奥多摩 雲 取 山  (2017m)
 【期日】 2011年6月11日(土)〜12日(日)
 【メンバー】 L:S/K、K/I、K/Y、S/K(会員外)
 【コースタイム】
6月11日(土) 
新座12:30⇒奥多摩湖(昼食)⇒小袖乗越16:00(テント泊)・・・別動隊22:00留浦駐車場(車中泊)
6月12日(日)
小袖乗越(合流・朝食)4:30〜5:25→小袖集落分岐5:50→廃屋跡6:16→水場6:45→堂所7:10→
→七ツ石小屋分岐(片倉谷上部)8:00→七ツ石小屋分岐(諸左衛門尾根乗越)8:25→ブナ坂8:45→
→奥多摩小屋9:35→富田新道分岐10:05→雲取山山頂・山頂避難小屋10:30〜11:10→奥多摩小屋11:45→
→ブナ坂12:40→七ツ石小屋分岐(片倉谷上部)13:08→七ツ石小屋分岐(最下部)13:15→水場14:00→
→小袖乗越14:55⇒もえぎの湯15:40
【山行報告】 
 東京都最高峰の雲取山の紹介は不要でしょうが、私が高校三年生の春に、初めて単独登山したのがこの山の、この登山ルートだったので、個人的な思い入れが深い。当時は鴨沢でバスを下りて歩き始め、小袖乗越まで小一時間登り一汗かいた。「大人になったら車でここまで来るぞ」と思ったのは35年前だ。テント装備を担いで、歯をくいしばり「何が楽しくて、こんな苦しい事を?」と自問自答しながら登った(答えは「加藤文太郎になりたかった」からだ)。堂所手前の水場は『命の水』と表示されていて、今でも大好きな水場だ。奥多摩小屋のテント場に張ったツエルトは今でも現役だ。翌日は雨カッパを着て飛龍まで行った。その後も何回か雲取山に登ったが、日帰りは初めてだ。昨年、新座山の会に入会させて頂いた時の目標が『雲取山、日帰り』だった。それをやっと実現する事ができた。『一緒に行こう』と後押ししてくれたI先輩、御同行頂いたY先輩、会員外のKさん、みなさんに感謝いたします。

 今回は、雲取山の日帰りは長丁場なので、早朝にスタートする為に、小袖乗越でテント泊の予定だった。しかし、前日までの予報は雨60%だったので、当然中止と考えていた。
 ところが、何かの気の迷いで『雨の中でテントや、歩くのも練習』と思い、決行と参加予定者に通知。でも『正直言って、お勧めしません』と付記。単独登山はしないと心に決めたので、同行者がいなければ中止だが、その場合は仕方が無い。すぐにY先輩からは『不参加』の返事、しばらくしてからI先輩から『Yさんを含め、3人で前夜車中泊で参加』との連絡あり。I先輩はおだやかな顔をしているが、かなりの猛者らしい。結局、私は予定通りに小袖乗越でテント泊。女子3人は車中泊で12日の早朝に合流と決まる。
 夕食はI先輩が腕をふるってくれる予定だったが、計画変更でさみしい食事となった。ごはんを炊き、ラーメンに卵を入れ、ラーメンライスをつくって終了。山での食生活は高校時代から進歩しない。「昔と違いジフィーズが美味しくなった」とも聞くが、何となく味気ないし、値段が高い。無洗米の利用も考えたが少量は買えない。「米は、さほど研がない方が良い」とも聞くので、普通のコメ1合をコッフェルで3回ほど洗って炊いてみた。次はおかずを工夫しよう。
 食べ終わったら寝る準備。雨の中でテントで寝るのは何年(何十年?)ぶりか。でも今回は車が隣にあるので安心。フライシートは使わない主義で、歌の通りに『雨が降ったら濡れればいいさ』。でも、本当は濡れたくはないので、上半身は厚さ1cmのウレタンマットを二重に敷き、下半身はリックザックの上にのせる。雨が降ってテントの床がびしょびしょになっても寝袋を濡らさない為だが、厚さ2cmではチョッと心配。もっと厚いエアーマットが欲しい(貯金しよう)。寝袋の上にレスキューシートを掛け、上から落ちる水に対処、これで寝る準備は完了(100円ショップで買ったレスキューシートなので惜しげも無く広げる)。今回は小雨・微風だったので、訓練というほどの事は無かった、残念(本心は良かった)。
 夜そろそろ寝ようかと思っていると、I先輩から「鴨沢近くの駐車場に着いた。おやすみなさい」と着信。時計を見ると10時ちょっとすぎだった。「10時か!」と思いラジオをつけて気象通報を受信、天気図用紙を広げたが、すでに各地の観測結果は終了。眠い目をこすりながら気圧配置を書くが、うまく書けない(天気予報は携帯電話で見るつもりだったが、何事も訓練と思い、念のためラジオと天気図用紙を持参してきた)。かろうじて関東の南に停滞前線があり、中国東北部に小さな高気圧がある事を記録し、『もしかしたら、天気は回復するかも?』と、淡い期待を胸に寝る。

 ここからが今回の登山の報告です
 近くの駐車場で車中泊した女性陣と、6月12日(日)の早朝に小袖乗越で合流し、朝食をとり登山開始。天候は曇り(というか、ガスの中)。
 変則的な歩き方だが、隊列を組まずに、各自が、自分のペースで歩き、要所要所の休憩場所で待ち合わせする事にした。最初は約1時間歩いた廃屋跡(最上部)で待ち合わせ。私のペースが一番遅いが、先は長いのであせらず亀の様にゆっくり歩く。無人(たぶん)の大きな古い木造建物と、小袖集落から登ってくる道、建物跡・畑をすぎ、最上部の廃屋跡に着く。高校生時代に登った時は数件の木造建物があったと記憶しているが、建物として残っているのは1軒のみだ。廃屋跡の谷側斜面のゴミは新緑に隠されて、今日はあまり目立たない。
 小休止をして『次の待ち合わせは堂所で、でも私は水場に寄っていくから先に行ってて』と打合せし再スタート。ガスの中で展望は無いが、暑くもなく、カッパを着る必要も無く、歩くには条件は良い天気かもしれない。この登山道は歩き易く、迷う事も無いので、多少天気が悪くても安心して歩けるが、『できれば登りでカッパを着ることは勘弁してほしい。』とみな同意見(どこが訓練だ!)
 途中の水場は良く出ていた。昔は『命の水』と書かれていた。とっても好きな水場だが、コンクリートの水槽が登山道わきまで下ろされているのは、チョット残念。水槽の表面は、かなり傷んでいるが、この水場の象徴なので頑張ってほしい。
 前を歩く女性陣は、遅れぎみの私を気にしてか、ゆっくりペースで、堂所でほぼ追いつく。『次はブナ坂で待っていて』と打ち合わせる。ここから七ツ石山を巻く部分が、このコースで最も急登だ。一見、歩き易い、何でもない登山道だか、ここで頑張りすぎるとバテる。スタスタ登る女性陣に遅れながらも、あせらずゆっくりと登る。私が遅れぎみなので、三番目の七ツ石小屋分岐(諸左衛門尾根乗越)で女性陣が待っていてくれた。Iさんは斜めに曲がった木が気に入って写真撮影、ここで休憩をとったのでブナ坂はノンストップで通過。奥多摩小屋手前で30人くらいの大パーティ(ツアー登山らしい)とすれ違う。昨日の雨の中を登ったのだ、「ツアー登山は、引率も参加者も大変だな」と思った。
 奥多摩小屋でトイレを借りる。当然の時間帯だが、宿泊者もテントも無い。昔ながらの小屋に、小屋番が一人いる。この付近は、南側の樹木が刈り払われていて、南西側の展望が良いところだが、今日はガスの中を歩く、もののけ姫が出てきそうに幻想的だ。展望は無いが、雨にはならず、暑くも無く、かえって歩き易い。カメラのフラッシュがつかない事がしばしば、まわりは真っ白だが、機械で測定すると結構明るいのかもしれない。
 ブナ坂から先は、小さな巻き道が多い、このコースは、Iさんが良く知っているので、先導してもらい、なるべく楽をした。特に、奥多摩小屋の先のヨモギの頭は、とても急登で、すぐに下るので結構なアルバイト(無駄な労力を使う)だ。尾根筋にこだわって歩く人は別だが、今回の私たちは巻いた。しかし、その後に巻き道の無い急登がある。『ここで頑張り過ぎると頂上直下の登りがもたない』とIさんのアドバイスでゆっくり登ると、富田新道の分岐に着く。「小雲取」という標識には気がつかなかったが、この付近が地図に表記された小雲取(こくもとり)なのだろう。しばらくのなだらかな道の後に山頂避難小屋直下の急な登りにかかるが、目標地点が見えているのであせることは無い、もう少しだ(富士山とは違い、山頂が見えれば、着いたも同じ)。
 雲取山の山頂に着き、記念写真を撮る。和名倉山(白石山)方向が若干雲が切れている以外は、あいかわらず真っ白の世界だが、おかげで、さほど暑く無く、ばてる事も無く、ほぼ予定時刻に山頂に着く事が出来た。景色も無く、虫(小バエ)がうるさいので、避難小屋に入って昼食にする。 I さん持参のパイナップルを御馳走になる。甘くてみずみずしくて、とてもおいしい。荷物を重くするのが大嫌いな I さんが、これだけは必ず持ってきてくれる。「私はパイナップル担当だから、ホームページも会報も書かない」と言うので、私が書いています。
 避難小屋の扉は二重になっている。冬の隙間風・雪の吹き込み対策なのだろうが、夏の虫よけにも有効だ。リックザックを背負っていると無理だが、空身なら二重扉の間に体が納まるので、最初の扉を閉めてから次の扉を開ければ虫が入って来ない。みなさんも実践して頂きたい。
 エネルギー補給を終えて下山開始。『下山ですよ、足元に注意して、気を引き締めて』と声を掛けて出発。歩きだしてすぐに、歩きながらストックの長さ調整をしている I さんを『立ち止まったしなさい』と注意した。
 山頂からブナ坂までの尾根は、晴れていれば見晴らしの良い、このコースの一番おいしい部分だが、今日はガスで真っ白。その分、途中の花に目が行き『この花は、なんだろう…わからないから、ホームページに載せて、先輩に教えてもらおう』などと道草を食って歩く。・・・(会員のみなさま、写真の花の名前を知っている方は教えて下さい)
 ブナ坂に着くと、『もう先が見えてひと安心、あとは樹林帯の道だから、多少天候が悪化しても大丈夫だろう』と思うが、ここからが辛かった。途中で富士山がチョット見えたのが、唯一の御褒美で、歩き易い道だが、延々と歩く。やはり、このコースは日帰りでは私にはきつい。年に数回は来ると言う I さんはすごい。Yさんも平気な顔でスイスイ。ここは、リーダーの私の出番だ・・・『休憩しましょう!』と声を掛ける。決して自分が辛いからでは無い、下山時は意図的に休憩を取らないと、気が付かないうちに無理をしてしまう(自分に都合の良い時だけ正論を言う)。しかし、みなさんのオシャベリが面白いので、歩いていても気がまぎれて助かる。私は、オシャベリに参加する余裕が無いので、ほとんど聞いているだけだが、足元への注意を怠らなければ、オシャベリも良いと思う。でも、オシャベリをすると、注意力が無くなる人はだめです。
 堂所・水場・廃屋跡と、登って来た道を、ひたすら下る。・・・学生の頃は走って下りていたが、もう年寄りだから仕方が無い。・・・などと考えながら、なんとか小袖乗越の駐車スペースに帰着。新座山の会に入会した当時の個人目標を、なんとか達成できた。同行して頂いた皆様に感謝します。  記:S/K
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