屋久島
 淀川小屋〜黒味岳〜宮之浦岳〜永田岳〜新高塚小屋
【目的】 三岳縦走
【期間】 2011年10月26日
【参加者】 L=SI、IT、OC、UM(以上4名)
【行動&コースタイム】
10/26
淀川小屋5:55→7:38花之江河→7:55分岐→8:25黒味岳→8:51分岐→9:19投石平→11:06宮之浦岳11:32→11:50焼野三叉路→12:42永田岳12:55→13:35焼野三叉路→14:54第二展望台→15:36新高塚小屋(泊)
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【コメント&記録】
百名山の山小屋らしく、夜更けまでお喋りしていた女性たちがいて深い眠りができなかったし、3時過ぎにはガサガサと物音を立て大声をかわしながら準備・出発した集団があったのでなにか頭が重い。3:40に外に出てみると小屋の上、高木林にぽっかり空いた空には溢れんばかりの星が輝いていた。気温もグッと低くなり指がかじかむ。
小屋に帰って寝具を整理し、入口外のベンチに調理道具・食器・食料を準備してまず湯を沸かす。メンバーも集まって朝食になった。各自、得意な朝食を摂り、魔法瓶に湯を詰めて04:36には調理道具・食器を片付ける。
小屋に入って明るくなるのを待つ。大阪の男性は4:00に若い男性と出発していった。フランス人の一団は2段目で物音を立てずに寝ている。パッキングして静かに小屋の外に出て足元が見える程度になるまで待つ。 まだ暗い05:23に川崎から来た三人連れ母娘が出発したが我々は足踏みしながら夜明けを待つ。オリオン以外の星が段々と空から消えてゆく。小屋の入口のアルコール温度計は4℃を示していた。
出発しようとして、GPSロガーのスイッチをオンにしていないことに気がついた。電源を入れたが衛星を捕捉せずそのまま5:55に淀川小屋から花之江河に向かった。空は薄曇で高木林の先枝の間に赤い朝焼けの雲が見える。淀川の橋を渡るが川の流れは暗くて、あの美しさを撮影していて良かったと思った。
木段が整備されているので歩きやすい。6時過ぎにはGPSロガーも記録を始めていることを確認してまず一安心した。 登るに連れ、目の下には朝日に染まった雲海が木立の隙間から覗き、青空を背にした屋久杉が朝日に染まっているのが見えた。
6:26に今日始めての休憩をとる。この辺りの標高では杉だけでなく樅も大木が多いようだ。 朝日が雲の上に登るにつれて樹林の間を通して赤く染まった高盤岳の豆腐岩が見えてきた。
7時過ぎに展望台についた。高盤岳(標高1711m)山頂の豆腐岩が隠すものがなく、まるまる見える。今朝は下界に雲海があるがその上は全くの快晴である。
小花之江河の南東にある小ピークで小休止する。左手は白骨樹の向こうに黒味岳、右手には樹海を見渡すことができた。白骨樹(枯存木)とは台風が枝が折り取り、樹皮を剥いで白い内材部を露出した木のことを言い、屋久島の白骨樹の大部分は根元には葉が茂っているという。この小ピークのさきになんとまた展望所があり、展望を確認した後、薮めいた道を下って先に進んだ。
小花ノ江河に7:28に到着した。ここは谷底になっていて寒気が下ったせいか、木道に霜が降り、湿原には氷が張っている。
さらに10分ほど歩いて花之江河に着いた。道標には「淀川登山口4km、宮之浦岳4km」と書いてあった。ピストン登山する人たちにとってよい中間地点だ。黄色に変わった湿原の上空には雲一つ無い。木道に霜が下りていた。前方の黒味岳を望む風景は屋久島一美しいといわれているらしい。
 花之江河は標高1630m、日本最南端の高層湿原だという。周囲の山から流れ下る冷たく栄養のない水で潤される湿原で、尾瀬沼のような植物は育たず、色々なミズゴケ類でできあがっているそうである。安房歩道、尾之間歩道、湯泊歩道、栗生歩道などの登山路がここに集まっているため、登山路から流入した土砂のせいと、木道外を歩く人がいるため、イグサやオオバコなどが湿原に進出ているといわれている。オーバーユースはどこの山でも深刻な問題だが設備と技術で問題を軽減できないものだろうか。
木道から木段を登り、樹林帯に入る。黒味岳分岐に7:55に着いた。黒味岳寄りにザックが3つ置いてある。我々もその先にザックをデポして空身で黒味岳に向かった。
アセビ、ヤクシマシャクナゲ、ミヤマビャクシンなどの低木の中を急登りや段差は固定ロープを掴んで登る。低木が身をかがめた薮に代わり、岩めいた平坦な道に出た。先の大きな露岩場を見ると川崎の母娘三人連れが岩の下を進んでいた。花崗岩でできた岩場を上下しながら追いかけていくともう母娘が下ってきた。頂上は近いに違いない。大岩の裾を回って、垂れ下がっている固定ロープを掴んで花崗岩の大岩に登る。
岩の上を東へほんの少し進むとそこが黒味岳の頂上であった。到着したのは8:25だった。
黒味岳(標高1831m)は九州で6番目に高い山で、「屋久島で最も美しい山」と言われているそうだ。岩の上から見回すと樹海の上には宮之浦岳、永田岳やその他の高峰をはじめ、目を転じると七五岳、愛子岳などの屋久島の前山、目の下に花之江河を望むことができた。色づいて緑の中で目立っているのはヒメシャラらしい。
集合写真を撮って先は長いと早々に下る。大岩から下って平坦な岩場では植物を見ながら分岐に向かう。ホツツジやドウダンツツジの仲間の紅葉が青空と調和して美しい。川崎の母娘はポカポカと暖かい場所で休憩中であった。草付で親指の爪先位の低くて小さな梅鉢草があったので撮影していると母娘が下ってきた。梅鉢草の花があると教えてあげたがあまり興味はなさそうであった。
黒味岳分岐に8:51に帰ってきたら北九州から来た団体が分岐に到着して道の左右に分かれて休憩中であった。ザックを背負って抜けるのが難しい。山の会の集団登山をする時に道を空けて休憩するように心がけようと思った。
ともかく分岐を8:57に出発して宮之浦岳に向かう。低木林の中をアップダウンすると黒くて太いロープが用いられている大段差に着いた。下ってすぐに今度はロープを握って登る。
その先の岩場めいた谷で、淀川小屋で一緒になったあの団体が休憩していた。声を掛け、道を空けてもらって投石平に9:19に登りついた。ロープで保護された湿原、岩場があり、道標が立っていた。平らな岩があるというがここでは見つからなかった。5分ほど登った平らな岩の前に道標があったがここが投石平だったのかも知れない。
このあたりから黒味岳、投石岳、永田岳か宮之浦岳(どちらだろうか)が見えた。青空に向かって聳える黒味岳の斜面には緑の中に白骨樹が多数立っていた。
次第にヤクササが登山路の左右に茂ってきた。登山路から20〜30m離れた笹薮の中に本日初めてのヤクジカの姿を見つけることができた。ヤクザサの中には緑色濃くヤクシマシャクナゲの群落がある。毎年1回、5月の最終土曜日は「しゃくなげ登山」が開催される。下山して見せていただいた安達さんのアルバムには06月01日に撮影したとても美しいシャクナゲの写真があった 。
これからもうすこしして11月になれば紅葉、12月には冬山になるのだろう。知人のMYさんが吹雪で退却したとも聞いた。
地形図の「投石岳投の字」北のコル近く来ると小石碑が岩の上に立っていた。コルから下った平地で暫くぶりに10分間ほど休憩して笹原の広がる安房岳斜面を歩む。安房岳の頂上近くや尾根と谷との境には面白い形の岩が続く。番号20道標には宮之浦岳1.0kmとある。もう少しだ。
翁岳と栗生岳との間コルには携帯トイレ用小屋が新設されている。次第に登山者は携帯トイレ必携になるのだろう。
朝早く出発した大阪の男性が10:40に宮之浦岳頂上から下ってきた。「頂上はもう少し」と激励して呉れて淀川登山口へ降りて行った。
人の顔をした岩を見つけてMUさんが面白がる。青空にヤクザサの茂った緑の尾根、尾根の上に立つ花崗岩の岩塊の列、斜面にのぞく大岩の繰り返しという風景とアップダウンのある巻き道が単調に続いて緊張感が次第に失せてしまう。
登りついた栗生岳徒歩道最高点から宮之浦岳の方を見ると単独行の男性が2人先行している。直ぐに登りつめて頂上部の岩の陰に入ってしまった。追いかけるように歩むと左手の岩陰に栗生岳と書いてある道標が立っていた。祠はどこだと見回したがここにはないようだ。
最後のコルに下り、いよいよ青空に聳える宮之浦岳へ登る。 急斜面を直登する道が平坦になり、岩の間を縫って広場に出るとそこが宮之浦岳(1936m)の頂上であった。黒味岳往復の1時間を加えて5時間で到着したことになる。ほぼ標準時間だ。
宮之浦岳は、一等三角点本点では1935.0m、鹿児島県だけでなく九州で最も高い山である。
約1,000万年以上前の地殻変動によって隆起してできた山で貫入した花崗岩の岩塊で覆われている。北は薩摩半島最南端の開聞岳が、南は黒潮が流れるのが見えると言うが雲で霞んで良く見えない。からだを360度回すと永田岳を始めに屋久島の奥山や前山を展望することができる。
日本百名山、ユネスコ自然遺産だからか大勢の中高年登山者、若めの山ガール、山ボーイが頂上の広場のそこここを占領していた。我々の後からもさらに12人、焼野三叉路からも続々と登山者が登ってくる。
人数の多さに閉口したがそれでも昼食を兼ねて約30分も頂上で過ごし、焼野三叉路へ下った。良く歩かれた急斜面の道から平坦な峠に着く。殆どの登山者は焼野三叉路から右へ新高塚小屋の方へ下って行く。が、我々は左手に見える永田岳を踏破して下る予定だ。
天気は相変わらず奇跡的に素晴らしい。標高1704mのテント場に荷物をデポして永田岳へ正午前に出発した。小さなアップダウンを繰り返し、岩場を抜けると、笹薮の斜面や広い原が続く。登山路の笹が刈り払われているのでとても歩きよい。笹原の道が流水が掘った深い細溝に変わる辺りで振り返ると、快晴の空を背景に宮之浦岳の下の焼野三叉路から高塚小屋へ向かう尾根が印象的であった。細溝から鞍部に出て急な坂道を登る。
電光道が終わるといよいよ大岩塊の岩場に着いた。踏み跡を辿って左手に回ると固定ロープが岩の隙間に沿って大岩の上まで付けてあった。固定ロープを握って大岩を登り、右へ回り込むと永田の集落が見下ろせる頂上に着いた。宮之浦岳山頂から約1時間20分を要している。
永田岳は標高1886mで宮之浦岳に次いで九州2番目に高い山だ。最近では宮之浦岳、永田岳、黒味岳を屋久島三山と呼ぶから、我々は奇跡的な晴天のお陰で三山縦走を1回で達成できたわけだ。幸運の神様に感謝したい。奥山で唯一集落から見え、永田集落の嶽参りの山だという。付近の岩屋に一品宝珠大権現を祀る祠があるそうだが岩の上には何もない。山頂標柱は岩の下、ヤクザサの上の草付に立ち、そこから永田集落へ下る谷と海岸が見える。麓からみる永田岳はどんな姿なのだろうか。頂上直下西側にはローソク岩が聳えるというが岩塊、岩塔が連なり、どれがそれかは教えてもらわないと分からない。東側の斜面と向かい合う斜面にへばり付く低木の中には黄色に色づいているものもあるが本格的な紅葉には早かった。
ところで憧れの障子岳へのルートはどこからでているのだろう。永田岳の岩からは見つけられなかった。
我々を追いかけて永田岳頂上に登って来た男性が「永田集落の沖に見えるのはクチノエラブ島だ」と教えてくださり、「今日は永田登山口に下る」とおっしゃっていた。「何度も登って島民のようなもの」と話されたが、永田岳頂上へのルートを誤って右にとっていたので我々が追い越して先に頂上に着いた。世の中の登山者には予想もつかぬ行動をする人がいる。無事に下山されたのであろうか。
13時前に岩場を下って、電光道を通り、湿原に着いた。湿原に流れ込む細溝に嵌りそうになりながら笹原の中の刈り払い道を登り、テント設営中の若い男性を横目に見ながら焼野三叉路に帰ってきた。帰りは約30分しかかからなかった。
デポした荷物を再び背負って新高塚小屋へ岩と笹薮の道を急いだ。 道の左右の笹薮には鹿道がいたるところにある。鹿に特有の獣臭も濃くなり、糞も目に付く。案の定、ヤクシカが薮の中にいた。我々をそう怖がる様子がない。
薮道から岩山に登ると石祠が岩屋の傍らにある。岩屋を抜けたところに「平石岩屋」と書いた道標があった。 岩屋を下るとシャクナゲ薮の中の道に変わり、樹林帯に入っていく。1675m峰、1641m峰とアップダウンを繰り替えし、視界が開けたところで、左手の尾根筋にヨセミテのエルカピタンの子供のような岩が見えた。坊主岩だろうか? ヤクシカが恐れるふうもなく道の傍らまで出てきた。
坊主岩を左に岩場風の道を登ると第二展望台があった。展望台からは屋久島の亜熱帯密林が見下ろせた。展望台を下り、道登山道を覆う石楠花の道を通ると薮奥の暗い場所にヤクシカがいた。カメラを向けると顔を隠してしまう小憎らしい奴だ。
樹林帯のなか、アップダウン、右左にカーブするが暗くて変化のない道に飽きてきた。小休憩後、岩の間を登ると第1展望所という道標が立っていた。皆とはなれて展望所に立ってみたがなんというか典型的な屋久島らしい樹林を見下ろすだけの場所であった。
再び樹林の中に入って1070m峰を過ぎるとヤクシカが出てきてこちらを見ていた。暗い樹林道ではヤクシカの出現しか気分を高めてくれるものがない。薮道の先が明るくなり、建物がチラリと見えて新高塚小屋に着いたことが分かった。焼野三叉路から2時間の歩きだった。
薮道から見えたのは新高塚小屋の公衆便所(従来型と携帯トイレ用)で右手に階段を下ると板張りの広場があり、水場入口の標識を見て左手の小屋のほうに進む。右手にはテーブルベンチで自炊中の川崎母娘が、左手の階段を登ると新高塚小屋の入口であった。
中に入って2段になった寝場所の様子をうかがう。二階はガラガラだが一階には既に寝袋を広げて場所の確保が終わり、隙間があるものの4人がゆったりできるほどの纏まったスペースが残ってない。梯子を暗い夜間に使いたくないので一階の左奥に3人(TI、女性2人)、右奥に1人(ISさん)と分かれることにした。
荷物を整理し、寝袋を広げ、夕食・歓談の準備をしている間にも次々と登山者が入ってきて次第に一、二階ともいっぱいになってきた。最後はフランス人の団体で二階に寝場所を決めたようだった。
薄暗くなった。樹林帯中の小屋上は快晴ながら、冷たい微風が吹き抜け、肌寒い。防寒上着を着て外に出てガスストーブを使える場所を探したが、川崎母娘が使っているテーブルには若い男性が加わり、余地がなかった。板張りの広場に出て風が弱い場所を探して夕食の準備を始めた。
板張りの広場の両端には片手で持ち上げられるくらいの石がいくつも転がっていたので、それを椅子代わりやガスストーブの風除けに使った。これらの石はどうも小屋が満員の時に使用するテントを固定するものではないか。
枯れるとという噂があった水場で十分に水を汲んで湯を沸かし、皆のヘッドランプの下で夕食をとった。
夕食が終った17時過ぎには星が広場の上に出て明日も天気が良さそうなことを伝えている。出発時刻を06:00と決めて寝袋に入った。新高塚小屋はネズミが出て悪戯をするとのことで残り少ない食料は頭上の物干し針金線にぶら下げておいた。それでも夜半にはネズミが何かを齧る音が聞こえた。
目次に帰る 111025〜29屋久島