| 富山県 黒部 丸山(標高2048m) |
| 残雪期に登頂して展望を楽しむ |
| 2013年04月28日〜30日(火曜日)前夜発 |
| 【参加者】CL=(TK)、TI(2名) |
| 【コースタイム】 4/28 黒部ダム7:50→08:31ダム下(1282m)→11:01内蔵助谷出合→15:57内蔵助平(1700m)テント設営 4/29 内蔵助平幕営地05:38→7:40コル1954m→08:35丸山(2048m)09:09→10:28内蔵助平幕営地 4/30 内蔵助平幕営地04:59→06:33内蔵助平出合→08:00ダム下→08:36黒部ダム |
| 【コメント】 記=TI |
| これは思わぬ新雪で黒部別山に登れず、ついでの丸山にしか登れなかった記録である。 |
| 黒部別山、丸山は山頂渉猟(南川金一、白山書房)で紹介されているくらい、北アルプス北部に隠れた名山である。剣岳北方稜線を新座山の会のYSさん、KYさん、新ハイキングのMTさんと歩いて、真砂沢ロッジから黒部ダムに梯子谷乗越を越えた時、黒部別山へ延びる踏み跡が薮の中に続いているのを見た。新座山の会のTMさんは若かりし頃、厳冬期に黒部別山や丸山の壁を第2登されたとも聞いていた。 薮が茂る夏や厳冬の頃に登ってみる気持ちは全く無かったが、今回、CLのTKさんから残雪期にどうかとの誘いが掛かった時には「しめた」と思った。ただ、あの狭くて急な内蔵助谷では雪崩があったらひとたまりもないのではないか。インターネットで登山記録を探してみると、雪崩れより残雪を割って流れる水の方が心配であるようだった。また、枯木山で同行したIさんからも内蔵助谷出合の雪が割れて初日に断念して引き返したとも聞いた。今年はどうであろうか? |
| 4/27 出発前に天気図・天気予報とTVのニュースを確認した |
| 18:00の天気図によると「北海道東に発達した低気圧、沖縄西に移動性高気圧、西高東低冬型の気圧配置、26日から27日午前中に掛けて雪が降り、AM10:35頃 白馬大雪渓標高1700m付近で雪崩れ、 岐阜県6人パーティ他が巻き込まれて、行方不明者が出た」という。 黒部ダム〜黒部別山の雪は締まっているだろうとワカンを持たずに家を出た。 |
| 新宿高速バスターミナル(MY新宿第二ビル1階)でCLのTKさんと合流して、23:10発のアルピコバス#5573 1号車に乗り込む。指定された座席に着くと直ぐアイマスク、イヤープラグを着けて寝る準備にかかった。 |
| 運転手が本日のコース説明を始めた。休憩は3箇所とそこまではいつもどおりであったが、なんと、「扇沢、栂池高原は降雪・積雪でアルピコバスから路線バスに乗り換えるかもしれない。信濃大町駅前で扇沢の状態を確認して進行可否を決める」と心配なことを言う。 |
| 4/28 熟睡できずに薄明の信濃大町駅前に着いた。下車し、暫くして帰ってきた運転手は「事務所から扇沢駅に電話を掛けたところ、扇沢駅周辺は除雪済み、途中に凍結箇所があるからゆっくり進行する」と車内放送し、扇沢に向けて出発した。窓の外を覗くと信濃大町駅周辺は桜の花が盛りのようであった。残雪は全く見えない。道筋には「くろよん50周年」の幟がいくつもはためいていた。 |
| 扇沢に近づくにつれ、白い雪化粧が尾根筋、次は山肌、すぐに道路脇の平地や見下ろす谷にも広がってきた。運転手の説明では扇沢に新雪が25cmは積もったということだ。 |
| 扇沢駅に05:07に到着した。駅の扉が開くのを階段で待って、改札前にザックを運ぶ。ついでトロリーバス乗車券と手荷物券を購入するため雪煙が舞う屋外の乗車券売り場の行列に加わった。どんどん列は伸びるが窓口はなかなか開かない。行列の上に屋根から落雪が二度、悲鳴が上がったが怪我人は出なかったようだ。改札口前に帰って大画面案内パネルを見る。室堂は強風、駅員が「雪の大谷ウォーキングは中止中」と言うと行列から「ワー」と悲鳴が沸きあがった。 |
| 07:30発のトロリーバスは15分で黒部ダム駅に着いた。我々以外の乗客・登山客は黒部ダムに向かって、登山通路に誰の姿もなく、冷たい風が流れているだけであった。「日電歩道は歩くことできません」というパネル表示を思い出す。雪で埋まって出口が塞がっているのではないか、このまま引き返すことになるのではないかと心配した。 |
| 登山者用出口は半分開いていたが、外に身長を越える新雪が吹き溜まっていた。見ると新しい足跡がその上にあって、雪山から人声がしている。足跡の先の吹き溜まりに軽装の2人連れ男性が立っていた。目の前の黒部峡谷は白く、日電歩道は新雪に埋まって斜面と化している。「目の前の急斜面をダム下まで下るほかない」とCLが2人連れと声を掛け合っていた。2人連れは渓流釣りに来たとのことであった。 |
| ピッケルを差し込んで新雪が深く積もった斜面を下る。2人連れは長靴にストックで幾分ジグザグに急降下して行く。新雪は膝まである。ワカンを持ってきていればよかったのにと臍を噛む。2/3ほど下ったところで谷から登って来た単独行の男性登山者に出合った。 |
| 「昨日は猛吹雪で内蔵助平で動けなかった。どこにも行けそうに無いので下山を決心して、今朝、3:00に出発してここまで帰ってきた。5時間以上掛かった」と経過を話す。「我々は登りだから、彼よりもっと時間が掛かるに違いない」と不安になったが無理ならば適切な場所から引き返せばよい。 |
| ダム下の黒部川は雪の帽子を被った岩の間を澄んだ水を流している。6月の観光放水が始まるまで白い雪代で濁ることはないのかもしれない。こんなに澄んでいたら岩魚は警戒して岩の下に潜ってしまうだろうと余計な心配までした。左岸に渡る木橋の上には雪が積もり、下山してきた先行者が歩いた跡はない。右岸を兎やカモシカなどの足跡とともに坪足が続いていた。渓流釣りの方は河辺で準備に掛かったようだ。先行者の足跡は堰堤を越えて左岸に続いていた。 |
| 左岸の踏み跡を辿っていると後から熊鈴を鳴らした渓流釣りの8人グループが追いついた。追い越されついでに休憩して行動食の餡パンを食べる。見ていると追い抜いた8人は1〜2人づつに分かれて釣りに入った。魚影も無く、釣れている様子もなかった。 |
| 新雪が谷を埋めている。先行者の足跡、CLの足跡を踏んでも時々膝上まで踏みぬく。日が上がって新雪が眩しくなったのでサングラス着ける。日焼けると口唇ヘルペスが心配だ。左右の斜面が断崖に代わり、雪崩れた雪が雪橋になっている。なるほどこれが秋まで残っていたのか。雪橋の間の広い雪穴には黒部川が口を広げているので雪斜面を巻くが足元の雪が崩れないかと肝を冷やす。岩室を過ぎると崖の上から落ちてきた白玉状の雪が積もったデブリが何条もあった。軟らかく膝上までめり込むがどうにか通り過ぎた。 |
| 出合手前で残雪が切れて薄い雪がへばり着いた岩場になった。滑落を懸念してクランポンを装着し、崖の端に足を掛ける。手掛かりを探すとワイヤーロープが目に入った。なんと夏道だ。クランポンの爪を鳴らして夏道をすすむ。岩場の下りには丸太手摺が雪から端を覗かせ、崖を回りこむと左の上に関電設備と看板、黒部川岸にも看板が雪の上に出ていた。 |
| 内蔵助谷出合に黒部ダム登山者出口から3時間11分かかって到着した。予定時間の約1.7倍、無雪期歩程の約2倍を要したことになる。下の廊下からの橋は雪に隠れている。内蔵助谷から流れ出す水で残雪は割れ、沢音が響いているが谷の上部を見上げると急で狭い谷は雪で埋まっているのが分った。残雪を割って流れる水を避けて右岸の岩場を薮を利用してよじ登り、谷の雪の上に立つことができた。 |
| 右岸を喘ぎながら登る。丸山側の崖についた小沢から崩落してきた多数の雪玉が重なったデブリを越すとその奥には大タテガビン、黒部別山南峰が目に入った。山の会のTMさんが若い頃厳冬期に登られたのはどの岩場だったのだろうかと額の汗を拭いながら見回してみた。振り返ると黒部ダムの上にある猫ノ耳が青空を突き上げていた。 |
| 狭い谷の上、先行者のトレースが続いているので余計な偵察をしなくて済む。しかし所々にある数mの段差を登るのがとても苦しい。CLに置いて行かれる。間に残る数十歩の足跡が恨めしかった。 |
| 標高1360m辺りで、内蔵助平から下ってきたスキー・ボード3人組に出合った。お互いに吃驚したが、直ぐ、雪の状態を聞いた。「04/27は強風・風雪で外に出られず、立山の雷鳥荘に宿泊。17:00頃に雲がようやく切れた。今朝、登って(雄山?真砂岳?、内蔵助カール?)、滑り下って来た。爽快な積雪だった。黒部ダムまで下る」とのことだった。 |
| 分かれて、今度はスキーやボードのスプールを踏んで登る。谷間が広がり、斜度も小さくなった。しかし、一歩一歩が膝上まで沈み、石突きを立てるピッケルの柄はブレードまで軟雪の中に入り込む。陽射しも強くなり、汗みどろの首筋がピリピリと日焼けしてくるのが分った。休憩してようやく昼食のパンを齧る。すでに14時過ぎになっていた。谷間から見える黒部峡谷の斜面についた日電道路の横線とここは同じ高さなのだろうか。まだまだ標高を稼いでないと気持ちが沈んでしまった。 |
| 谷が再び狭くなり、スプールは谷底から急斜面を夏道近くまで巻きながら登っていた。谷底は雪解け水のために雪が割れ歩けそうにない。軟雪の急斜面をイヤイヤ巻きながら狭い谷筋に従って北から西へ曲がった。下山時には滑落あるいは雪崩を引き起こさないように注意が必要な場所だ。 |
| 谷は狭く、所々に深い雪穴が開いて底には水が走っている。黒部別山の南峰の尾根が下って左岸に、左岸の上流には平坦な内蔵助平、その先には立山の真砂岳がある。雪の上にはスキーのスプールの他に真新しいカモシカや兎の足跡が乱れていた。誰かに見られているような気配を感じて右手のオオシラビソの薮に目を走らせると、ほんの2m位先に小柄なカモシカがうずくまっている。脅かさないように前を通って振り返るとまだこちらを見続けていた。 |
| 水場になりそうな雪穴を探しながらスプールを辿った。夏に通ったあの橋はどこにあるのか、いつの間にか水音も雪の下に消え、谷も平坦な雪原に溶け込んでしまった。オオシラビソの林で囲まれた丘に登ってCLが幕営場所を定めた。 |
| すでに15:57になる。内蔵助谷出合から約5時間、予定時間の約2倍、無雪期歩程の約2.5倍かかったことになる。もちろん、計画したようにおまけの山、丸山を今日これから登るのは無理、明日の黒部別山、北峰、最高峰、南峰を計画のように11時間40分でピストン縦走するのも困難と判断し、相談の上、明日は丸山、明後日下山とすることに変更した。 |
| 先行者の踏み跡、スキーのスプールなどを活用できても、膝上までの新雪の中を歩くのは大変なことだ。 |
| 4/29 今朝は星空、半月で雪明りで微風がある。後立山、黒部別山を越した朝日が立山連峰の東面をピンクに染め、次第に白く褪せていっていた。立山の稜線では雪煙が旋風に乗って舞い上がっている。薄雲に覆われてきた空には、下層に山越えの積雲が流れ、立山は時々、鉛色に雲に覆われてしまう。今日も吹雪か。内蔵助平にはまだその気配はなかった |
| 黒部別山を諦めて、ついでの山、丸山に向かった。昨夜の冷え込みのせいで雪はモナカ状に変わり、クランポンを着けた重い靴では一歩一歩踏み抜いて歩きにくい。前を進むCLの足跡をできるだけ踏むのだか、歩幅と体重が違うので数歩歩くと膝上まで雪に嵌ってしまう。新雪はまだ50〜70cmほど締まらないで残っているようだ。それでも内蔵助平は歩き易かった。 |
| 40分ほど歩いて、平地から斜面に乗った。斜面の傾きが次第に急に、コル越に吹き込んでくる風で雪面の雪粒が飛ばされて顔に当たり、痛い。数十歩上を登るCLが切ってくれた足跡にクランポンを蹴りこんで急斜面をどうにか登った。 |
| 最低コルは富士ノ折立から下ってくる支尾根にある。コルから先は黒部峡谷に下る斜面が延び、黒部湖も水面を小さく見せていた。右手の稜線の麓には立山ロープウエイ関係の建屋らしいものが見えた。黒部峡谷の先には鉛色の雲の流れを被った赤沢岳〜スバリ岳などの稜線を見上げることができた。振り返って内蔵助平を見下ろすと右奥の黒部別山〜梯子谷乗越が連なっていた。 |
| 最低コルの東先はオオシラビソ・ダケカンバの樹林が続き、まだ丸山は見えない。樹林帯の中のアップダウンを進んだ。風の通り道の新雪は吹き飛ばされて凍った残雪が出ているか、ウィンドクラストとなって表面が硬くなっているのでクランポンの爪の利き具合がこれまでと違う。調子が狂うとはこれのことかとも思った。雪粒を吹き上げた北風が通ると一気に体温が下がった。 |
| 幾つか強風の通り道を横切ると樹林帯には微風しか吹いていなかった。ようやく谷越し向かいにダケカンバ・オオシラビソに囲まれた最高点ピークが見えてきた。あれが丸山か。谷を下って登り返すかと悪い予想をしたが尾根筋は北に僅か曲がって下り、再び緩やかに登っていた。樹林を抜けた雪の丘が丸山であった。 |
| 2048mの丸山の頂上は360度の好展望を持つ。残念ながら今日は雲が遠くを隠していた。立山の前衛尾根の上には剣岳の八ツ峰、その右(東)に梯子谷乗越〜黒部別山、その東には鹿島槍ヶ岳か五竜岳だろうか、後立山連峰を南に辿ると黒部川の上流にはU字の広い東沢谷が延びていた。その西の尾根には赤牛岳があるはずだが・・・と今まで見たことが無かった景観を心行くまで楽しむことができた。付け足し・保険の山だったがこの展望は儲け物で嬉しかった。 |
| 30分ほど丸山の頂上に居た後、登って来た足跡を辿って樹林帯を抜け、コルに着いた。立山に懸かっていた鉛色の雲が切れ、青空が内蔵助平の上に広がってきた。 |
| コルから急斜面を下る。すでにモナカアイスは軟化し、斜面の左右から落ちてきた雪の塊は転がりながら大きな雪俵に成長していた。谷の平坦地に接する斜面の裾には雪俵などが色々な模様を作って目を慰め、楽しませてくれた。 |
| 空は快晴に変り、太陽も照りつけるようになった。テントに帰着して、立山を見上げると、再び、尾根に白い旋風が踊っているのが見えた。今日も高所は強風に違いないが明日もこの晴天が続いて欲しい。 |
| 04/30 下山日になった。 昨日の日没前はあんな美しい晴天であったのに、20時頃から強風が吹き始め、木々が山鳴りをし、フライが泣き始めた。21時30分頃には小雨がフライを叩き始め、降ったり止んだりしながら次第に強くなった。寒冷前線でも通過したのか雷光が走り、雷鳴が立山や黒部別山の方から轟いた。 先行者が内蔵助平からダム下まで約5時間要したと言っていたので今朝は2時に起きて朝食・パッキングをして風雨や夜明けの様子を見て出発のタイミングを計り続けた。 |
| 結局、周囲が明るくなった5時にテントを収納して下山を始めた。 |
| 今朝の気温、昨夜からの雨のせいで、雪はいっそう軟らかくなっているが踏み込む深さは登りと変らない。ほぼ無雪期コースを西から東に、狭い谷にできた雪穴に落ち込まぬよう、雪橋を踏みぬかぬよう用心して進んだ。 |
| 内蔵助谷が南東にクランクする要注意箇所で無雪期コースから谷底に巻き気味に下る。軟雪を踏み崩さないように、出ている薮にクランポンを引っ掛けないようにしながらどうにか急斜面を通り過ぎることができた。一安心。 |
| 谷が狭くなり、傾斜も急に、黒部峡谷から霧が内蔵助谷を登り、上空の雲もまだ厚い。左右の崖からは新しいデブリが谷に落ちてきている。振り返ると04/28には新雪を纏って姿を隠していた大タテガビンが小雨の中、黒々と聳えていた。 |
| 先ほどから熊の足跡がスキースプール、靴跡、兎の足跡と並んで谷を下っていた。暫くして熊の足跡は左岸に、我々は右岸に分かれたが何処かで熊は我々を監視しているに違いない。 |
| 思いのほか早く、内蔵助谷出合に下りついた。見ると下の廊下へ向かう木の橋が左岸に出ている。融雪も思いのほか早かった。 |
| 黒部川の岸に下りて崖についた夏道を登り返す。雪から姿を現した丸太手摺やワイヤーロープを活用して岩場を乗り越した。黒部川に丸山から崩落して来たデブリも泥で茶色に染まり、純白の雪玉が積み重なったあの姿はもう無かった。 |
| 8人連れの釣り人と歩いた河原も、岩の上にあった雪帽子が消えうせ、ただの渓流に変っていた。堰堤の上には変らぬ澄んだ水が流れていたが、幾分、深くなったようだった。ダム下の木橋の雪も融けて、これを左岸の夏道を散策する人ももうすぐ出てくるなと思わせた。右岸を黒部ダムの方向に見上げると斜面には日電歩道のジグザグがはっきり見て取れる。地面も木々も黒々とした肌を出していた。もう2〜3日雪が降らなければ残雪が締まって歩き易くなりのではないかと思った。 |
| 最後の登りを息を切らせ、汗を流して、どうにかCLに数分の遅れで黒部ダム登山者出口に着くことができた。 |
| 下りを総括してみると 内蔵助平から内蔵助谷出合まで所要時間約1時間半、予定時間と較べて約0.8倍、無雪期歩程 約1.2倍 内蔵助谷出合から黒部ダム出口まで所要時間約2時間、予定時間比 約1.0倍、無雪期歩程 約1.1倍 今日の下りのように、少しだけでも雪が締まっていたら、登りも予定時間どおりに歩けたのではないかと04/27の天気運の悪さを少々嘆く。 |
| 内蔵助谷から梯子谷乗越まで無雪期ルートが雪の中から出てきて、梯子谷乗越から黒部別山・北峰・南峰まで薮の中を雪を拾いながら進むことができたら・・・・ そんな時期にまた改めて山行したいものだ。 |
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