| 雪稜を楽しむ 北アルプス 霞沢岳西尾根 |
| 【参加者】CL・総括=MS、SL・HP=TI、記録=SN、会計=KY |
| 【行動記録&コースタイム】 |
| 2011年12月28日 立川駅発20:25→松本着22:41→ホテルチェックイン22:49(泊) |
| 2011年12月29日 ホテル発7:34→松電松本駅7:59→8:25波田駅08:31アルピコタクシー→9:20釜トンネル中の湯売店ゲート9:32→10:23砂防事務所分岐(標高1500m)→10:27西尾根取り付き→1600m11:29→1650m12:03→1700m12:43→1740m12:59→1780m13:38→1810m14:05→15:02テント場1920m(泊) |
| 2011年12月30日 テント場発7:12→2000m 7:46→2100m8:36→2200m9:07→2300m9:51→2400m10:17→2500m11:10→11:51「2540m」岩峰12:29→コル12:49→2400m13:09→2300m13:43→2000m14:22→14:42テント場・テント撤収15:33→西尾根取り付き16:46→釜上トンネル入口17:10→装備整理→17:44釜トンネル入口→荷物整備→釜トンネル中の湯売店前アルピコタクシー17:49→18:30新島々18:43→19:12松本19:21→21:44立川 |
| 【記録&コメント】 霞沢岳は上高地の入口に大正池を挟んで焼岳と向かい合っている。日本300名山の1つとして徳本峠から無雪期によく登られる山だ。最近では2003年夏に霞沢岳の頂上に立ってハイマツの海が続く西から南を眺めたが、「この先は人を受け付けないな」と思った。 |
| ところが1昨年(2010年)の11月に、MSリーダーから霞沢岳西尾根を登ろうと誘いを受けた。「年末から3月まで雪が薮を覆う時期なら霞沢岳まで麓から最短の距離の西尾根を往復できる。猛吹雪の中、既に挑戦したことがある。2011年1月1〜4日に出かけよう」とのことであった。「なんと、あのハイマツ薮を越えられるんだ」と同行をお願いしたが、残念ながら悪天候のため、計画だけで中止になった。 1年が過ぎ、昨年(2011年)の新座山の会12月例会でMSリーダーから再び、山行の誘いを受けたので即座にメンバーに加えてもらった。 |
| 出発前には、頂いた計画書と装備表を読む。前回の計画と同じく、ジャンクション(標高2200m)でテント1泊、翌日に霞沢岳頂上(標高2646m)をアタックしてテントまで下り、テントを撤収して明るいうちに登山口(標高1500m)に下ることになっていた。アタック日は登り標高差446m、下り標高差1146mある。年末頃の日照時間は09時間45分、下りは登りの2倍の速さで歩くことができるとすると、登り105m/1時間、下り210m/1時間で行動できれば、登頂して下山できる計算になる。膝くらいの雪なら、ラッセルしながら標高差100m/1時間以上で登ったこともあるし、先行の踏み跡が続いていたらこの2倍以上の速度で歩くことができるだろうと、机上で地図読みをしてみた。 |
| インターネットの登山記録を見てみると、悪天候と豪雪で撤退したグループもあるが好天で計画より早く行動できた人もいるようだ。ただ2500m岩峰で、下りにロープを使っているグループはその分だけ余計な時間を要している。我々はどうなるのだろうかと少々気になった。 |
| MSリーダーから、山岳天気予報がメールで届く。 「北アルプス南部(槍・穂高、常念、笠)天気予報、気象予報士のコメント、28日:移動性高気圧に覆われて午前中は晴れる。午後は日本海の気圧の谷が次第に近づいてくるため、雲が多くなり、次第に飛騨側山腹からガスに覆われていく。信州側山腹や常念山脈では日中いっぱい天気はもちそう。稜線の風も比較的落ち着いていく見込み。 警戒事項:乾雪雪崩。 ■山頂の天気(予報発表日時:2011年12月27日 12時00分00秒)◇2011/12/29 6:00、天気:雪ときどき霧、 気温:-13.3℃、風向:西北西、風速:16m/s、◇2011/12/29 12:00、天気:雪、気温:-12.8℃、風向:西南西、風速:18m/s、◇2011/12/29 18:00、天気:雪のち霧、気温:-13.5℃、風向:西北西、風速:17m/s」 29日から雪と強風が心配だが、テント場は樹林帯の中にあるのでテントが飛ばされることは無いだろうと出発準備をした。 |
| 2011年12月28日 |
| 予定通り、立川駅に集合して松本行あずさに乗った。椅子を回転させて4人席にして向かい合う。MSリーダーから前回の話などを聞いて胸を高鳴らせているうちに松本駅についた。仕事納めの後の慰労会帰りだろうか微醺を帯びた人たちが肩を叩き合っている。MSリーダーが予約していた松本駅北隣1分のホテルニューステーションに向かう。新座より低温だが風も弱く、町には僅かな雪もない。ホテルニューステーションのフロントで受付後、男女に分かれてツィンルームに入り、明日に備えて直ぐに寝入った。 |
| 2011年12月29日 |
| ホテルニューステーション自慢の和風朝食を食べて松本駅に向かう。年末ともなれば木曜日の朝でも閑散としていた。松本電鉄上高地線に乗って波田で下車、アルピコタクシーで釜トンネル中の湯売店前ゲートまで向かう。関東ナンバーのファミリーカーが慎重に走るので、それに繋がってゆっくり走った。 |
| 釜トンネル入口では長野県警の山岳隊員の方や、民間警備隊の方に登山計画を説明するのをMSリーダーに任せて、久しぶりの釜トンネルの周囲を見回した。上高地に向かうグループが次々に到着してトンネルに入っていく。なに!登山届けはどうする! |
| 今日はSNさんやTさんと正月に徳沢から長塀尾根を登ったときに比べて積雪が少ない。しかし「霞沢岳西尾根には今シーズン最初のパーティ」と言われてラッセルの苦労が不吉にも頭の中をよぎってしまった。 涸沢ヒュッテオーナーに出発写真を撮って貰って釜トンネルに入った。 |
| 古いトンネルのように氷や氷柱は無く床も乾いて照明もあって歩きよいが登りが続くので段々体が暑くなってくる。上高地から次々と中高年男女が下って声を掛けてくださる。釜トンネル出口から見る梓川の両岸は斑模様で焼岳方面は雪雲を被り、予報通りの空模様だ。車道に雪崩跡はなく、霞沢岳西尾根の積雪もまだ薄いのではと思わせた。 |
| 釜トンネルから車道を少し歩くと砂防工事事務所分岐(標高約1500m)に着く。分岐から事務所の方へ踏み跡が続き、「先ほどの「今シーズン最初の」という言葉は違うのでは」と喜んでしまった。踏み跡を歩くのと踏み跡を作るのとは大違いである。踏み跡を辿ると事務所手前の電線下から尾根へ向かって巡視路らしい雪に埋もれた階段があった。雪に埋もれかけた固定トラロープもある。KYさんを先頭にポールを使いながら登った。 |
| 尾根には金属製送電線鉄柱(標高1540m)があった。良い目印になる。ここから霞沢岳西尾根が始まるのだ。新雪を被った林床には熊笹、その上に広葉樹・針葉樹混合林が続く。暗い林の要所には赤テープが結ばれ、目印が続いていた。不思議なことに尾根の下ではあんなにしっかりしていた踏み跡が、西尾根上では薄いスノーシュー跡に代わっている。 |
| ザックを降ろして5分ほど休憩した後、ふかふかの新雪をラッセル(ショベリング)しながら登る。最後尾でも雪の下の滑り易い笹が何度もひやりとした気分にさせてくれる。先頭のKYさんはラッセルをしながら赤テープ目印を確認しつつ進んでいる。何度も急斜面では停止して、膝で雪を固めて登っている。標高1600mまで標高差100mにほぼ1時間を要した。「標準的なペースだが標高2200mのジャンクションまでこれから6時間か。17時30分になるぞ。日が落ちて暗い中、テント場が見つかるのだろうか」と少し不安になった。 |
| 何度も息を継ぎ、急な標高差30mの斜面を抜けて緩傾斜の尾根合流でやっとホッとした。地形図記載の暗渠上辺りの暗い林に赤テープがあった。砂防事務所から右手(南)の急な沢を登るルートが尾根に到達する地点だろう。しかし麓からの踏み跡は全く無かった。 |
| 急斜面になると雪の下にある笹の茎で靴が滑る。MSリーダーは「豪雪の前回の方が歩きやすかった」と何度ももらす。針葉樹林の急斜面にかかると雪をショベリングし、頻繁に停止しながら、雪の上に出ている笹や木の根、枝、幼木を掴んで登る。尾根が狭くなり露岩が出てくると左右のいずれかを巻気味に登る。既に正午はとうに過ぎたが行動食も摂らずにひたすら進む。小休止のときにMSリーダーから頂いた栃餅が美味しかった。小雪がチラついて、寒い、指先がピリピリと痛む。オーバーグラブ5本指よりミトンのほうが良かったと臍を噛む。針葉樹樹林帯の中の段差では雪から覗いている根、枝などが頼りだ。 |
| 小尾根合流点では目印を目指して急斜面を巻く。足元から乾雪雪崩が起きるかなと無駄な心配もした。急斜面が続き、時には樋状の段差をMSリーダーが先頭になって登りぬけた。手がかりの枝や根には人の跡が残り、霞沢西尾根を登る人が思いの外多いと気づかせてくれた。急斜面をゆっくり登る。ようやく標高1785m地点で休憩できた。 |
| 標高1800m辺りから小木林帯になり、雪の下は凍土や岩に代わり、靴やポールが滑るようになった。遅々として高度が稼げない。それでも標高1880mのコメツガ小木帯で休憩して魔法瓶の湯を飲む。暖かくて美味しい。小木林が再び高木林になっても遅々として高度が稼げない。 標高1920mの尾根平坦地に適地を見つけて、MSリーダーがテント設営を決断した。膝までの新雪が溜まった場所だが風も無く、4〜5人用テントを張る広さがあった。すでに15:02になり、ルート偵察・トレース付けも諦めて、明るいうちに歓談と夕食をする。粗食に慣れた身にとってMSリーダーのザックはミシュラン三ツ星のようであった。 |
| 2011年12月30日 |
| 昨夜、携帯電話インターネット山岳天気予報を調べたMSリーダーによると「穂高・槍・常念の山頂は風速28m、午後は風が落ちて絶好の晴天」とのことだった。深夜3:30頃は強風がゴーゴーと樹木を鳴らし、テントをバタバタ叩き、雪がフライの上にザラザラ落ちて流れる音が耳について眠られなくなった。山頂アタックどころか、どう下山するか、登って来たルートを頭の中に描いて復習してみる。MSリーダーは昨夜、出発を夜明け過ぎまで延期すると言っていたが登るのかなと思いつつ、うとうとと寝袋の中で時を過ごした。 |
| 初期計画より1時間後、5時に起きて寝具を整理して昨夜の豚汁で雑炊を炊き、朝食を済ます。MSリーダーが外を覗いて「これなら行けそう」と言う。曇空で風に乗った小雪がテントの周りをちらつくが風は枝を揺らす程度に納まった。昨夜の雪はさほど積もっていない。MSリーダーの携帯電話インターネット山岳天気予報では「頂上は風速〜26m」とのこと、まだ低気圧・前線の影響が残っている。 |
| 今朝はクランポン、ピッケルを装備して小雪の中、霞沢岳に向かってテント場を出発した。ここから頂上までまだ標高差が725mもある。積雪が薄く、クランポンが利いて欲しい。針葉樹樹林帯の中、膝までの新雪で交替しながらラッセルして登るが遅々として標高を稼ぐことができない。段差がある度にピッケルの歯を突きたてて登る。北からの風が顔に当たり、頬がピリピリと痛み、顎が堅くなってしまう。目印の赤テープを見つけるたびに声を上げるがロレツが回らない。 |
| 出発して30分ほど登ってカラマツの下で休憩した。小雪は止んだが風花が舞う。MSリーダーに倣ってフェースマスクを被ってラッセルを続けた。風で雪が飛ばされたイワカガミの葉が出ている斜面ではクランポンの歯が効いて標高を稼げるが、新雪が溜まったり、雪庇になりかけている場所では一挙にスピードが落ちた。 ようやくジャンクション(尾根分岐)に登りついた。標高は2070mでインターネット情報の2200mより遥かに低い。我々のテント場よりずっと平坦で心地よさそうであった。しかし、踏み跡を残したパーティがテントを設営した形跡は全く無かった。足跡の主は何時登ったのだろうか? |
| 尾根の傾斜が緩やかになれば積雪が増える。いつの間にか笹は消えたがラッセルの苦労が続く。木々の高さ、幹の太さは減るものの、積雪の深さは変わらない。5分ほど当たり前に登ったら10分も苦闘するという繰り返しだ。林に岳樺が増えて針葉樹林帯の終わりに近付いたことが分かる。尾根が細くなると今度はアップダウンが始まった。南側は雪庇の卵が迫り出し、踏みぬかないように注意しなければならない。 |
| 背後に雪雲に覆われた焼岳〜アカンダナに至る尾根が展望できるようになった。薄日が射して、風が弱まり、心配した体を持っていかれるような26m/sの強風はない。岳樺の枝に着いた雪が霧氷のように輝いて美しい。雪の下にはハイマツが隠れるようになって森林限界を越えたことが分かった。ハイマツの上を踏みしめて細尾根のアップダウンを進むと雪のナイフリッジが現れ、コルの先の尾根に「2540m」岩峰が正面の岩場を白く光らせて聳えていた。地形図では標高差30m程度でしかないようだがまるでその2倍はあるように見える。岩峰の左右は広い沢が切れ落ちて斜面を新雪が覆い、インターネットに書いてあったように巻いて行くには難しいように思えた。 |
| MSリーダーは暫く「2540m」岩峰とその左右を眺めていたが、急斜面岩場登りを始めたので後に続いた。見掛けより意外に登り易い。「2540m」岩峰の頂上には11:50に着いた。足元の捨て縄の先には、青空の下、左にK2、正面に霞沢岳が見える。雪煙をあげている山頂まではまだまだ標高差も距離も残っている。 MSリーダーが腕時計を皆に示して、「霞沢岳の頂上まで1時間以上かかる。すでに正午になった。本日中に新座に帰るにはここで諦めないといけない」と宣言した。皆に異論は無い。 |
| 「2540m岩峰」を順番に懸垂下降して、最後に下ってくるMSリーダーを待った。コルを登り返したところで単独行の男性と出会う。「霞沢岳頂上に登った後、時間があったら徳本峠まで、様子が悪かったらピストンして下山する。踏み跡を使わせていただいてありがとう」とのことだ。トレースがあれば我々だって4〜5時間でここまで登れたのにと僻みったらしいが思ってしまう。「今日の午後から明日にかけて好天だそうですよ」とMSリーダーは優しい。向かいの焼岳も青空が広がり、稜線を辿る雪雲だけになった。穂高はまだ雲の中だ。 |
| 彼と別れてナイフリッジ、雪庇の着いたアップダウンを下る。標高2400m辺りの嫌な斜面を下って長めの休憩をとった。何か腑抜けになったようである。南西が展望できる細尾根で再度休憩して展望を楽しむ。右(北東)側は樹林になってしまい、穂高、上高地は隠されてしまった。 |
| 我々がつけた踏み跡を下って針葉樹樹林帯にはいる。コメツガの細木林の中でテン場探しの若い男女2人連れに会う。「この先に良い場所はありませんよ。我々が岩峰までトレースをつけてありますから明日は大丈夫」と大声で告げて下る。直下のジャンクションの林中テン場にエスパースのテントが張ってあった。若い女性がテントから体を出して「ありがとうございます」と声を掛けてくれた。彼女らには明日、霞沢岳に登頂してほしい。 |
| 下るにつれ、右(北側)の穂高側の青空がどんどん広がってくる。霞沢岳のジャンクションピークも白銀の姿を青空に填めている。残念ながら高木樹林で木々の枝が山々を切ってしまう。下るに連れ、穂高が明神側から姿を現し始めた。標高2030m尾根を登り返して休憩をとる。気温も上がり、冷え込んだ手足の指に血が回っている。樋状の段差をクライムダウンして無事に過ぎ、登りで乾雪雪崩を心配した急傾斜の雪面をトレース通りにトラバースして、木立越に上高地を見下ろした。帝国ホテルの赤屋根の向こうに岳沢がくっきりと見える。段差、岩巻きで少々遅々としたが着実にテント場に帰ってきている。ようやく青空の下、白銀の明神〜前穂〜吊尾根と岳沢、木陰に奥穂〜西穂稜線全部が出てきた。風も無い。 テント場に帰着してテントを撤収した。 |
| 共同装備や個人装備をパッキングした後、MSリーダー持参のお汁粉を頂く。体を温めて登山口を目指して下った。冬至過ぎで15時になると日が傾き、寒気が忍び寄ってくる。標高1880m、1800m、1780m辺りが要注意の場所で、後はゆっくりとトレースを踏み返す。闇が迫り出した樹林帯を尾根分岐からコルに下り、登り返して尾根を越して送電線金属電柱下に着いた。標高差30m階段の固定トラロープを掴んで下り、霞沢岳西尾根取り付きに帰ってきた。MSリーダーの姿が遥か後に見える。 |
| 砂防事務所分岐に出て舗装道路の上の自動車轍跡を踏み締め、今シーズン最初の雪山山行を無事に終えたのだとホッとした。旧釜トンネルが見える辺りでMSリーダーが追いついてきたのでさらに安心した。 冷たい向かい風が登って来る釜上トンネル入口でクランポン、スノースパッツ等を外して釜トンネル入口・中の湯売店ゲートへ向かう。2日間の厳しい登降を無事に終えたSNさんの頑張りに驚く。もう足の故障も快癒したと見受けた。KYさんのラッセルも大したものだ。 |
| MSリーダーが山中で予約確認したアルピコタクシーも釜トンネルゲート前で待っていた。全員のザックを後部トランクに詰め込んで真っ暗になった中の湯売店前を新島々駅に向かって出発する。タクシーの外で冬毛を膨らませた1頭のタヌキが見送ってくれたのもご愛嬌であった。 |
| 今回は時間切れで登頂できなかったが日が長く雪が締まる3月頃には再び霞沢岳西尾根に登ろうとはMSリーダーの提案であった。異存はない。ワイワイと今回の霞沢岳西尾根、これまでの山々、2012年の計画を話し合いながら、駅弁を肴にあずさの車中で飲んだ缶ビールの美味しさは何物にも替えがたかった。 |
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