹きの頃は美しいに違いない。落ち葉道で下ってきた親子連れに出会った。小学生高学年の息子は座り込んで小石を拾って積み上げながら父親の方を見ようともしていない。なにか不満なのであろう。2組目の親子連れが下ってきた。こちらの男の子は歓声をあげて走り出した。対照的な2組であった。傾斜が次第につく。急斜面になるとロープ場となる。オーバーユース気味の登山路は泥濘と氷が張って滑りやすい箇所が混じる。上から2組の男2人連れが下ってきた。登り待ちの組とすれ違い下りの組とあった。近郊の山に登る方々にとって暗黙のルールなどを学ぶ機会が少ないと改めて気づかされた。ロープ場上端に着いたが落ち葉の下に隠れた泥濘と氷がありかえって注意が必要であった。山頂を巻く道と分かれて二子山雌岳山頂G868mに着いた。木々に囲まれて薄暗くまた展望がない。北西尾根に下る地点には「浅間神社コースは氷柱のため閉鎖通行止め」とのポスターがありロープも登山路を横切って張ってあった。道標に従い雄岳へ向かう。岩っぽい下りでようやく樹冠枝・樹幹越に武甲山が望めた。ついで樹幹の間から雄岳を見る。岩場を下って巻道と合流しコルから氷が張った道を登る。道標に記してあったように雌岳から約10分で雄岳山頂に着いた。地形図通り三角点882.8mがある。GPSの表示は883mで性能を再確認した。雄岳の山頂は広い。中央は木々のせいで暗いが山頂縁に展望のよいところが数か所ある。やはり武甲山と秩父盆地を見下ろす場所が秀逸である。山頂を一回りしたが3組の男女2人連れがそれぞれ分かれて展望と料理や食事休憩を楽しんでいた。ところで「二子山はだいだら坊が天秤棒から落とした土石の堆積」との伝説があるそうだ。雌雄の峰があるのだからもっと艶やかな言い伝えはないのだろうか。

5.3.二子山雄岳から甲仁田山まで
二子山雄岳南東端の展望台脇が甲仁田山への入口だ。踏み跡と目印テープを確認するために数歩降りて登り返し、降り口の記録写真を撮って下り始めた時、休憩中のアベックの前で石の上に積もった落ち葉に足を滑らせて尻餅を撞いてしまった。「大丈夫ですか?」の声がかかるほど派手にこけたようだ。気を取り直して馬酔木が生えた細尾根の上の踏み跡を下る。尾根は東南東に一条に延びている。岩尾根のせいか木々の丈が低く、まばらな場所からは南を遠望できる。隠れた名物コースなのであろう。目印テープもぶら下がっている。「細尾根が岩稜めいてきたな」と思い始めてすぐに、「ここが評判の段差か」といえる岩の上に着いた。GPSで845mの地点であった。岩の上端に支えになる枯れ木があり、枯れ木の右下には窪み溝がある。枯れ木を掴み、窪みのステップにつま先を置いて岩の下の棚に降りた。棚からは岩場の下りだが大きな段差はない。岩場の下から振り返って登りの足運びを目視確認してみた。岩場が終わると針葉樹の広め尾根になる。尾根は思いのほか明るく踏み跡がはっきり見える。鹿の糞も転がっている。左を見上げると甲仁田山のアンテナが見えた。振り返ってみるが岩場があるなんて想像できない。緩やかな下りの広い尾根に四角ブロックが立ちその左に舗装車道がある。NTTの管理道路だ。ここがコルになる。東にあるNTTアンテナ建屋に向かって登る。NTTアンテナ建屋のさらに東先に高台が見える。踏み跡はそちら向かっている。建屋南側にある数メートルの蟻ノ戸渡を歩くことが必要だ。滑り易そうなセメントモルタルで被覆されているので北側の薄薮を建屋土台側溝沿いに回ることにした。ガードレールを跨いで車道に登り、車道から階段を上がった。階段の上は甲仁田山847m山頂の芝生広場になっていた。

5.4.甲仁田山からNTT管理道・町道出口まで
やはり芝生広場からNTT建屋南側へ延びる踏み跡がある。踏み跡を辿り南東尾根を見おろすと急峻な尾根にも踏み跡が見えた。蟻ノ戸渡を頂上から眺めるとセメントモルタルの上とその南側の土の上に踏み跡があった。両足の幅がある。安心して蟻ノ戸渡を通り、植林の中の踏み跡に戻る。四角ブロック近くから落ち葉が積もった車道に降りた。日陰に残っている雪の上に新しい轍の跡がついていた。NTT管理道路は活用されているのだ。驚いたことに短いトンネルもある。二子山と岩菅山の東尾根に挟まれたくねくねと曲がる車道を下る。西の斜面を見上げると樹冠上に二子山か、丸い峰が見えた。沢沿いの杉林に入る。二股の下流に横瀬町上水道施設があり立入り禁止の看板がネットフェンスに掲げてあった。予想もしなかった大きな民家が左にある。何かの施設だろうか、坂の上に自家用車が1台駐めてあった。椎茸ホダ場を過ぎて車道ゲートに到着した。閉めてある。看板の読むと「町道・NTT管理道路を通行するときは横瀬町役場に連絡を」とあった。

5.5.NTT管理道・町道出口からあしがくぼ駅まで
ゲートを抜けると民家が見える。左には廃屋と荒れた茶畑、車道を挟んでロッジ風の黒い建物がある。NTT管理道路が一般道に突き当たる。南へ名郷に至る一般道である。オートバイが爆音を轟かせツアーリングしていた。まずは東へ向かい旧正丸峠への初花登山口の標識がないかと車道の南側を見続けた。残念ながら入山を過ぎ正丸トンネル出口道シグナルに着いてしまった。車の往来が繁くバイク爆音が続く。横瀬川に架かる橋と地形図を照合しながら現在位置を確認した。姥神東のトンネルは車専用らしいので入り口左の砂利道を通って迂回した。トンネル出口で信号機の歩行者用押し釦を押して車道を北へ横断し西へ歩む。井戸ノ入り沢を渡ると駐車場があり階段と自動車道あった。姥神様参道である。階段を上ると小さな木造の社がある。礼拝し終わって中を覗くが暗くて何も見えなかった。見上げると桃の彫刻と女の印形の扁額があった。社の西寄りに墓地と観音堂がある。駐車場に下って国道R299をあしがくぼ駅に向かって帰る。小地蔵、大野峠・丸山登り口の幟を見て赤谷集落を過ぎ坂を越す。国道沿いの三ヶ所もの民家の花壇に可愛い福寿草がこちらを向いて開いていた。大畑地区の沢の辺りで飯能駅行電車が発車していくのが見えた。次の電車をゆっくりと待たねばならぬのかと思いつつ横断歩道と橋を渡ってあしがくぼ駅下の階段に着いた。

(記:礒田武志)