| 新高塚小屋〜大株歩道入口〜楠川分かれ〜辻峠〜白谷雲水峡入り口 |
| 【目的】 宮之浦岳縦走 |
| 【期間】 2011年10月27日 |
| 【参加者】 L=SI、IT、OC、UM(以上4名) |
| 【行動&コースタイム】10/27 新高塚小屋6:06→07:07高塚小屋1:20→9:17大株歩道入口→10:52楠川分かれ→10:45辻峠→12:12白谷山荘分岐→13:24白谷雲水峡入口 |
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| 【コメント&記録】 |
| 4:25に起きて寝具を整理し、ザックのパッキングをしているとISさんが「上蓋を齧られた」とザックを持ってきた。ジッパーまで噛み切られている。姿を見て何度も追い払ったと言うことだがネズミも冬を前に食べるに必死だったに違いない。幸い、頭の上にぶら下げた食料袋には被害がなかった。 |
| 小屋入口前のベンチ上で調理道具・食器を準備して湯を沸かす。何時ものラーメン/雑炊だから手順どおりに物事が円滑に進む。緑茶で〆て調理道具・食器を片付けてザックに収納して準備が完了する。仲間はもうザックを背負っていた。 |
| 新高塚小屋を6時過ぎに出た。上空は晴れているがまだ足元は暗い。ヘッドランプで前を歩く人の足元を照らして進む。小高塚岳を巻いた頃には林の梢を通して見る雲が朝日に染まりはじめ、足元が明るくなった。今朝はもう下界から雲が登ってきている。 |
| 脱ぎ休憩をとって歩き始めた頃、朝日が雲海の上に出てきた。樹林の中だから陽射しをなかなか感じることができなかった。 高塚小屋に7時頃に到着した。登山路から少し入った場所にある小さな小屋だった。覗くと男性が1人だけ宿泊中ですでに起きてこちらを見ていた。小屋の前の看板によると景観形成推進事業で木道、階段、デッキなどを整備したとのことだ。ヒメシャラなどを守るためだが小屋より立派なのには驚いてしまう。 |
| 高塚小屋から一歩きで縄文杉に到着した。縄文杉の周りには、これも立派なデッキが設置され、その下にはヤクシカ3頭、デッキの上には縄文杉とヤクシカを撮影中の山ガール二人連れがいる。デッキの看板に「縄文杉は標高1300m、樹高25.3m、胸高周囲16.4m、樹齢は7200年とも2000年とも言われている」と書いてある。 縄文杉の幹は他の屋久杉と違って皮が白く見える。ISさんは「なぜ白いのか」という疑問が生じて屋久島から去るまで消えなかったようだ。 |
| ところで帰宅して調べたところ、 縄文杉の樹齢は 「縄文杉の木片を炭素14編年法で測定したところ、絶対年齢は1920プラスマイナス150年と算出された。しかし縄文杉は中央が空洞になっているので一番古い部分の木片は存在しない。したがって樹齢はそれより遥かに長いということになる。様々な調査の結果、縄文杉は鬼界カルデラを作った火山が大噴火をしたとされる6300年前に倒れた前代の縄文杉の上に立った2代目の杉であるのと考えられている。そうすると噴火後の1000年近くは杉が育たないと考えると、6300引く1000で樹齢は5000年より小さい」 とのことだ。 |
| 次の屋久杉を見るために7時30分前に縄文杉から下る。屋久杉ゾーンにはハイノキの幼木が幹の下にまだ緑の葉の薮を作っている。斜面につけられた木段をどんどん進む。下から登ってくる人の声が聞こえるようになった。08時30分過ぎ大阪の男性と再会した。挨拶を交わしたが、「自分も縦走すればよかった」という。疑問に思って帰宅後バス時刻表を調べてみた。 |
| 大阪の人のケース路線バス荒川登山口〜宮之浦・平内 |
| 我々が縄文杉を07:28に出て荒川登山口に下山し、モッチョム岳、愛子岳に登るために宮之浦港まで路線バスとしたら、待ち時間が長くて便が悪かったようだ。白谷雲水峡バス停留所を下山口に選んだISさんに感謝したい。 |
| 登ってくる人がどんどん増える。屋久杉とりわけ縄文杉の人気が高いのが分かる。それにしても立派な木道が続き、ところどころ擦れ違いのデッキがあるのにびっくりした。 |
| 登山道右手下方に仲良く枝をつないで立っている夫婦杉が見える。男杉は樹高22.9m、胸高周囲10.9m、女杉は樹高25.5m、胸高周囲5.8mある(屋久杉図鑑、屋久島町HPから)。つないだ枝の上にもナナカマドなどが着生していた。 |
| 次は大王杉だ。急斜面に立つ樹高24.7m、胸高周囲11.1m、根元には割れ目があって、幹に大きな空洞があるのが見えた。縄文杉が発見されるまで、大王杉が屋久島で最大の巨木と言われていたという。ここまでが世界自然遺産地域に入っているそうだ。 |
| 斜面で餌を食べるヤクシカの親子を見送って直ぐに自然観察路分岐があった。我々は先が長いので残念ながら直進して大きな切り株が立つウィルソン株へ向かった。 |
| 8時30過ぎにウィルソン株の前に到着した。ザックを置いて切り株に向かう。説明の看板によると樹齢3000年、根廻り32m、胸高直径4.39mの切り株だ。古株の中の空洞に入ると小川が流れて祠があり、中から見上げるとハート型に外が見えるので人気あるという。しめて広さは10畳ほどもある。若い女性二人が熱心にハート型を撮影中であった。すこし離れた地点からちょっと歪んだハート型を撮影して外に出た。 |
| 続々とガイドに案内された団体が登ってくる。説明によると「ウィルソン株は1586年(天正5年)牧村の五郎七が足場を組み、豊臣秀吉の命令により京都の方広寺(方向寺は間違い)建立の為に切ったと伝えられている。米国人のウィルソン博士によって世界に知らされたのでこの名がついている」という。 |
| 休憩して次々に押し寄せる団体を見ていると、「日本人らしく順番に株の中に入り、出てくる。これが中国人の団体だったら…」と想像して声を出さずに笑ってみた。ISさんはガイドの若者と話をして「明日まで天気がいいが、明後日は悪い」との情報を仕入れてきた。 |
| ウィルソン株から下ると翁杉があった。樹高23m、胸高周囲12m、推定樹齢2000年とも言われる巨木だ。根元に近いところからヤマグルマ、サクラツツジ、ナナカマドなどの木が着生し、苔が覆って、その前にはツアー客が集まっていた。人を掻き分けて絵葉書的写真を撮るのは難しかった。 |
| 翁杉から谷間を下るが大勢のツアー集団が登ってくる。登り優先と何度も待っていたが擦れ違うのに時間がかかるので声を掛けて先に下らせていただいた。目の前が明るくなり、右手直ぐ下に橋があるのが見えた。もう数mで大株歩道入口だ。 |
| 大株歩道入口は安房森林軌道の上にあった。ウィルソン株から20分弱のところであった。軌道の上を歩いて大勢の人が屯している橋を渡り、対岸に行ってみた。この先の軌道終点に公衆便所があるというが用もないので引き返して皆と軌道を楠川分かれに向かって歩いた。 |
| 安房森林軌道は現在でも稼動中の日本で唯一の森林トロッコ線路だと言われている(本当かな?)。2007年時点で、「登山道にあるトイレなどの維持管理に必要な物資の輸送や、屋久杉の土埋木や昔の切り株などの運搬に使用している。世界遺産である屋久杉の伐採は原則として許されていないが、土埋木や昔の切り株は、民芸品、家具、建材として使用することが認められているためである。軌道が登山道の一部になっていることから、体調不良などによって自力では下山できなくなった観光客が出た場合は、搬送に活用されることがある」そうだ。 |
| 等高線に沿ったような軌道を歩む。軌道の左は斜面切り開き法面でウラジロやコシダのようなシダが生え、その上は照葉樹林になっている。右は切り立った照葉樹林の斜面が川に落ちている。9:32に標高点391mを、直ぐ後でトロッコ方向転換場所を過ぎ、仁王杉に着いた。 |
| 近くで久しぶりに寄生植物のツチトリモチを見る。鉄橋を渡る際には野生のサザンカが咲いて橋の欄干から顔を出していた。 用途不明の小洞穴2つを過ぎて三代杉の前で早めの昼食となった。ザックから昼食バッグを取り出して見るとネズミが齧った小さな穴が開き、食べ残しのマッフィンが大分小さくなっている。運のいいことに昼食用のマッフィンは被害がなかった。 |
| 温かいコーヒーで昼食を〆てザックを担いで出発する。軌道脇に真新しい公衆便所がある。今朝は行き交う人も余りないが、初夏のハイシーズンの混雑振りが想像できる。 大株歩道入口から約一時間30分かかって楠川分かれに到着した。昼食時間をのぞけばまず標準の1時間10分と変わらぬペースで歩くことができたと思う。標高727mのここ、楠川分かれで荒川登山口に向かう森林軌道とお分かれである。 |
| 楠川分かれから白谷雲水峡へは杉広葉樹混合林中の根が露出した登山道を登る。林床は苔蒸しているが石葺道が断続的に続く。登りになると体が熱くなって脱ぎ休憩となった。登山道にはシイの葉が積もり、カクレミノ、イタヤカエデ、ウリハダカエデ、ハリギリ、サクラなどの黄葉した落葉や、サザンカの白い花弁が落ちていた。 |
| 登山路が平坦になったところや辻ノ岩屋で若者が集まって昼食弁当を取っている。水場の場所を教えてもらって味見をしてみる。舌にやさしい水であったがポケットから手帳が水に落ちて濡れてしまい、地図が読めなくなったのには閉口した。 |
| 辻峠(979m)に10:45に着いた。ここでも大勢の若者が集まって静かに昼食中であった。太鼓岩分岐でもあるが白谷雲水峡バス停まで直進してしまった。行けば良かったのにと埼玉に帰って悔やんでも後の祭りである。白谷雲水峡バス停から辻ノ岩屋、太鼓岩までが往復観光コースなのであろう。 |
| 辻峠から下ると苔の殿堂が所々に出てくる。今日は何の日か、遠足の小学生が先生の指示のもとに集合中であった。見ると父兄も付き添っている。この大集団と一緒に下ると何が起きるか予想もつかないので急いで下る。 |
| 「七本杉」という道標を見て白谷山荘分岐に12:12に着いた。左手奥に小屋が見える。休憩中の男女がベンチに座って息をついでいる。ベンチ前の立ち木根元の苔の上に黄葉した木の葉で作った面白い面が幾つも貼り付けてある。登って来た男性が連れの若い女性に、「昨日ベンチを作った時、戯れに作って貼り付けた。ここに来る時はいつも付けている」と話していた。 |
| 「くぐり杉」の根元の穴をつかえるザックを外しながら抜ける。どうもこのコースは観光客が空荷で通るのではないか、登山客用に道を整備したようには思えない。 |
| 原生林歩道分岐では休憩台を新設中であった。原生林歩道に入らずにまた直進する。 古い石葺の道が続く。楠川歩道説明看板を読むと楠川歩道は江戸時代からの木材を背負って搬出するのに使われたとある。さつき吊橋の上に着いて轟音の方をみると「飛流おとし」という滝があった。 |
| 橋を渡ると道がこれまでより格段に良くなり、観光コースに入ったと察せられた。「白谷雲水峡案内図6」が立ち、とてもよく整備された木道が続く。弥生杉コース分岐があるがひたすら直進である。右手に見える白谷は花崗岩の川底に白いしぶきを上げて流れるが瀞にくると緑色に染まって色の調和が素晴らしい。 |
| 「二代杉」を過ぎて、歩道が「憩いの大岩」の上に延び、大岩の上で休憩している人や登ってくる人たちを避けて下って白谷雲水峡入口に13:24に到着した。 白谷雲水峡入口には管理舎(ご婦人が2人で協力金\300徴収)、東屋、水源の森百選の碑や案内図がある。管理舎から橋を渡って駐車場の方へ歩いてみた。公衆便所の向こう、路上駐車の列が駐車場まで続いている。引き返して橋の上から白糸の滝を見て東屋でバスを待つ。 |
| 下山路に観光コースをとると、目を楽しませる多くのもの、整備された歩道や施設があって疲れが癒される。静けさを堪能するには不満が残るが、ともかくこれで淀川登山口〜黒味岳〜宮之浦岳〜永田岳〜白谷雲水峡登山口までの三岳縦走を無事に終えたことになった。 |
| 白谷雲水峡 白谷雲水峡は宮之浦より12km(車で約30分)の所にあり、屋久島北部を流れる宮之浦川支流白谷川の渓谷である。標高800メートル、面積424ヘクタール、豊富な雨量による浸食によって形成された太鼓岩などの花崗岩の巨岩、きれいな白谷川の渓流、切り立った渓谷、川岸のサツキ、サクラツツジの彩りを鑑賞できる。一帯は照葉樹林から屋久杉に移行する段階の原生林である。ウラジロガシ、イスノキ、タブノキなどの照葉樹と共にツガ、モミなどの常緑樹林が混生する。また推定樹齢2000〜3000年の白谷雲水峡のシンボルである弥生杉や奉行杉などの屋久杉も生えている。さらにこの原生林は屋久島の中でも一際美しい苔の森である。森林レクリエーション地区として昭和49年3月自然休養林に指定されている。至る所に杉が伐採された痕が見られるが、これは江戸時代に杉を伐採した名残である。楠川歩道は江戸時代に花崗岩を使って作られた。現在も遊歩コースの一つとして活用されている。屋久島の自然は、宮崎駿映画作品『もののけ姫』の舞台イメージのモデルの一つである。白谷雲水峡に立てられていた「もののけ姫の森」看板は、スタジオジブリが、協力金を徴収している林野庁に対し「営利目的での使用は認めていない」とコメントしたことにより撤去された(公開されているHP記事から引用して纏めた) |
| 目次に帰る 111025〜29屋久島 |