屋久島
 黒味岳〜宮之浦岳〜永田岳・モッチョム(本富)岳
【目的】 百名山の宮之浦岳縦走と屋久島一の難峰モッチョム岳を踏破する
【期間】 2011年10月25日〜10月29日
【参加者】 L=SI、IT、OC、UM(以上4名)
【コースタイム】
10/25淀川登山口13:04→13:59淀川小屋(泊)
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【コメント&記録】
運転手さんにお礼と別れを告げて、淀川登山口の階段を登ってシャクナゲ、ハイノキなどの薮めいた道に入った。10分位歩いたところで左手に聳える運転手さん推薦の名無しの立派な屋久杉にあう。
山道は細く小さなアップダウンを繰り返し、木の根が登山道を網の目のように覆って気楽には進めない。曇り空に常緑広葉樹林の中で展望もなくただ前に進むだけだ。 10分間隔で小休みを2回もとって疲れを癒す。
目の前が開けたと思ったら広場と小屋、公衆便所が目に入り、小屋の手前の左側に水場との道標があった。2〜3人が小屋の入口を出たり、入ったりしていた。淀川小屋に着いたのは13:59、事前にISさんが調べた歩程45分にぴったりと合っていた。これで我々の足並みが確認できたと思う。
小屋の入口にはアルコール温度計があり、現在、13℃とまずまずの気温であった。入口の扉を開けて中に入る。小屋の中は板張り2段で、今のところ、右手1段目の入口近くが塞がっているだけだ。ガラガラと言っても良い。管理人がいない避難小屋なので、起きている人に声を掛け、1段目の左手奥に入って寝場所を確保した。定員は40人というが詰め込めばもっと入るような気がする。
グランドシートを板の間に敷き、その上にエアーマット、寝袋などの宿泊道具を広げていつでも寝られるように準備して、ザックから食料・調理道具などを出して小屋の外の広場に出た。小屋の中は火気禁止である。
山の便利帳2011(山と渓谷社)によると宮之浦岳で10月21日の日の出 06:16、日没 17:49だ。淀川小屋の標高1280m、宮之浦岳は1936mと随分低く、谷間の針葉樹広葉樹混合林の中にある。暗くなる前に夕食を済ませておきたいので早めに歓談兼夕食とした。
水場でプラティパスに十分な水を汲んで、ガス・ストーブで湯を沸かして各自持参の摘みやアルコール飲料で乾杯、スーパーたなか屋や埼玉から持参した食料を温めて夕食を始めた。
その間、登山者が続々小屋に到着してきた。路線バスで14:11〜12に紀元杉に来て、そこから歩いた人たちだろう。
約一時間半で飲み物も底を尽き、食器や調理道具を片付けていると、小屋から出てきた我々と同年代の男性が話しかけてきた。大阪から来たそうで、単独行で宮之浦岳をピストンするという。ISさんが、「宮之浦岳から永田岳を登って新高塚小屋に一泊するので明日は明るくなって出発する」と返事すると、「残念、明朝は暗いうちに出発するので若い人に声を掛けて同行を願う」といった。
17:00過ぎにはフランス人の一団も着いた。フランス人ガイド付きのようだが中には日本語が喋れる若者もいる。屋久島はユネスコ自然遺産だからヨーロッパにもPRが行き届いているのが分かる。
まだ、寝るには早い明るさなので小屋裏の淀川の橋に全員で出かけてみた。橋の上では若い女性がカメラを構えて川面を睨んでいる。浅い流れは澄み切って、波が無く、空が映らない場所の水面はどこにあるのかはっきりしないほどであった。常緑のスギやヤマグルマなどに混じって黄葉しかけたヒメシャラが混じり、高木の下にはシャクナゲ、ハイノキなどの低木が緑のスカートになっている。ヒメシャラの幹が曇天ながら時々射す夕日に映えて清流に写り、MUさんは何時もの「見て、見て」を連発した。
淀川を十分撮影した後、小屋に帰り、登山靴を下駄箱に入れて寝場所に戻って寝袋に入る。寝ついたのは18:30頃であった。
目次に帰る 111025〜29屋久島