甲斐駒ヶ岳 〜烏帽子岳〜鋸岳〜横岳

  晴天ならばこんな岩稜の先に鋸岳
岩稜を楽しむ
2012年08月31日(金)〜09月02日(日)
【参加者】CL=MS、TI、SN、YS、KY
【記録:コースタイム】
8/31(金)
新宿西口東京モード学園前 22:00発(バス)
9/ 1(土)
天恵白根桃源天笑閣着00時35分 (仮眠)・・・起床04時45分・・・発05:03発〜広河原着06:42・6:50発〜北沢峠着7:16・7:39発〜双児岳〜駒津峰〜甲斐駒ヶ岳12:33着・12:45発〜六合避難小屋14:14着(泊)
9/2(日)
六合避難小屋 04:25発〜三ツ頭05:52着〜烏帽子岳分岐〜烏帽子岳〜烏帽子岳分岐06:13着〜熊穴沢ノ頭 07:08着〜中ノ川乗越 07:40着〜第二高点 8:29着〜鹿穴 9:42着〜第一高点(鋸岳)10:49 着・10:58 発〜角兵衛沢のコル11:41着〜三角点ピーク12:13着・12:15発〜大崩の頭〜横岳峠13:40着〜横岳〜横岳峠14:29〜富士川水源分岐着14:54〜最終人家(無人)〜ダム作業道〜ゲート18:15着〜ゲート18:16発(タクシー)〜入浴〜小淵沢駅19:46発JR〜新秋津22:55着
【コメント】
甲斐駒ケ岳〜鋸岳〜釜無川ゲートまでのコースは、剣北方稜線と比べて「どっちがきつかったかなあ」、「重い荷物があった分、こっちの方がハイグレードかなあ? 短い日程の分、低いかなあ?」と考えてしまいます。
後半の第一高点〜釜無川ゲートまでは楽勝と勝手に決めこんでいましたが、何のなんの! 雨に祟られ、岩場やぬかるんだ下りで事故を起こさないように必死で歩いた大変な下山路でした。
しかし、全コースを通してレベルの高い充実した山行であった事は間違いありません。無事下山でき、念願の鋸岳に登れて、ヤッター!という溢杯の達成感と満足気分に今も浸っています。
願わくは、「青空の下、展望を楽しみながら再チャレンジしたいな」と思います。(KY & YS)
【記録】
【移動】新宿西口〜北沢峠 8月31日金 日の入り18:10
山梨交通登山バスに乗るために集合場所の新宿西口モード学園前バス乗り場に集合した。すでにSNさん、KYさんは先着し、腰を下ろして世間話の最中であった。
21:30過ぎにCLのMSさんも到着して共同装備のコッフェル(ガス)を預かり、予約乗車券を頂く。係員の指示に従い、トランクにザックを収納し、指定席に座る。座席は横4列で少し狭いが足は伸ばせる。ほぼ満員だ。今でも南アルプス北部はとても人気があるようだ。
予定通り、22:00に新宿西口を発車して高速道に入った。消灯に合わせてうたたねをした。23:45にアオマツムシが鳴く双葉SAで休憩、翌朝の食事や飲み物を購入する人もいる。
00:15に双葉SAを出て、高速を降りて仮眠所の天恵白根桃源天笑閣に00:35に到着した。大型バスを降りて、大広間に案内される。大型ザックを横に置き、4〜5枚の座布団を敷いて横になり、タオルケットを掛けて集合予定の04:50まで仮眠をとった。
9月1日 (土) 日の出5:13 日の入り18:09 東京 天気 曇
予定通り、04:30に起きて寝具を整理し、準備を整えて大広間から玄関にでた。今朝も曇で蒸し暑いが昨夜と大気圧の違いはなく安定している。天笑閣前に駐車している小型の乗合バスのうち、1号車に乗り込む。運転手も車掌も中高年の地元の方らしい。
予定通り05:00に天笑閣を出発した乗合バスは途中、芦安の駐車場などで登山客を拾い、数台のバスと数珠繋ぎで広河原に向かう。5:54に乗用車が多数駐車している夜叉神峠入口を過ぎ、広河原から帰ってくる何台ものジャンボタクシーと擦れ違って広河原に06:42に到着した。
下車後、ザックを受け取ってインフォメーションセンターのバス券売り場の行列に並ぶ。「07:00発の北沢峠行バス(南アルプス市営バス055-282-2016、運賃\550、荷物運賃\200)は満員になると直ぐに発車する。次は09:00。」と整理員兼運転手の高年齢男性が皆を急がせる。
全員どうにか揃って広河原を6:52に発車できた。谷越に大樺沢上部をみると厚い雲が懸かり、甲斐駒ケ岳からの展望も期待できそうにない。
北沢峠に07:16に到着した。折り返しの広河原行バスを待つ人達や戸台へ下る人達が大勢、テント待合所にたむろしていた。
【山行】
9月1日(土)
北沢峠で所用を済ませて7:39に甲斐駒ケ岳へ向かう。針葉樹林の上の空は雲で覆われて暗い。8:01にシラベ樹林帯で脱ぎ休憩をとり8:06に出発した。蒸し暑い。
シラベにダケカンバが混じり始まり、林が幾分明るくなる。8:34から8:43まで休憩をとった。北沢峠で一旦衛星を捕捉していたGPSLがこれまで衛星を見失っていたが08:45になって衛星を再び捕捉した。北沢峠からどんなトラックログになっているのだろうか?
暗いシラベ樹林帯中の急な登山路を登る。標高点2502mを過ぎ、09:09からシラベの幼樹の下で休憩していた時、背中に幼児を背負った男2女1のグループが追いついてきた。あまりに小さい子供に吃驚して声を掛けてしまった。
09:23に休憩を終え、09:28に不動岩を過ぎて樹林帯からハイマツ帯に入った。ホシガラスが嗄れ声で鳴き、登山路のそこここにホシガラスの食堂があった。今年はハイマツの実が多く結んだようだ。ハイマツ帯に入っても霧雲で遠望がない。右の斜面から雲が次々と登ってくる。
9:37に双児山(2649m)に到着した。振り返って見るが仙丈岳には雲が懸かって頂上まで辿れない。先ほどの1歳10ヶ月の幼児を連れた若い父母とその友人と再会して休憩をした。すこし薄日が射したかと思うとすぐ翳ってしまい、寒くなる。
休憩を9:47に終えて駒津峰へ向かう。10:30に駒津峰(2740m)に到着した。山頂には大勢の登山者が休憩中のうえ、我々同様、次々に登山者が登って来ている。行動食をとりながら甲斐駒ケ岳を見上げるが、雲が切れるとチラッと一瞬、姿がそれらしく見えるだけであった。
10:50に休憩を終えて甲斐駒ケ岳に向かう。百名山だからであろう、登り、下りの登山者が行列になっているのが見えた。我々の目の前ではガイド付きらしい集団が岩場で詰まり、渋滞中であった。その上、筋攣を起こした女性がいるのか、「ツムラ」の声が飛び交っていた。脇をどうにか通らしていただいて前に出た。
六万石を通過して直登と巻き道の分岐に着いた。重いザックを考えて巻き道コースを選んで進んだ。11:40から11:59まで休憩をとって水と糖分などを補給した。ザレ道に入り、電光道を登る。次々に下山してくる人と擦れ違うが、一向に天気は良くならない。
甲斐駒ケ岳頂上への道標を過ぎると5分で甲斐駒ケ岳山頂(2965.6m)に到着した。山頂には祠や山名標、三角点があり、岩陰には多数の登山者が休憩中であった。仙丈岳も北岳も、鳳凰三山も雲に隠され、岩を回って鋸岳の方向も眺めて見るが雲の中から時折、峰が出るが第2高点か第1高点か見分けが着かない。
諦めて鋸岳に向かう。「鋸岳へ05時間40分」の道標近くでイワヒバリが大勢の人を恐れず餌を探していた。
12:45に鋸岳へ向かって岩稜を下る。狭い岩棚を通って一息つくため13:14から13:22まで休憩した。美しいハイマツ斜面も曇天で輝きがない。岩場のそこここにトウヤクリンドウが咲き、気の早いウラシマツツジが紅葉して夏の終わりを告げていた。
岩稜のアップダウンを繰り返す。時には息抜きのできる砂広場もあるが、すぐその先には鎖が降りた長い岩溝があった。楽があれば苦労もある。13:32から順番に鎖を頼りに岩溝を下る。鎖場の底から戸台川を見下ろすと林道を走るバスに太陽の光が反射していた。雲に切れ目がある。青空に代わって欲しいが尾根の上から雲が去ろうとはしていなかった。
13:39に鎖場から尾根筋を下る。「駒ケ岳へ七合目」の道標を見て、14:02標高点2045mを過ぎると、霧の中、岩と樹林に囲まれた六合石室避難小屋の屋根が見えた。目印テープを頼りに尾根からゴロゴロ岩だらけの斜面を下って避難小屋の入口へ回りついた。14:14であった。
真っ暗な六合石室避難小屋に入り、先客の男性に挨拶をして板の間の右半分にグランドシートを敷き、寝場所を確保した。ザック・ストックを壁際に、物干し紐に雨具を掛けてまず水汲みに出かけた。
尾根まで登り返して、鋸岳の方向へ進むと石碑が立つ真砂の広場がある。戸台川側左手急斜面に踏み跡と目印があり、それらを頼りに針葉樹林を下った。
悲しいことに水場の水源は涸れ、乾いた塩ビホースが転がるだけであった。そこで踏み跡を辿ってさらに一段下の岩沢に下ってちょろちょろと流れる水を見つけた。ペット瓶の口で流れを塞いで満たされるのを待ち、プラティパスに水を移す。
ありったけの容器に水を満たしてアタックザックを担ぐ。水場を15:02に出て登り返し、15:05に涸れた水場、15:15に真砂の広場に到着した。水汲みに随分登り下り時間が掛かったと思っていたが実際はそれほどでもなかった。真砂の広場で息継ぎ休みした後、小屋に15:24に帰りついた。霧雨が小屋を包んで草に露が結び始めた。
CLのイメージした献立にCLが準備した食料をCLに調理して貰いながら、早々と持参のアルコールと摘みで歓談を始めた。
もう、遅いから登山者は来ないだろうと思っていたら、まず、尾白川沢登り男女2人組が板の間に、すこし時間を空けてずぶ濡れ沢登り男性4人が小屋に入ってきた。この人たちは土間に場所を確保して、濡れ物を洗濯紐にかけて夕食を始めた。さらに遅れて、単独行の男性が入口から中を覗いて、そのまま、引き戸を閉めて離れていった。翌日、真砂の広場にテントを見つけたが彼だったのだろう。終夜、霧雨が降り続いたようだった
9月2日(日)日の出6:14日の入り18:07
本日が今回の山行のクライマックスである。
3:25に起きて、寝具を整理し、ザックの予備的パッキングをして朝食をとる。パッキングし直し、雨具をつけて小屋を出た。昨日来の霧雨がヘッドランプの光芒に舞う。回りはまだ暗い。
六合石室避難小屋を04:25に出て、樹林帯を真砂の広場に向かう。砂場でSNさんがヘッドランプの電池交換をするのに10分ほど掛かった。その間に単独行の男性が追いついて様子を見ている。同行するつもりらしい。
暗い樹林帯の尾根道を踏み跡頼りに進む。先頭からオコジョの目が光ったと声が上がった。
05:07頃、尾根道から北東巻き道へ下る(GPSLデータから)。はっきりした踏み跡が続くが目印テープも消え、上下に獣道も交差する。後を着いてきた単独行の男性は「引き返す」と声を掛けて去っていった。
05:28に烏帽子岳との谷へ下りかけたので、等高線に従う踏み跡を進み、踏み跡が消えかけた地点から尾根に直登することになった。
5:52に登りついた尾根にはしっかりした徒歩道と目印があり、目前に「三ッ頭」と道標があった。直ぐ先で登山路は分岐になっており、この地点は三ツ頭の烏帽子岳分岐であるらしい。
分岐に荷物を置いて烏帽子岳へ樹林帯を進んだ。樹林帯から潅木が茂る岩場に出て、回りこんだその先の大岩が烏帽子岳山頂らしい。6:05に烏帽子岳山頂(2594m)に到着してともかく霧の中で集合写真を撮って早々に引き返した。白州の辺りから見ると烏帽子岳がそそり立ち、威容を誇っていたが今日は麓が全く見えない。残念である。
荷を担いで烏帽子岳分岐を06:13に出発した。途中で見た道標に従って鋸岳へ霧の流れる樹林帯を進む。シラベの根元に膨らんだ苔の中からシャクジョウソウが数株、首を伸ばしかけていた。御久しぶり対面だ。
休憩しながら樹林帯を歩む。地形図から見て平坦な熊穴沢ノ頭は7:00頃通り過ぎたようだ。何処かに山名標があるのだろうか?
頂上尾根の端に出ると樹林越し正面に中ノ川方向の岩壁が雲の中からボーと姿を現した。急な尾根を下って足元から熊穴沢に落ち込む断崖の縁を歩む。断崖上部のガレに桃色の花を霧に濡らしてタカネビランジが咲いていた。これが本山行最初に見つけたタカネビランジの株であったが、よくみると幾株もガレ、岩場をピンクに染めている。タカネビランジはここから三角点ピーク近くまでの長い間の友であった。他にも黄色のイワインチンやかわいい白花のコゴメグサ、草場との境には秋の花のウメバチソウも岩場を飾っていた。ナナカマドの病葉は黄葉し、バイケイソウの葉は黒くなりかけて直ぐそこに秋が来ていると告げていた。
いよいよヘルメットを被って7:28にガレ場へ下った。右の谷から左の谷に霧が流れている。
降りついたガレ場が中ノ川乗越であった。大きな岩に中ノ川とペンキで記してある。ここから行政境界線を辿って尾根へ登るのかと思ったが目印は分岐した尾根の間のガレ沢にあった。尾根へは崖でロッククライミングの世界だ。赤いヤッケの男性が戸台川側の谷から登って来て我々と擦れ違った。その後、追い越されなかったので彼は六合石室避難小屋の方へ向かったのだろう。
崖下のガレをオヤマソバ、ミソガワソウの花に癒されながら登る。登りついた稜線の樹林帯で休憩し、幹に「中ノ川越ヘ」と書いた板が掛けてあるダケカンバを見て第2高点に着いた。
第2高点(2675m)でも雲のせいで全く展望がきかなかった。早々に鹿窓に向かう。
「第一高点へ」との標識と目印テープに導かれ、行政境界のある北西尾根ではなく西南西の尾根へ進んだ。標高差50mの大ギャップは崖の下へ降りて、巻くことができるのだ。霧のせいで地形の確認が難しい。
シロウマゲンゲが我々の通過を見守る崖下のガレを登り、ガレの上の岩溝を横断して、霧を通して鹿窓がかすかに見える草付を登る。草付を横切る狭い棚で休憩した後、再び岩溝に入った。
左右にタカネビランジの咲く岩溝に固定された鎖がある。鎖を掴んで順番に登った。昔は固定ロープがぶら下がっていたと聞いていたが、現在の固定鎖は銀色に輝く立派なものであった。
最後に鹿窓に上り着き、鹿窓を潜って息をついた。お助けロープを準備していただいたCLに感謝した。
小休止した後、鹿窓から小ギャップへ向かって下り、小ギャップを覗き込む。ギャップの両側に固定鎖が親切に張ってあるが、鎖の下にある、こちらの岩場は滑り易そうなスラブ、対岸の岩場は逆層部があり、腕力が必要そうであった。
重いザックを担いでの降下、上昇は大変と、ここでCLにロープを張ってもらい、順番に進んだ。まず足場を探して草付から岩場へ、ロープと固定鎖を使って小ギャップの底にやっと降りた。底から、今度はロープ頼りに鎖の左の棚に足場を見つけ、次いで右に移動して鎖を掴んでギャップの上にでた。北側から振り返って見ると下ってきた南側の鎖場も思いのほか厳しい。さきほどの鹿窓の登り、この小ギャップの降下・上昇で腕と足の筋肉が疲労で震えていた。
霧雨が舞う第1高点(鋸岳)の方から聞こえた男性の声に導かれて樹林帯を登って行く。
第1高点(鋸岳2685m)に10:49に到着した。霧雨の中で全く展望がない。単独行の男性が我々を見つめていた。ここで1時間の休憩をとる計画であったが10分間休憩中に、単独行の男性に集合写真を撮って頂いて下ることにした。1999年10月10日に登った時は晴天で角兵衛沢を登って来た地元の方と足元のコケモモを摘みながら話をしたものだ。ロープを持ったグループが第一高点から鹿窓へ向かったのを見つめた思い出もある。
霧雨で濡れた樹林帯を下る途中、先ほどの男性が話していた「引き返したかもしれない男女2人連れ」が登って来た。「3人とも道に迷った」と聞いたがそれほど消耗した様子は無かった。我々は黙々と角兵衛沢のコルへ下る。
角兵衛沢のコルには角平とペンキで記した岩がある。地形図や登山地図には戸台川へ角兵衛沢を下る登山路があるが分岐には通行止めの表示があった。
コルから登り返して再び休憩をとり、三角点ピークへの分岐についた。重い荷物を背負っているせいか、引き返してきた軽荷の3人に追い越されてしまう。「歩きに自信があったのに」と、ちょっとショックを受けてしまった。
分岐から薮の中の踏み跡に従って進む。直ぐに踏み跡が消えてどうしたことかと思っていると、後でKYさん、YSさんが「三角点を見つけた」と声を上げた。良く見ると潅木に目印テープがぶら下がっていた。間違いなく三角点ピークに到着したのだ。が、霧の中で展望が全くない。晴天でも薮の中だからどうだろうか。
焚き火跡が残る平坦な横岳峠に13:40に到着した。
薄日が射している。CL、SNさん、YSさん、KYさんを残してTIは単独で横岳へ向かう。
篤志家と鹿が歩くだけなのだろう。薄い踏み跡が尾根についている。岩が尾根を塞ぐと右の薮か左の斜面に巻き道を探さねばならなかった。尾根は微妙に曲がり、分岐しているので登りより下りの方が注意が必要だと思いつつ登る。
横岳峠から25分で横岳山頂に到着した。古い手作り山名板が2つ、木に取り付けてある。樹林帯の中にあり、展望は全くない。横岳から釜無山を通って入笠山に縦走路があるはずだがその方向は薮が濃い。
直ぐに横岳から峠に向かって下る。踏み跡を辿るが鹿道に目移りして薮や苔の付いた倒木帯に誘い込まれ、慌てて踏み跡に戻る。テープを付けてきたらと思いつつ、コンパスでコースを確認しながら下った。予想外に下りに25分も要して横岳峠に到着した。待っていた皆さんからは「体が冷えた」と抗議を受けてしまった。
横岳峠から針葉樹林の中、急で濡れた道を下った。時々、滑って悲鳴も上がったが、どうにか富士川水源分岐を通り過ぎて釜無川本谷に下りついた。荒れてしまった沢を目印頼りに石渡りをしながら歩む。
壊れかけた伐採小屋があった標高点1534m(上の岩小屋)に近づく。左岸を林越に望むと美しい滝があった沢にも砂防堰堤が何段も設けられて様変わりしていた。ダム作業道が新設された小屋の下まで登って来ていて、かっての広い河原が消えている。昔と変らずシナノナデシコやクサボタンが足元に咲いていた。
ダム作業道に登り、休憩を取りながらゲートに向かう。路傍にはフジアザミが茂り、赤い岩止め堰堤が見えた。ここから林道始点(ゲート)まで9kmとの表示がある。めげずに林道高速歩きのYSさんの後をよろよろ追って歩いた。
岩岳沢と悪沢をせき止めている堰堤を見て、1999年にはここが林道終点だったと思い出した。何箇所も治山工事中であるが日曜日のせいで人影がない。砂塵を巻き上げて走る車も無く、法面に開花した萩、ススキや草むらからカンタンの鳴く声を鑑賞しながら歩むことができた。左岸から橋を渡って右岸へ、ふたたび橋を渡って左岸に戻った。小屋石を過ぎて残り「2km」地点でタクシー待ち時間に合わせて休憩をした。河原の法面にはフジウツギが茂り、紫色の花房から甘い香りを漂わせていた。
最終民家を左手に見て、右手の山の上に出た夕方の虹に励まされ、ようやく薄暗くなったゲートに到着することができた。スズムシなど多種類の虫の音と小淵沢タクシーが待っていた。霧雨の中04:25から18:15まで良く歩いたものだ。
【移動】釜無川ゲート〜新秋津
9月02日(日)
迎えの小淵沢タクシーに乗ってゲートからスパテォ小淵沢に向かった。ゲート近くには武智温泉があったが現在休業とのことである。 スパテォ小淵沢までタクシーで25分、大急ぎで延命の湯(0551-36-6111、料金\600 酒類の販売有)に浸かって疲れと汗を流し去った。19:30に送りに出てみえたCLに挨拶し、予約してあった小淵沢タクシーにSNさんと飛び乗って小淵沢駅に向かった。駅まで5分、19:46発甲府行普通電車に余裕を持って乗ることができた。SNさんの青春18切符を消化するため、CL、YSさん、KYさんと別れて久しぶりの鈍行利用であった。途中、3人が乗った特急に追い抜かれたが22:55に新秋津に到着して無事、解散することができた。(TI)
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