| 北アルプスの瞳「奥又白池」から明神岳・前穂高岳へ |
| 2012年08月03日〜08月06日 |
| 【参加者】CL=MS、TI、SN、KY |
| 08月03日 |
| 【コースタイム】立川15:22発予定のあずさ21号→17:53松本18:05→18:35新島々 |
| 【コメント】 |
| 新島々駅からすぐの「石川旅館」に泊まる(記KY) |
| 【記録】 |
| 立川駅中央線下りホームに集合して15:22発予定のあずさ21号を待つ。国立駅で人身事故があったせいで、約8分遅れで発車した。 暑熱のホームから冷房の効いた車内に入って汗を拭う。CLから明日以降の天候、ルート、宿泊などの話を聞きながら車中を過ごす。 |
| 松本駅に5分遅れで到着したので、7番ホームの松本電鉄上高地線まで急いだ。無事に上高地線の電車に乗り換えて窓の外の穂を出したばかりの早稲と雲一つ無い常念山脈を見ながら新島々へ向かった。北アルプス前衛の山の端にもう太陽は沈みかけていた。 |
| 新島々駅に18:35に到着した電車から降りて窓口清算を終え、駅の隣の石川旅館に向かう。 女将の出迎えを受け、二階の客室に入った。もてなしの波田西瓜を頬張りながら入浴の順番が来るのを待つ。汗を流した後、食堂で虹鱒定食風の夕食となる。ビールで乾杯して3日間の好天と無事を祈る。隣のテーブルでは松本市内は祭りでホテルが取れなかった女性Gが今日までの北アルプス縦走のフォローに盛り上がっていた。 |
| 明日6:00発のバスに乗るためにアルコールもほどほどに部屋に帰って布団をひろげた。寝付いたのは21:00、夜半は国道をトラックなど大型車が頻繁に通る音で煩いので、窓を閉めたところ、蒸し暑く目が何度もさめた(記TI) |
| 08月04日 |
| 【コースタイム】 |
| 新島々06:00(バス)→7:10上高地7:24→07:36日本山岳会上高地山岳研究所→08:32明神分岐08:42→09:34徳沢に09:49→10:11パノラマコース登山道入口→11:31パノラマ分岐11:45→14:56奥又白池テント場 |
| 【コメント】 |
| 駅前から上高地行きのバスに乗る。登山者で賑わう徳沢園で休憩後、新村橋を渡りパノラマコース分岐から中畠新道に入る。 |
| ガレた松高ルンゼの右手の草付きに入り、じきに両手両足を使った岩の急登が始まる。苦しいが一気に高度を上げている実感。 |
| 一息入れて、斜傾斜の草付きを左にトラバースして下ると、念願の「北アルプスの瞳」・奥又白池が現れた。前穂高東壁を青い水面に映し、静かに佇んでいる。雪渓からの水場も近くにあり、大天井岳・常念岳・蝶ケ岳と続く雄大な稜線も見渡せる。 |
| 貸切の五つ星酒宴場での夕食後、テント就寝。(記KY) |
| 【記録】 |
| 朝食を5:00から始めてもらって、パッキングを素早く終え、石川旅館から新島々駅に向かった。窓口で上高地往復新島々から松本までの割引切符(6日間有効)を購入してバスを待つ。6:00始発のバスに新島々から乗る人は少なかったが、沢渡などの駐車場に停車するたびに人数が増え、とうとう補助席を使うほどになった。 |
| 下車フリー区間の大正池、帝国ホテル前で上高地散策の人たちが下車、終点の上高地バスターミナには07:10に到着した。 久しぶりに見る上高地バスターミナルには高校生、大学生、社会人でも若い人のグループがたむろしていた。 |
| 所用を済ませてCLを先頭に7:24に上高地バスターミナルを出発した。カラマツ林中の遊歩道を梓川沿いに河童橋に向かう。笹薮では鶯が囀っていた。5分で河童橋に到着した。河童橋から見る西穂高、岳沢、吊尾根、明神の眺めは絵葉書的な上高地を代表するものである。振り返って見える下流の焼岳も絶景だが比べれば影が薄い。 |
| 河童橋を渡り、ホテル白樺荘の前の徒歩道を進む。梓川右岸から見る雲一つ無い岳沢と前穂高岳の景観を楽しんで日本山岳会上高地山岳研究所に07:36に到着した。CL旧知の管理人内野夫妻と3姉妹に挨拶して下山後に必要な荷物を預かって頂いた。 |
| 5分ほど山研で過ごして河童橋に引き返した。河童橋から五千尺ホテルの前を通り、清水橋を渡って、上高地ビジターセンターの前からカラマツ林の中の小梨平キャンプ場に入った。炊事場の前には多数のテントが設営されていた。45年前に剣岳からここまでテントを担いで縦走して来たが当時ほどのテント数は無いようである。小梨平を抜けるとシラビソやコメツガ等の針葉樹が茂る林になる。コマドリが縄張りを主張して順番に囀っている。 |
| 沢から花崗岩系の白砂が押し出して高木を倒し、幼木やヤナギなどの早期に進出する低い木々が占める場所に出た。これまで高い針葉樹に隠されていた明神岳の峻険な峰々が姿をあらわす。主峰(1峰)はどれだろうか。CLに聞いてもどの峰もそれに見える。 |
| 上高地街道を進むに従い明神岳は姿を変えていく。 明神分岐に08:32に到着した。明神館前にはバスターミナルと同じように若い人たちが大勢休んでいる。穂高奥社と記した柱の左には5峰(最南峰)が登山者を睥睨していた。 |
| 10分ほど休憩して、徳沢に向かう。すぐ、徳本峠に向かう道が右に伸びている白沢出合を過ぎた。樹林帯の中と川岸とを交互に通る徒歩道は奥上高地自然探勝路というらしい。古池を左に見て、広い梓川越に明神岳と前穂高岳、さらに常念岳など梓川の上流の山々が望めるカメラポイントを通り、次いで前穂高岳北尾根の峰々が全て見えるようになった。徳沢は近い。 |
| 徒歩道は樹林帯を抜けて、徳沢ロッジ分岐を右手に草原に入る。強い日差しを受けた草原は緑に燃えている。右にテント場を見て徳沢に09:34到着した。沢沿いの炊事場で水を補給して徳沢園前で15分の休憩をとる。 |
| 橋を渡って再び樹林帯に入る。横尾に向かう道を左折すると梓川に架かる新村橋に出た。吊橋を渡って治山林道から徒歩登山道入口に10:11着いた。「パノラマコースは残雪のため閉鎖」との看板が下がるロープで閉鎖されていた。今年は残雪がどこも多いんだねと話合いながら奥又白谷に入って、木陰で一休みした。アサギマダラが汗を求めて皆の周りを舞う。 |
| 谷の上から単独行の男性が下山してきて「パノラマコースから来ました。残雪が多くてヒヤヒヤしました」と告げて下っていった。我々もザックを担いで出発した。奥又白沢の向こうに前穂岳の尾根がそそりたつようになった。峰々を同定して皆に指し示していたCLの指先にアカトンボが留まるハプニングも起きた。 |
| 奥又白沢の堰堤脇を登る。風がそよぐ木陰で一休みした後、遭難碑のケルンまで進む。「ナイロンザイル事件の原点の地」とのプレートがあり、新しい花も供えてある。黙祷した後樹林帯の道を行く。明るい場所にはアキノキリンソウ、薮にはセンジュガンピが開花していた。徒歩道は奥又白沢の吐き出しの緩やかな傾斜に沿った右岸沿いに着けてある。登って行くと広い河原に出た。快晴で強い日差しが目に痛い。CLは目前の松高ルンゼに向かって進んでいる。 |
| 松高ルンゼ直前のパノラマ分岐に11:31に到着した。軽荷だと新村橋から1時間程度で到着するらしい。パノラマコース分岐には残雪が溜まり、雪解けが流れになって下っている。まず喉を癒し、昼食・行動食を摂った。見るとパノラマコースへ向かう2人連れの男女が左岸に現れ、水も補給せずに薮の中に消えて行った。 |
| パノラマ分岐を11:45に出発して奥又白池へ向かう。松高ルンゼ脇の奥又尾根(中畠新道)へ11:50に取り付いた。中畠新道は奥又尾根末端の露岩帯を右上へ登って尾根に出たら急傾斜の尾根を潅木に邪魔されながらひたすら登るという。露岩帯を登り薮に入る。CLは「秋になったら徳沢園主催の奥又白池ツアーがあって登りやすいように手入れされる」というが、8月始めの薮はしつこい。ザックの背に取り付けていたピッケル石突のゴムカバーを取られてしまった。 |
| 急登が続き、暑い。息が切れるたびに休憩をとり、薮中の急登を続ける。ようやく12:25頃、尾根も平坦になり、ふりかえれば常念岳が頭を出していた。13:00過ぎに右の奥又白沢に残雪が雪渓になっているのを認めた。小刻みに休憩をとり、標高点2337m付近を14:00頃過ぎて、14:20に潅木帯をぬけ、前穂高岳の壁が連なるのを見ながらベニバナイチゴ薮を左に巻き上げて乗越に向かう。 |
| 乗越に出ると目の前が急に開けて奥又白池が現れた。我々が中畠新道に取り付いて3時間、標準的には2時間というが重荷を背負っては2時間では無理だろう。奥又白池の青い水面には白い入道雲が映って急いで写真を撮りたくなる。池を右回りに行くにつれ、前穂高の峰々も池に映る。池の端のテント場に着いたのは14:56であった。 |
| テントを設営して水汲みに水場に向かう。水場には上流から冷水が豊富な流れになって流れ落ちていた。水をたっぷり汲んだ後は、明神岳、前穂高岳の峰々を望みながらそれぞれ持参のアルコールと摘みで歓談し、レトルト食品の夕食を準備した。 |
| 夕食を終えて、水場から伸びる踏み跡を辿って草付きを茶臼ノ頭まで登ってみた。茶臼ノ頭の頂上はハイマツ薮で覆われ、踏み跡はそこで消えている。振り返ると茶臼尾根の左には明神岳から岩めいた険悪な沢が梓川まで下っていたが、右の奥又白池の方は夕日に照らされて赤い常念岳や夕焼けの夏雲が立ち、別世界のようであった。 |
| 引き返して、暮れ行く奥又白池テント場に帰り、明日に備えて19:00には寝袋に入った。日が沈んでも明月でテントの中でも灯具がいらぬ夜であった(記TI)。 |
| 08月05日 |
| 【コースタイム】 |
| 奥又白池テント場05:39→6:27踏み替え点→09:06A沢の下降点→09:20ザックデポ(等高線2970m)09:33→9:58奥明神沢源頭コル→10:39明神岳山頂11:02→11:28奥明神沢のコル→12:06ザックデポ(等高線2970m)12:19→12:44道標(ザックデポ)→12:47前穂高岳山頂12:56→13:36紀美子平13:50→15:49岳沢小屋 |
| 【コメント】 |
| 雲海に浮かぶ富士山・南アルプスを拝み、朝日で赤く染まった東壁を鑑賞してからA沢に 取付く。ノーザイルだが、ヘルメット・アイゼン・ピッケルのフル装備装着。雪渓の雪は固 く急傾斜が続き、気が抜けない。重い荷物に負けそうで、石突きではなくピックを突き刺し 登る。シュルントの脇の岩登りは手が泥だらけになる。A沢のコルまで上がりホッと一息。 |
| サブザックに詰め替え、明神岳主峰に向かう。3級程度の岩場のアップダウンが続く。比較 的安定した岩場ではあるが、たまに浮岩があり見定めながら慎重に登る。待望の主峰の上は 何もなく、隣の2峰で2人の若者がクライミング中。 |
| 前穂高・奥穂高をバックに写真を撮り、 デポ地に引き返し荷物を背負い直して前穂高山頂に立つ。大勢の登山者と行き交いながら、 長く厳しい重太郎新道を、岳沢小屋目指し下山する。(記KY) |
| 【記録】 |
| 本日が今山行の核心である。 |
| 4:22に起きて朝食と準備、テント撤収をした。今日も快晴で、月灯りと薄明でヘッドランプなしでも作業ができた。鏡のような奥又白池に映る空を見ていると、鋭く切り立った前穂高の稜線が紅に燃え出した。山の端に月を残し、朝日が上がるにつれて紅が褪せて行く。茶臼ノ頭も朝日で明るくなって来た。遠くの雲海の上に富士、南アルプスが頭を出している。 |
| テント場周りの笹にはたっぷりと露が降りているので雨具の下とスパッツをつけて出発することになった。 |
| 05:39に奥又白池テント場を出発した。目前の前穂高から明神岳に至る尾根を見ながらCLからコース説明を受けた。草付というかお花畑の中のしっかりした踏み跡を辿って斜面から尾根へ登る。ようやく05:41に朝日が山の端から顔を出した。日の出である。ミヤマキンポウゲも朝日に染まって輝いている。尾根に出て見下ろすと何段にもなった雪田が水場の水源になっていたのが分った。小休止を何回も取りながらお花畑となった尾根を登る。山の端に沈む月とお別れして草付で一休みし、CLから山の説明を受けながら登る。 |
| 前穂北尾根から声がする。目を凝らして岩壁に人影を探すがクライマーの姿は見つからなかった。昨日も中畠新道で男性の声が何度か聞こえたが同じグループなのだろうか。 |
| 草付はハクサンイチゲなどのお花畑になっている。一群のハイマツの中にある遭難碑らしい石杭には昭和31年久米何某と読める文字が刻んであった。尾根に次第に勾配がつく。左から出たガレを見下ろしながら節理が目立つオムスビ山に向かって登る。お花畑にシナノキンバイの黄色が目立つようになった。 |
| 踏み替え点の尾根を越え奥又白沢の源頭に至ると、ここがA沢である。 10分ほど休憩してガレを登って狭い谷の雪渓末端に到達した。 |
| 雪渓と岩壁の間を利用して雪の上に登り、雪渓が切れたらガレに道を選ぶ。浮石で足が流れ、落石も起きた。2、3度これを繰り返していよいよ連続した雪渓末端に到達した。軽クランポンを登山靴に装着して急傾斜の雪渓に張り付く。CLが蹴り込んで作ったステップを踏み、硬めの雪にピックを立てて四つん這いで登る。石突を刺して登る余裕はない。時々、軽クランポンの歯が滑ってヒヤリとした。 |
| CLに続いて全員が雪渓上端に到着して軽クランポンを脱ぐ。軽クランポンを約50分履いて登ったようだ。ガレの下から伏流水が流れ、水を補給して休憩とした。ここからA沢を見下ろすと梓川まで一飛びで行けるように思える。 |
| ザックを背負い直して稜線にでて改めて落ち着いた休憩になった。A沢下降地点だ。人工的な目印などはなく、近くにある三本槍と呼ばれる三つの鋭鋒がA沢下降地点の特徴だ。イワオオウギやイワギキョウが咲く稜線からは明神岳の峰々や登って来たA沢の先に緑の奥又白池を見ることができた。気温が上がったせいか積雲が下界から湧き出して遠望がなくなり始めていた。 |
| A沢下降地点は明神岳〜前穂高岳の主稜線から少し離れているので前穂高岳に向かって岩稜を歩み、主稜線(等高線2970m)に到着してザックをデポした。前穂高岳を見上げると稜線に道標が立ち、西穂の尾根の手前にある重太郎新道には登山者が連なっているのが認められた。 |
| アタックザックに水、雨具を詰めて9:33に明神岳主峰(1峰)に出発した。ここはまだ前穂高岳の領域で、前衛峰があるため明神岳の主峰(1峰)や2峰は陰に隠れている。KYさんを先頭に岩稜をアップダウンして前衛を越す。 |
| 爆音をたててヘリコプターが西穂の稜線上から岳沢へ近づいてきた。「小屋の荷物下ろしか」と暢気なことを言っていたが、「カモシカの立場近くで韓国人女性が滑落して足の骨を折ったのでそのための救助であった」と宿泊した岳沢小屋で聞くことになった。奥明神沢までは前衛峰を2つも越さなくてはならない。 |
| 9:58に奥明神沢源頭コルに到着した。ここからが明神岳の領域になるという。まずは前衛峰の登りだ。男性2人が先行しているのが見えた。この岩峰には固定ロープが長短何本も残置されている。コルからの岩に取り付き、登るのにちょっと苦労したが後は手足を支える岩がふんだんにあって心配は無い。尾根筋には冬期縦走の証だろうか、多数のクランポンの跡が岩に残っていた。梓川側に向いてイワギキョウなどが咲いているのを見ると気持ちが落ち着いた。 |
| 前衛峰を過ぎると明神岳主峰を望む平坦な尾根筋となる。尾根の端で休憩をしながら明神岳主峰にいる先行者の動きを見た。先行者を追って明神岳主峰へ向かう。梓川側の沢源頭から覗くと茶臼尾根の左下に横尾らしい建物が、ミヤマアシボソスゲを透かして見える沢は徳沢の対岸で梓川に合流しているように見えた。 |
| コルから登り返して明神岳山頂に10:39に到着した。岩が重なり合った2931mの頂上には山名標などうっとうしいものは何も無い。4人が寛ぐには余裕があるが大勢を収容するには狭い。 |
| 積雲が重なってきたが展望はすばらしい。CLとSNさんの説明を聞きながら360°を眺めた。 明神岳2峰の先にも続く明神岳の峰々と向かいの六百山、霞沢岳が見え、遠望できるはずの乗鞍岳や御岳は雲に隠れたりしていた。足元の切れ落ちる東稜の先には、ヒョウタン池がある。CLの説明によると「ヒョウタン池は明神岳東稜上にありますが、小さくて少し落ち込んでいますので、明神岳山頂から位置は分るのですが、水面は見えません」とのことである。東稜の左隣の尾根には奥又白池がある。さらに歩いてきた前衛峰の先をみれば前穂高岳に多数の人影、目を移すと前穂高岳からジャンダルム、西穂高岳に続く峰々が屏風になって連なっているのが見える。 |
| 再び明神岳2峰に目を移すと先行の2人がロープを使って登っていた。残置ロープが縦横にぶら下がっているがそれを目印にはせず、主峰下のコルから岩稜通しに急な岩場を約10m登って、スラブの下に出る。ここから左へ岩棚を回りこみ、「よっこらしょ」と身長ほど直登してトップが稜線に出ていた。ロープ1本分で済んだように見えた。明神岳2峰の頂上を登らず岳沢側に大巻きに巻くとロープワークなしに縦走できるとヤマケイアルペンガイドに書いてあったが横向きに残置してある固定ロープがそのルートと思える。どうだろうか? |
| 名残惜しいが明神岳山頂を11:02に出発して前穂高岳へ向かう。往路に歩いた岩峰・岩稜のアップダウンを復路でも通った。眼下の青い奥又白池の傍には今朝には無かった赤いテントが張ってあり、赤い上着を着た2人の登山者がいる。前衛峰の岩場は順番に注意し、声を掛けながら下る。11:28に奥明神沢のコルに着いた。シコタンソウの向こうには奥明神沢に下る固定ロープが下がっている。 |
| コルから前穂高岳の前衛峰を登り、岳沢側の岩場を下る。CLのザックが背後の浮いた大石に引っかかり、大石が足の脇を通って大音響を上げて落ちていった。肝を冷やす。前衛峰を登りこしてデポ地点に12:06に帰還した。 |
| アタックザックを収納し、CLが担ぎ上げてくださった胡瓜、冷たい果物を頂戴して12:19に前穂高岳に向かって出発した。 前穂高岳山頂までしばらく岩尾根通しに歩き、尾根筋から岳沢側ガラ場を巻き上がった。15分ほどで前穂高岳の尾根にでて、さらに10分ほどで霧が流れる前穂高岳一般登山道に出た。道標の傍にザックを置いて空荷で往復する。 |
| わずか3分、12:47に前穂高岳の山頂に着いた。明神岳から見たあの群衆はすでに姿無く、男性が1人で撮影を終えたところのようであった。山名標、一等三角点(3090.2m)、ケルン脇を抜けて南北に長い前穂高岳山頂を北尾根覗きに行く。残念ながら北尾根は霧の中、紅に燃えたあの朝の姿はなかった。また槍ヶ岳はおろか釣尾根から奥穂高岳にいたる岩稜も、西穂高岳に至る岩尾根も霧でなにも展望できなかった。それでもその霧の中から男性がもう1人、女性が2人現れた。何時までも人気が高い山だ |
| 前穂高岳の山頂を12:56に出て、1分でデポ地点に帰還、少し休んで13:11に女性2人連れの後を追いながら霧の中を下った。登山道は尾根を通らず奥明神沢側の棚に沿って山腹を巻いている。展望が利かぬ霧の中、急傾斜の岩稜で、女性2人連れを後から煽らないために追い越した。が、道間違いの踏み跡に誘い込まれて登り返し、女性2人連れに追い越されてしまった。奥穂高岳の分岐では霧の中からも数人のグループが湧いて出てきた。 紀美子平には13:35に着いた。 |
| 分岐でのんびりと一休みして13:50に重太郎新道を岳沢小屋に下る。重太郎新道は日本100急登(本年の「山と渓谷」8月号)に選ばれたほどの急傾斜である。滑り易い岩や奥明神沢側に傾斜した狭い岩棚などの上を鎖など助けられ、注意して下る。所々には雷鳥広場、岳沢パノラマなどの台地や肩があり、息をつくことができる。 |
| 標高が下がるにつれ、雲が薄くなり岳沢が遠くまで望めるようになった。薄日が差す小さなお花畑を過ぎ、幾分傾斜の落ちたハイマツの尾根をたどり、岳沢パノラマを通過し、森林限界からダケカンバ林に入っても急降下が続く。ダケカンバ林ではメボソムシクイが目の先にとまり、チリチリチリと囀っていた。岳沢小屋の赤屋根は直ぐ下だがまだかなりの標高差がある。カモシカの立場で春日部男性3人組さん(岳沢小屋同室)を追い越し、ダケカンバの木陰で10分の休憩をとって足を労わった。 |
| 次々に現れる鎖や梯子、鉄梯子を過ぎてダケカンバ林からお花畑に入ると傾斜がようやく緩やかになる。 雪崩跡のお花畑にクルマユリやダケブキ(トウゲブキ?)が緑の草むらから頭を出し、水流れ跡にはオタカラコウが伸びていた。 |
| 雪が残った岳沢のテント場脇を通って、岳沢のガラガラ河原を渡る。角を曲がって岳沢小屋(雪崩後、経営者が変わって再建し岳沢小屋となったが、地形図やガイドでは岳沢ヒュッテと旧名のままになっている。)にようやく15:49に着いた。本日は予約で満室となっていた(記TI)。 |
| 08月06日 |
| 【コースタイム】 |
| 岳沢小屋7:33→9:42岳沢登山口→日本山岳会上高地山岳研究所→10:25上高地バスターミナル10:40→11:58新島々駅12:05→12:34松本駅→入浴(瑞祥)→松本駅14:38(スーパーあずさ22号)→16:57立川→新秋津 コメント |
| 【コメント】 |
| 夜半に激しい雨音がし目を覚ます。ラッキーな天候の中、バリエーションルートを終えられた事を感謝する。雨がほとんど止んで、六百山・霞沢岳・焼岳がくっきりと見え出してから下山を開始。高度が下がる程に暑くなり、悲しくも安堵の気持ちが湧く。松本まで出て、「瑞祥」で入浴し帰路に着く(記KY)。 |
| 【記録】 |
| 夜半の屋根を叩いて大きな音をたてた強い雨は上がったが、天気が心配で4:30に起きて窓の外を覗いた。まだ時々小雨が溜まり水に波紋を作っている。テントを張っていた人たちはどうしているのだろうか?昨日のうちにCLが交渉して朝食の予定時刻05:00を05:30に遅らせて貰ってある。 朝食を終え、外に出て再び様子を見る。談話室に泊まっていたツアーグループがテラスで雨具をつけてストレッチをし、重太郎新道に登って行った。麓の上高地から雨雲が登ってくる。 |
| 麓の霧雲が薄くなったので雨具の上だけ着て、岳沢小屋を7:33に出発した。岳沢脇の低・潅木帯の中を下り、直ぐに岳沢のガレた河原を左岸に渡る。左岸を少し登ると小屋見峠に着く。ここには@の丸看板があった。ちなみに岳沢小屋が0番とのことである。 |
| 小屋見峠からはもう下りだけだ。明神岳の尾根の裾を岳沢の広いガレた河原の左岸に沿って潅木帯を下る。薄日が差し始めたのでAの胸突き八丁で雨具を脱ぐ。再び霧が流れて左右の峰々を隠す。西穂高展望所に8:15に着いたが肝心の稜線は雲で隠れていた。路傍にはキオンが咲き始め、アキノキリンソウが道を縁取っている。岳沢の口の先に六百山を見ながら河原脇で15分ほど休憩して再び下山を続けた。 |
| 木々の背が高くなりシラベなどの針葉樹林帯に入る。風穴で流れ出る冷気で体の熱をとり、下ると直ぐに番号Fが現れる。ただし今回は4角板看板に記してある。向かいは明神岳5峰登山口であるがロープで閉鎖してあった。「昨日、明神岳2峰を登っていた2人連れはここまで縦走してきたはず」とCLは言う。 |
| 針葉樹林帯をジグザグに下る。前回下山した時にはなかった倒木帯には木道が設けられて歩き易かった。傾斜が感ぜられなくなった徒歩道の水溜りの中をヒキガエルが散歩中であった。久しぶりの雨で生き物は大喜びなのであろう。徒歩道が治山林道に突き当たると岳沢の登山口の看板・標柱が立ち、下岳沢橋の下には清い水が流れていた。時計を見ると9:42であった。 |
| 5分ほど休憩して岳沢湿原沿いの遊歩道を日本山岳会上高地山岳研究所に向かう。川面から靄が立ち枯木の上にはまだ低い雲が漂っていた。木道を増えた観光客が往来するようになった。岳沢湿原に木道から突き出した展望台から岳沢を振り返り、六百山を見上げた。流れに映る山の影にはまだ白い霧や雲を纏っていた。CLから改めて山座の説明を受けて日本山岳会上高地山岳研究所に向かった。 |
| 管理人夫人から、預かってもらっていた荷物を受け取り、CLの山仲間の消息を聞く。また、ついさっきニホンザル100匹くらい通り過ぎたと教えていただいて日本山岳会上高地山岳研究所を後にした。梓川右岸の遊歩道をこの3日のうちに穂をだしたススキ越しに岳沢とそれを取り巻く穂高の山々を望みながら河童橋まで下ってきた。 |
| 上高地の入浴施設がすべて午後に営業開始と判明し、松本で入浴すべく、急いでバスターミナルに向かった。 上高地バスターミナルに10:25に到着してCLの下山報告後、10:40のバスに乗るために乗車券販売窓口に向かう。 |
| バス乗り場の後でS&KI夫妻、MUさんとバッタリ出くわした。積もる話もあったのだが挨拶程度に終え、3人と別れて、整理券を窓口で貰って乗り場4の行列の最後にならんで乗車整理係の順番読み上げを待った。 上高地発10:40は新島々駅に11:58到着、12:05発電車に接続して12:34に松本駅に到着した。 |
| 松本駅のコンコースに並ぶザックを横目に西口(アルプス口)からタクシーで瑞祥に向かった。 日帰り浴場の瑞祥で汗を落として乾杯(入浴\650+生ビール中ジョッキ\350セット)で各自好みの昼食で寛いだ。偶然にもS&KI夫妻、MUさんと再会して、上高地バスターミナルでは話せなかった今回の山行についてそれぞれ話すことができた。寛いだ後、タクシーで松本駅に帰って14:38発のスーパーあずさ22号(新宿行)に乗車した。 |
| 電車の入口で、擦れ違ってきた男性のシャツ前腕部を背負ったザックに装着していたピッケルの石突で引っ掛けて破損し、少々荒っぽい言葉の応酬をしてしまった。中畠新道でカバーを取られて露出した石突は高さ140cm以上の位置にあり、磨耗して丸くなった石突が背の低い男性の前腕部の布に引っかかり、破るとは予想もしていなかった。予防措置をとらなかったこと、冷静な対応をしなかったことに深く悔やんだ。 |
| スーパーあずさ22号は16:57に立川に到着、向かいの中央線快速に乗り換えて西国分寺から武蔵野線は新秋津で無事解散することができた(記TI)。 |
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