八ヶ岳  阿弥陀南稜〜阿弥陀岳(2806m)〜中央稜
目的 秋の岩稜を楽しむ
期間 2011年09月24日(前夜発)
【参加者】CL=SM、SE、SY、YK、NS、SL=IT(合計6人)
【コースタイム】
2011/09/23
北朝霞20:04⇒新座⇒新秋津⇒20:23西国分寺20:23⇒20:46高尾駅23:13⇒韮崎駅で人身事故⇒24:38(予定23:28)小淵沢駅(駅舎泊)
2011/09/24
小淵沢駅 4:58⇒(ジャンボタクシー)⇒5:28舟山十字路
舟山十字路5:35→06:04休憩(1)06:13→尾根→06:21休憩(2)06:25→06:59休憩(3)2057標高点付近07:07→→07:33休憩(4)07:41→07:56立場山07:57→08:00休憩(5)ガレ上端08:11→08:14休憩(6)青薙端草地08:32→09:05無名峰→09:14P1→09:16休憩(7)ヘルメット、スリングハーネス装着09:33→09:58岩溝下、ロープを張って一人づつ登る、待機10:43→10:46中段草付に集合10:51→11:03全員がP3尾根到着→11:05休憩(09)11:08→11:19休憩(10)11:23→11:28阿弥陀岳山頂昼食休憩(11)12:00→12:07中央稜・御小屋尾根分岐→12:09休憩(12)12:14→中央稜急降下→12:24休憩(13)タクシー配車連絡12:27→12:52休憩(14)13:04→13:04尾根から左斜面巻き道へ→13:25休憩(15)13:37→平坦尾根から沢へ→14:10沢→14:17休憩(16)14:29→14:55立場山林道末端休憩(17)15:13→15:47舟山十字路
実歩程 06:31(岩溝待機時間も除く)
舟山十字路15:59⇒(ジャンボタクシー)⇒16:23延命の湯(入浴)17:28⇒(タクシー)⇒17:35小淵沢駅17:59⇒19:47大月⇒19:52⇒21:02西国分寺21:14⇒新秋津⇒新座⇒21:32 北朝霞
【コメント】
   当初、SMさんをCLに、09/22夜発09/23〜24甲斐駒ケ岳〜鋸岳縦走をする予定であった。天気予報も台風15号が通過したので晴天が続くという。ところが台風の影響が残り、村営バスが走らないとのことで残念ながら甲斐駒ケ岳〜鋸岳縦走が中止となった。連休をどう過ごそうかと思案していたところ、SMさんから、代替に八ヶ岳舟山十字路から阿弥陀南稜〜中央稜周回のお誘いがあった。八ヶ岳の阿弥陀南稜は昭文社山と高原地図に「南稜は岩登り経験者以外は立ち入らないこと」とある。多数の知り合いが「阿弥陀南稜を登った」と自慢するので、どんな険しい岩場が続くのであろうかと気をひかれていた。また本年残雪期初期に阿弥陀北稜〜南稜を歩くSMさんの計画があったが、思わぬ降雪があり、新雪雪崩を心配して中止になっていた。無雪期に歩いて見ておくのも悪くないとすぐにお誘いに乗ってしまった。
   歩いてみて、舟山十字路から立場山、青薙を過ぎてP2までは尾根歩き初歩という印象であった。核心はP3の岩溝登攀である。ロープを出してもらったので岩溝の下からP3の尾根まで6人で約1時間もかかった。帰宅後、GPSLトラックログ記録から計算した正味値は10分弱であった。一人づつ登ったので約1時間は妥当な所要時間であろう。我々の直後から、単独行の男性がロープなしで岩溝を登って来た。下部の草付から尾根まで踏み跡が多数あり、どちらへ行く方が楽か選択に迷ったが、ロープなしでも登ることができるという話は正しい。P3から阿弥陀岳山頂までは典型的岩稜歩きだが急な登りも短い上に好天のお陰か、なんと言う苦労も無かった。
   南稜を登ったご褒美は阿弥陀岳頂上からの360度の展望であった。初秋の青空、流れる白雲、そして北、中、南アルプスに八ヶ岳連峰等が素晴らしかった。まだ気温が高いので雲が発生したが、空気が澄む頃になれば見下ろす尾根や谷のカラマツの黄葉がもっと映えるのではないだろうか。
心配した落石も無く、久しぶりの強い日射で唇が日焼けしてピリピリしたくらいの無事安全安心山行であった。思えばむしろ、JRの@往路、韮崎駅人身事故で電車が1時間停止、A復路、特急に空席なし、それから個人的にはB往復300Km近いのにジパングクラブを利用することを失念、それくらいがトラブルであったと言えるかもしれない。
   八ヶ岳にはまだ登り残している標高2000mを越す山(前掛山(蓼科)、稲子岳、ニュウ、冷山、八柱山、剣ヶ峰、大天狗 、牛首山、小天狗、小同心、大同心、美濃戸中山、前三ッ頭 、奥三ッ頭、西岳、御小屋山)がある。何時の日にかこれらも踏んでみたい。できれば一般登山道でないコースで。
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【記録】
   夜明けの舟山十字路は唐松の木立越しに見える空は快晴、地上は無風だが、歩き始めても気温が低くて長袖でも汗をかかない。旭小屋への道を分け、数台の乗用車がとまる駐車場を横目に立場山林道を進み、ゲートを通る。台風15号のあの強風が無かったのか森の唐松は林道へ枝を落としていない。しかし多量の雨が砂利道に溝を掘って流れたようだ。
   御小屋尾根への道を分け、広河原橋を過ぎて分岐に着いた。直進すると下山に使う阿弥陀中央稜、我々は右折して南稜へ進む。立場川の河原は台風で荒れて草が寝、小枝が溜まっている。
   沢を跳んで渡って急斜面泥道に取り付く。木の根が剥き出しになった斜面には多数の踏み跡が電光状に着いている。道を譲った男性が斜面で地図読みをしていた。
   尾根に着くと、「阿弥陀岳」道標があり、すこし先には旭小屋へ下る分岐があった。単独行男性はなぜかそちらへ下っている。このあたりの阿弥陀南稜は低い樹木が生えた岩っぽい尾根で右は松茸山らしく、金属線を張って「入山禁止、罰金十万円」のトタン看板が幾つもぶら下がる。さらに数m置きに目印テープがぶら下がり、大きめの岩には四区と赤ペンキで書かれ、道の両側には財産区それぞれ(穴山と広河原)境界杭の束が向かい合って立っている。異様な感じだ。
   30分も登ると松茸山監視だろうか、黄テント掛け小屋が松林の中にあった。
   松がシラベやツガに代わり、ハンノキが混じるようになる。地形図2057標高点を過ぎ、針葉樹林が切れ、ガレ上端に達するとようやく展望が利く場所となった。見下ろすと青空の下、雲海の向こうに入笠山とそのゲレンデ、中央アルプスが見える。
シラベやツガの中の道に立っていた穴山財産区赤杭束22でワイヤー柵が消えたようだった。登って来た尾根も標高2300m辺りで一層緩やかになり、平坦な道に代わった。
   立場山は地形図で標高2370mと記されているが、山頂らしい空き地に架かる手作り山名板には「立場山2248m」とある。この間違いは登山家仲間に有名だ。立場山山頂はシラベ、ツガの低木に囲まれて全く展望がない。今朝は日光が差し込んで来て薄霧を輝かせて幻想的であった。
   集合写真を撮影して、何度も南稜を登り降りしているCLが「すぐ先にある」という好展望場へ進んだ。霜が降りた小さなガレ地に出ると目前に権現岳、西岳が見える。いつの間にか広河原財産区の赤杭束が消え、穴山財産区も46でその先が見つからなかった。これが最後だろうか?ガレ上端の薮に立つナナカマドの実の向こうには北アルプスが南から北まで峰を連ねていた。
   少し登ると阿弥陀南稜の岩場が見えてきた。SMさんがSYさん達にピークを同定して教えていた。針葉樹広葉樹混合小木林を抜ける。道の脇の林床にはゴゼンタチバナが赤い実をつけ、所々にはシラタマノキの実が見えた。
   青薙の西端にある草地で休憩をした。焚き火の跡の炭やテントを引っ張った石などが残っていた。NSさんは「Tさんと冬にテントをここに張って南稜を登った」と思い出を話す。ここから展望すると、青薙の先に阿弥陀岳、北西側には霧が峰と北アルプス〜御岳、足の下の草地にコケモモや綿毛をつけた紫の小さな名も知れぬ草が生えているのが見える。水で喉を潤していると御揃いの赤いヘルメットを担いだ男女2人連れが我々を追い越して行った。
    休憩後青薙を過ぎて樹林帯に再び入る。木々の丈も低く疎らになり、阿弥陀岳の右に中岳が覗いてきた。急だが短い登りで尾根のコブを越え、無名峰下で息を整えて南東のへ登って無名峰(2540m域)を過ぎ、コルへ下った。傾いた境界標石杭の向こうから植生はハイマツ帯になる。いよいよ岩場へと期待したが薮と草付で踏み跡もしっかり、楽々、P1(2564m)を左から越えた。
   CLのSMさんの指示に従い、草地でヘルメット、スリングハーネスを装着した後、岩場に向かって草地から薮へ入る。岩場に上がるかと思ったら薮・草付に踏み跡はっきり巻き道があった。さらにハイマツを縫って登る。そこから先行する男女二人連れの赤いヘルメットが小さく見えた。二人連れは岩場のコルへ巻いていた。この辺りの草付や岩場には小さなホソバトリカブトの一種があった。
   我々もコルへ、コルからP2を越えて、岩場下窪地のU字巻き道へ向かった。正面にP3の壁が立つ。下り気味に壁をトラバースして裏側からP3の尾根へ登るという。壁の左を巻くように踏み跡を辿った。P3の基部に「(直登)中級コースザイル必要、(左)阿弥陀岳岩溝コース」プレートがあると言うが(静かなる尾根歩き、松浦隆康、新ハイキング社)、見つけることはできなかった。
   岩壁の岩溝に着いた。岩壁から岩溝へ細い固定ワイヤーロープが張ってある。壁にツララが垂れ下がり、今朝岩溝流れた水が岩に凍りついていた。まずCLが岩溝を登ってロープを張り、上下でビレーを取った。ロープと固定ワイヤーを使って順番に上部の草付まで登る。最後にITがカラビナを回収しながら皆が集まっている草付まで登った。回収したロープをNSさんに束ねてもらう。
   草付の上の岩溝には大きな氷が張って光っているので、踏み跡を睨んで右側の草付・ミヤマハンノキの薮(IT)と左側(その他)に分かれて登った。ミヤマハンノキの薮を伝って登ると直登コースの踏み跡に、岩溝右岸を登るとハイマツ尾根を経てP3の尾根道にでる。
   全員尾根の上に揃ったところで休憩して展望を楽しんだ。初冠雪の富士が雲に浮かび、小さくなった中岳の向こうに赤岳どっしり、P3頂上と権現岳の右は西岳、その間は白嶺だろうか、足の下には御小屋尾根と中央稜が西に下っていた。
   P3尾根から少し登るとP4の向こうに立つ阿弥陀岳の頂上にいる人が見えるようになった。P4の基部を巻いた後、一息入れてもう一回P4の基部をへつる。次いで脆い岩の溝に入って赤岳、中岳から続く人の列を見下ろし、溝を一息に登る。阿弥陀岳の山頂に着いた。これで阿弥陀南稜を踏破したことになる。皆で握手して喜ぶ。
   阿弥陀岳の頂上(2805m)には大勢の人が座って休んだり、歩いたり、写真を撮影したり、山座を教えあったりしていた。前回の記憶にない多数の碑、像、杭、標柱などもあった。空いた場所を探して北アルプス、美ヶ原・霧が峰、蓼科から硫黄、横岳、赤岳、権現岳などを展望しながら昼食を摂った。
   下りは中央稜をとる。まず西のハイマツ薮へ続く踏み跡の左にある石碑が中央稜・御小屋尾根の入口の目印だ。ハイマツ薮を進むと横岳の麓の行者小屋を見下ろすことができる。梯子を登って大岩の上へ、梯子の上には目の前に曲がった鉄棒があって危ない。大岩の先は平坦で御小屋尾根と中央稜分岐の道標があった。それに従って展望を楽しみながら中央稜を下った。コケモモが結実し、ウラシマツツジが鮮やかに紅葉して秋が来たことを告げていた。
   岩稜やハイマツ道を左に南稜(青薙〜立場山)を見ながら、急降下する。ハイマツにミヤマハンノキやダケカンバが混じり出す。CLは手回し良く携帯電話で小淵沢のタクシー会社に舟山十字路まで配車を頼んだ。ハイマツ帯からダケカンバ帯へ代わり、中央稜は諏訪湖に向かって下る。左の南稜に見える黒い割れ目が若しかしたら核心部の岩溝かもしれない。
   傾斜が緩くなり針葉樹帯に入って尾根から巻き道へ下る樹林草地に着いた。下降点には目印のタオルや白テープが枯木に巻いてある。
   左へ針葉樹林を下り、岩陰をまき気味に下ると心地よいダケカンバの草地斜面に出た。時間調整を兼ねて微風が通る木陰で休憩をとった。単独行あるいは2人連れが追い抜いてゆく。休憩後、樹林帯に入ると登山路は再び尾根に乗り、次第に平坦になる。針葉樹林が切れてダケカンバの明るい空き地に出た。沢音も聞こえ、トタン、ワイヤーロープが落ちているからには昔の飯場跡なのだろう。
   平坦地から電光道を急降下すると沢に出た。立場川上流の広河原沢であろう。目印の石積みやテープを見つけながら沢を何度も渡った。沢沿いの空き地で再び時間調整の休憩をとる。苔や羊歯の深い緑と沢沿いの木々の葉が陽射しに照らされた明るい緑が混じりあい調和してまるでジブリの世界だ。流木にはナメツムタケや他の茸が何種類も発生していた。腰を上げて沢を下り、合流地点1894付近の河原を渡る。大きな石が転がり、水は伏流となっていた。左右の大木の幹に赤ペンキの印が増えたが登山道から作業道が幾つも分かれて引き込まれやすそうだった。
   堰堤を過ぎると立場山林道の末端に出た。轍跡がある。ススキの穂の向こうに阿弥陀岳を見ながら、又、時間調整の休憩をとった。程よいタイミングを見計らって立場山林道標識に別れを告げて赤蜻蛉が舞う立場山林道を下った。すぐに林道は松林の中に入り、阿弥陀南稜分岐、広河原橋を通ってゲートを抜け、出発点の舟山十字路に帰りついた。メンバーは「ひとえにCLのお陰」と10時間余の阿弥陀南稜〜中央稜周回を感謝したのであった。