北アルプス 再び雪稜に挑戦 西尾根 から霞沢岳
【目的】雪稜を楽しむ
【期間】 2012年03月17日(土)〜 03月19日(月)
【参加者】CL・総括=MS、SL・HP=TI、記録=SN、会計=KY
【記録:コースタイム】
3月17日
立川駅(集合)15:22⇒17:48松本18:05⇒18:35新島々→18:38石川旅館
3月18日
石川旅館6:58⇒7:35釜トンネル入口発7:43→釜上トンネル出口8:10→8:25砂防事務所入口右折8:27→08:29:15西尾根取り付き(階段下)8:47→8:52西尾根(電柱)に8:57→9:28休憩9:38→09:55休止09:59→10:07休憩10:19→10:50休止11:04→11:36休止→12:01標高1940m地点着、テント設営12:24発(ルート偵察)→13:22G2123m尾根分岐→偵察最高点着13:50G2267m休憩14:00→14:13尾根分岐2125m→14:38テント G1954m
3月19日
テント場06:49→尾根分岐2113m07:28→07:37:09G2161m小休止→小休止8:31→9:21休憩G2542m09:29→2540m岩峰09:47→10:08ちょっと休憩10:10→10:25霞沢岳山頂(最高点)10:31→10:43「2540m岩峰」下りはロープで11:06→11:17岩峰下のコル→11:23風除け場所休憩11:30→11:43休憩12:01→尾根分岐G2135m12:33→12:53テント着テント撤収発13:43→13:48休憩14:03→14:56西尾根(電柱)→14:58西尾根取り付き(階段下)15:15→砂防事務所入口分岐15:17→釜上トンネル入口15:32→15:47釜トンネル出口発16:11⇒16:49石川旅館⇒16:51新島々駅17:23⇒17:53松本駅18:01⇒18:06瑞祥(入浴)18:59⇒19:03松本駅19:21⇒21:43立川(解散)
【記録:コメント】
【出発前】
霞沢岳西尾根の山行計画はこれで3度目になる。MSリーダーの提案でまず2011年01月01日〜04日に計画したが悪天候で中止、再度2011年の年末に計画して実行するも「2540m」岩峰まで登って12:29に時間切れで撤退した。当日中に下山して帰宅する予定であったので「2540m」岩峰から頂上まで往復を2時間以上と見ての決断であった。前夜からの強風でテント場を7:00過ぎに出発、寒さと風、ラッセルに時間を取られたことが原因であった(詳しくは前報を参照ください)。
撤退した当日〜翌日は稀な好天で我々4人がつけたトレースを踏んで数パーティが霞沢岳頂上で絶景を楽しむことができたらしい(たとえば ヤマレコ、「霞沢岳のバカ尾根 西尾根バリエーション! (積雪期ピークハント/縦走 / 槍・穂高・乗鞍)」、日程:2011年12月30日(金) 〜 2011年12月31日(土)、メンバー: stk (CL) , t-kinjou , shin-w、 1日目:12:30釜トンネル入口〜13:20西尾根取付〜16:40幕営地(2000m付近)、… そのあたりを過ぎて大岩があるあたりの急斜面で、初めての対向パーティーに出会う。4人組みでほとんどラッセルだけで終わった、との事。稜線はすごい強風。時間の都合もあり、岩壁で引き返したそうだ。ラッセルのお礼を言い別れた。…)
今回も、当初は3月15日〜3月17日(予備3月18日)が計画されていた。しかし週間天気予報によると霞沢岳頂上へアタックする3月17日は降雨の上に高温と条件が悪い。MSリーダーから「ぜひ霞沢岳の山頂を踏んで今度で西尾根を完結したい。ついては15日〜17日は天気予報で高温、降雨、天気が回復する3月17日午後〜3月19日(予備3月20日)に順延したいが都合はどうか」と問い合わせがあった。「山は天気に勝てず」と即座に順延プランに賛同した。「これでメンバー全員がOK」とのことであった。
3月17日
予報どおり3月17日は日本全土が気圧の谷に入り、西日本南岸には停滞前線で新座は雨、午後には雨は上がったがどんよりした雨雲が空を覆っていた。残雪期の登頂・テント泊の装備で膨らんだザックを担いで水溜りが残る道を志木駅に向かい、東武東上線、武蔵野線と乗り換えて、中央線の立川駅のホームで無事にMSリーダーを始め、メンバーと合流することができた。
立川駅で乗ったあずさ21号の自由席には余裕があり、4人が向かい合って座ることができた。山の話などをしているうちに諏訪を過ぎ、遅れも無く松本駅に到着した。7番ホームに移動して松本電鉄の2両編成の電車に乗り換えた。土曜日で通勤通学客がいないせいか貸切状態で新島々駅に到着した。出口で精算するついでにMSリーダーが駅員に石川旅館の場所を聞く。吃驚顔の係員は後の同僚に確認して、「駅から上高地側30秒」と教えてくれた。新島々の駅舎の角を曲がると蔵造の建物と明るい看板が目に入った。訊ねる方がおかしかったのかもしれない。通りの向こうの山上には星が雲の切れ目から輝いていた。
石川旅館(電話0263-92-2249)の玄関で受付を済ませて、2階の部屋に入る。部屋のテーブルには既に豪華な食事が並んでいた。リーズナブルな宿泊料(\6,000)の割にリッチな夕食、暖かい風呂と快適な布団、早めの朝食などと満足できるサービスであった。工事関係で長期滞在者が多いとのことや小さな風呂が1つしかないので大人数の山行宿泊には事前確認が必要のようであった。
3月18日
昨夜は石油ストーブの暖房がよく利いて喉が渇いた。早めに寝たせいで目覚めが早い。隣部屋でも起きている気配がする。窓から外を見ると新島々駅始発の電車が目の下に止まっている。テレビの天気予報で、「東京は雨」だが、「長野県は曇」と今日は雨や雪の心配をしなくても良さそうだ。気圧の谷が東に去って冬型の気圧配置になるので19日の寒波のほうが心配になる。
典型的駅前旅館朝食を済ませて忘れ物がないように準備を整えた。登山に不要な荷物を石川旅館に預かっていただいて、アルピコタクシー(波田営業所電話0263-92-2143)に大荷物を積み込み、釜トンネルに向かって出発した。谷間の上はやはり曇空だが、国道両脇には5分咲きの白梅が浮かび上がる。日曜日の早朝のせいか交通量が少ない。
車窓から覗く山肌の雪はすでに融け落ちて木々が黒々と立っている。青白い雪解け水を湛えたダム湖を幾つか過ぎるとようやく、残雪が山腹から頂上に登っているようになった。積雪はこれまでになく少ない。沢渡の大駐車場も工事中のようであったが途中の崩壊地や到着した釜トンネル入口にも工事車両がびっしりと駐車していた。年度末らしい風景だ。
タクシーから下車、大荷物を中ノ湯案内所売店の軒下に置いてMSリーダーが登山計画書を提出して帰ってくるのを待つ。前回の年末よりずっと暖かい。空はやはり曇、気温は8℃もある。スノーシューを担いだ中高年グループが釜トンネルに入っていったが、年末に比べると閑散としたものだった。
釜トンネル入口 を計画時刻より30分早く出発できた。トンネル上流から吹き降ろしてくる風が急な登り坂で火照った体に心地よい。年末のあの指先を刺すような寒風を思えば極楽だ。トンネルの中も工事中で片側通行になっていた。軽荷の2人連れに追い越され、後姿を見ながら釜上トンネル出口を出た。トンネル出口にも残雪が少ない。雪崩の跡も消え、林道工事の車両が停まっていた。
雪が融けてアスファルト舗装面が出た県道を歩み、砂防事務所入口で2人連れと別れた。右折して西尾根取り付きに向かうとようやく残雪が路上を覆うようになった。残念なことに西尾根取り付きにも、それに続く階段にもトレースが全く無い。昨日まで降った湿雪が覆っているのかと思って踏んで調べてみるがここ暫く歩いた人は無いようであった。新雪の下はしっかりして冬靴の甲上で止まる。クランポンを履いて登ることになった。
雪に覆われた階段を、KYさんを先頭に登り始める。固定ロープも笹も半分雪に埋もれかけていた。久しぶりのクランポンで足元が危うい。西尾根上の電柱に到達して大正池の方を展望するが上高地は雲の下で暗かった。見覚えある笹薮樹林の急な尾根を登る。年末には笹や潅木が出ていた急斜面は雪壁に変わり、ピッケルを雪に刺し、雪の上に顔を出した笹も掴んで登る。大岩を巻いた後、ダケカンバの下で休憩した。ダケカンバは先枝を立ててもう芽吹きの準備をしているようだ。
何度か休憩や小休止をとりながら残雪の樹林尾根を登り続ける。暖風が通り抜けた急斜面では春の訪れを知らせるかのように落ち葉で覆われた山肌がもうあらわに出ていた。幾度も倒木を潜り、倒木を跨ぎ、笹や潅木を掴んで登る。雪の上にはテンなどの小さな5本指、カモシカらしい偶蹄の跡も乱れついていた。獣の天国が続く。唐松の向こうの雲は朝より大分薄くなってきたが晴れる様子は無い。標高を稼いでも積雪は軟らかい。救いは沈みが浅いことであった。急斜面を喘ぎ、休みを何度も取りながら登る。1時間の格闘の末、平坦な尾根に見覚えあるダケカンバの大木とコメツガ中木2本が出てきた。年末にテントを張った場所(約1930m)に到着したのだ。
前回は釜トンネルを09:32に出て5時間30分かかってテント場に到着した。今回は07:43に出て4時間20分だから積雪の具合、天気、コース経験もあって随分早く登って来たことになる。元気一杯のMSリーダーの指示で、テント場の雪を平坦に踏み固めてテントを手際よく設営し、ザックをテントに入れた。曇り空ではあるが風花もなく、暖かで今晩はよく寝られそうであった。
アッタックザックに最小限の荷物を入れて全員でルート偵察兼トレースつけに出かけた。早速、急斜面になる。右から崖が出てきたところで岩崖の半ばをトラバースする。前回は岩に生えた細い潅木を掴み、岩と積雪の間の隙間に注意しながら、岩を抱いて渡ったと記憶する。今回は岩壁から雪斜面が直接伸びてルート選びが難しい。MSリーダーに先行してもらい、足跡どおりに進むように注意を払って細い回廊を渡りきることができた。感謝!
同じく雪崩の心配をした急斜面も慎重にトレースをつけながら無事に横断することができた。地形図からは緩やかな傾斜の尾根としか思えないが、両手両足を使って登るような雪壁が幾つも繰り返して出てきた。帰りの下りが心配になる。
傾斜が少し緩んだところが約2100m尾根分岐であった。ホッと息をつく。このあたりはテントが幾張か設営できる場所だ。しかし、見回しても設営した跡が全くない。大きなザックを背負って雪壁や岩、倒木のあるルートを通ってここまで登り着くのは大変なことだとしみじみと思った。
栂や白檜の低木が生えている細尾根を登り約2230mの本日偵察最高点に到着した。まだ日は高いが偵察はここまでとのことで、汗を拭いて乗鞍岳の方に向かって休憩した。雲が安房山から上を隠し、麓の白骨温泉への道路が白く蛇行しているのが見えるだけであった。
息が整ったところで下山に移る。踏み跡を辿って下るのは楽しくて早い。尾根分岐から先の急降下では何度も亀のようにクライムダウン姿勢でピッケルとクランポンの前爪頼りに下った。岩登り熟達のSNさんとMSリーダーはスタスタと立って下って行く。羨ましいが仕方無い。慎重に下って無事にテントに帰り着くことができた。
クランポン、ピッケルとポールをなじみの木に結び付けて順番に靴の雪をブラッシュしてテントに入った。すぐに持参した飲み物などで歓談が始まった。テントを小さな霙が叩く音か聞こえたがすぐに静かになった。天気が冬型に代わったらしい。歓談がひと段落した後はMSリーダー味付けの豚玉雑炊で夕食になる。夕食の後片付けをして寝袋に潜り込むと飲み物のせいか直ぐに夢の世界に入っていった。
3月19日
昨夜の22:00頃から烈風が吹いて、木々を唸らせ、フライ・テントをバタバタと鳴らし続けた。時折、4人が寝ているテントが底から持ち上がる。眠りが浅い。前回も風が強く、雪がテントにザラザラと降ったが強風は早めに止んだ。今朝は起床予定の4:00になっても吹きまくっている。天気予報どおり冬型の気圧配置になったのだろう。MSリーダーがインターネット山天気予報を見て、午後は風速20m/sに低下すると言う。すこし寝坊して朝食においしい雑炊を頂くことになった。時間待ちしたせいか風がすこし弱くなったようであった。
装備を入れたアタックザックを背負ってテントの外に出る。フライを固定したロープ末端は全てしっかり雪に埋まっていた。木に結び付けていたクランポン、ピッケル、ポールを外す。バンドなどが凍っている。ありがたいことに装着するのに邪魔になるほどの硬さではなかった。テントの北の樹林を通して六百山などにかかる薄い雲がバラ色に朝日に染まって流れている。向かいの穂高は白い雲で隠されている。今日は「頂上は晴れ」と言ってよさそうだ。アイゼンバンドを締める指が寒さでかじかみ始めたが年末ほどの痛みはでなかった。今朝はまだ暖かい。
口々に「夜半の強風で睡眠不足」と言いながらテントを出発した。昨日着けた踏み跡を新雪が埋めているがトレースを辿るに苦労はない。雪にクランポンの歯が心地よく刺さり、踏み込む靴に雪が鳴く。風はまだ北から疎林を吹きぬけ、耳当て帽やフェイスマスクをした耳や顔、オーバー手袋をした手がピリピリと痛む。
幾つかの雪壁を登り、尾根分岐に到達した。尾根の雪には風が削った風紋が着き、まだ木々の枝が風で揺れていた。南面が開けた風裏場所で青空が広がり始めた谷の向こうを見ると安房山がようやく麓から頂上までの雲を脱いでいた。20分ほど歩いて風紋が残る南斜面の日向で休憩した。見ると安房山の上の乗鞍岳が北の峰から順々に雲を脱いで青空に白い頂上を見せ始めている。魔法瓶を出して湯気の立つコーヒーを飲む。暫しの至福だ。
いよいよ針葉樹林帯を抜け、ダケカンバ帯の急斜面を登る。細尾根に生えたダケカンバの枝にはビッシリとエビノシッポが着き、朝日に輝いている。時折吹く風に飛ばされる雪粒が頬に当たり痛い。風を避けて尾根の上に溜まった雪陰で一休みした。霞沢岳頂上の方を望むと2540m岩峰から霞沢のジャンクションなどがエビノシッポ越しに聳え、その左に明神岳を始め穂高連峰が雪雲を脱ぎ始めているのも見えてきた。2540m岩峰の溝も雪が着いて前回のような手足を支える岩は全く見えない。
年末通ったハイマツ尾根は完全に雪に覆われ、細尾根が雪のナイフリッジに変わっていた。MSリーダーを先頭に(いつも危険そうな場所で先頭をお願いして済みません)まずハイマツ尾根からコルに下り、ナイフリッジを渡って岩峰に取り付いた。雪がベットリ岩峰の溝に付いていたがピッケルの歯を立てながら「2540m岩峰」の狭い頂上に登りついた。
霞沢岳頂上方面は強風で雪煙が立ち、歩いてきた尾根を見下ろすとナイフリッジに踏み跡が延び、その左奥には安房山と乗鞍岳がどっしりと広がっていた。三人の後を追って岩峰から短いナイフリッジに下る。ナイフリッジを抜けるとその先の尾根は北からの雪が吹き溜まりになり、絶好の風除けになっていたので一休みした。風が無いと3月の太陽は温かい。痺れた手の指にも血が回る。
登るにつれ、狭かった尾根も広がって霞沢岳の最高部が見えてきた。強風で口が強張って、ロレツがおかしくなるがルンルン気分だ。ちょっと休憩して、後方で写真を撮っていたMSリーダーを待つ。雪で真っ白に埋まった岳沢が見えた。緩い斜面を霞沢岳頂上へ進む。強風で巻き上げられたザラメ雪が顔に当って痛い。雪面にはザラメに風が吹き付けてできた小さな鏃型のエビノシッポが一面を覆っていた。強風で凍りついた雪はしまってクランポンが面白いように利く。風の合間に北の方を見下ろすと上高地の建物の屋根までがはっきり展望できた。上高地はもう春間近なのだろう。梓川のまわりが黒く見えた。釜トンネルで会ったスノーシューの人たちはどこで雪を楽しむのだろうかと関係ないことまで気になった。
霞沢岳最高点に到着した。見回してもここより高い場所は無い。MSリーダーのGPSで見ると三角点は北東の低い場所らしい。ハイマツの海も雪に覆われているので山頂標も雪の下だろうと我々はここを山頂とした。穂高を背に記念写真を取り合う。穂高の右には常念山脈が上高地の奥に連なっていた。
強風に追われて霞沢岳山頂から広い雪面を走り下る。ナイフリッジを渡り、焼岳を目掛けて2540m岩峰に立った。 焼岳の左には乗鞍岳、その左奥は御岳だろう。その左の霞は恵那山かもと言いつつ、前回と同じくロープ下降の順番を待った。
女性2人が先に下り、「二人が待っている場所に着いたら声を掛けてください。ロープを引き上げてダブルにして下るから」というMSリーダーの指示を受けて、先発の合図とともに懸垂風に下る。前回は岩が露出していたので左右の肩越に下を見て目標をつけたがべったりついた雪のせいでどうにも目星が付かず股の間から下を見ながらの下降で締りが無い。スワミベルトもゆったり気味で気分が悪い。ロープ末端数mの所で先行二人が雪から覗いたダケカンバに留まっていた。雪壁はそれからさらに下まで続いている。二人を2〜3m降り越して一握り位の太さのダケカンバに足を掛けてロープを外し、MSリーダーに声を掛けた。スルスル登って行くロープを見て2人から「私たちも使うのに」とクレームが飛んだが後の祭り、残りの雪壁は3人ともロープ無のクライムダウンとなった。
岩峰下のコルに無事到着し、二人が下ってくるのを待った。三人揃ったところで風除け場所まで少々歩いて移動した。追いついたMSリーダーがロープを整理する間、休憩となった。今回、岩峰と山頂(最高点)を往復するのに休憩、写真撮影など込みで1時間を要した。MSリーダーから「前回の往復2時間予想は…」との言葉も出たが、「雪質も違うし、三角点頂上はもう少し先、前回の下山は正しい決断であった」と思う。
森林限界から樹林帯に下るにつれて焼岳が大きくなる。岳沢が樹林に隠れるようになると尾根分岐になる。登って来た踏み跡と所々に残るテープで迷うことも無く斜面を下ることができた。何度か雪壁を下り、トラバースに帰ってくると再び北側の針葉樹林を透かして白銀の岳沢が覗く。正面には焼岳が大きく聳える様になってきた。
足元の木々の間に、太陽に照らされた緑色のテントが見えた。どうにか霞沢岳西尾根を踏破したという感じが沸く。同行の皆さんも至極、元気であった。標高1920〜37mの平坦場所をテント場に選んだのは賢明なことであったと思う。これから上部には、何箇所もの雪壁・段差、倒木潜り、薮めいた尾根、抱き気味に通る幾つかの岩巻がある。さらに高い尾根分岐テント場まで大荷物を担いで往復するのは危険度が大幅に増すとともに不要な時間がかかってしまうからだ。
テントを撤収して荷物を大ザックに詰め込んで下る。雪が融けてきたせいか、樹林帯の中の、急斜面、軟らかい雪壁の繰り返しで苦労がつのる。尾根が緩やかになり砂防事務所の谷が左手に出てきたが笹薮の中の雪は一層軟らかく歩きにくい。冬型気圧配置が緩んだのか空には再び薄雲が一面に流れ始めた。ようやく階段上の電柱に到達して、雪が融けて滑り易くなった階段を下る。4人の最後に西尾根取り付きの林道に出て、ザックを乾いたアスファルト面に置いてクランポンを脱ぎ、ペット瓶の水を飲んで落ち着くことができた。MSリーダーが電話をかけてタクシーを予約した。
砂防事務所入口分岐に出て暖かな県道を釜上トンネル入口に向かって下る。トンネル入口手前は林道工事だそうで、重機が轟音をあげて土砂を除き、多数の人たちが作業をしていた。この林道はどこまで伸びるのであろうか? やはりトンネル内部でも片側通行で電気工事中のクレーン車などが入っていた。急勾配の釜上トンネルも下りは楽だ。
予定より早く釜トンネル出口に帰還したので中ノ湯温泉案内所売店でまず乾杯をした。店番の方から、「今年は積雪が少ない。スノーシューの貸し賃は\1500位、中ノ湯に泊まるとここまで送迎バスで往復、売店の主人は暫く療養中…」と色々のお話を聞く。入口ドアのガラス越にこちらをジーと覗きこむ人もいて中々面白い売店であった。
到着したタクシーに荷物を積み込んで新島々まで下る。何時ものことだがこの2日間で雪が随分融けてしまったような気がする。集落近くになると斜面に満開のフクジュソウの群落が続き、花壇には春の花が咲いていのでさらに春めいた雰囲気が濃くなる。石川旅館で預けた荷物を回収して新島々駅の待合室で電車発車時刻までを利用して荷物の積み替えをした。どこに詰め込んだか忘れてしまった貴重品を探すのに何度かザックの底までさらけ出す羽目になり、決めた場所にパッキングすることの大切さを痛いほど味わった。
新島々駅から再び貸切状態の電車で松本駅まで帰り、荷物を待合室に置かせてもらって、タクシーでMSリーダー推薦の渚町の「湯の華銭湯瑞祥」(電話026-275-4321)に向かった。瑞祥は戸倉上山田温泉の本格外湯という触れ込みでショッピングモールにある大きな銭湯であった。洗い場も多数あり、団体山行でも対応可能である。
瑞祥で疲れを癒し、松本駅で弁当と飲み物を調達して、再び、松本始発のあずさ車内で乾杯を兼ねて夕食、車内販売のアルコールを購入して再び乾杯と立川駅で解散する最後まで山行を楽しむことができた。なお翌日、志木駅近くの磯料理ちづる(0492-477-2788)で納会を行ったと報告しておく。
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