| 福島県 帝釈山脈 荒海山(1580.4m) |
| 無雪期登山・日本300名山日帰り登頂 |
| 2013年09月21日(土) |
| 【参加者】YS、TI、NU(3名) |
| 【記録:コースタイム】 北朝霞06:01⇒06:23南越谷/新越谷06:31⇒春日部⇒09:25会津高原尾瀬口09:32(タクシー)⇒ 09:45八総(やそう)鉱山跡09:56→林道→10:27登山道入口→急な小沢坂道→11:03稜線11:14→快適な平坦路→12:02昼食12:29→急な坂道に→13:16頂上稜線→13:25荒海山13:27→13:30三角点峰13:37→13:42荒海山13:53→15:25稜線小沢坂道への降下点2→16:02登山道入口→16:30鉱山跡16:31(タクシー)⇒16:47夢の湯(入浴)18:09⇒18:13会津高原尾瀬口18:36⇒新栃木⇒南栗橋⇒22:02新越谷/南越谷22:20⇒22:40北朝霞 |
| 【コメント】NU |
| TIさん、YSさんたちが前回藪こぎで登頂を狙った『荒海山』。 今回は一般ルートからの山行に是非にとお願いしました。 北朝霞から電車を乗り継いで4時間。電車の旅もいいものです。 登山口から出発。秋山にはまだ間があり、アスナロやブナが堂々と茂り、宝石のような赤い実がついたナナカマドがかわいい。 と、ロープが垂れ下がったガラガラの石の急坂。ロッククライミングでしょうか? 何度か出てきて緊張します。木の根が多い。3回転びました… なんとか頂上に跳びだし、三角点めざして藪こぎです。(これは藪こぎではなく、藪っぽい道とIさん)初めての藪こぎは子どものころを思い出し、おもしろさ半分、怖さ半分。 『荒海山』から見る遥かかなたまでの深い山々。ふところの深さとやさしさ、雄大さを感じました。渡る風は涼しく、いつまでもここにいたいと思いました。 (フクシマ頑張れ!!) 先輩のIさん、Sさんには大変お世話になり、山々の楽しいお話も聞けて自分も行った気になり、なんとか登頂できた『荒海山』は渋くて、素晴らしい山でした! |
| 【記録】TI |
| 電車が、空を雲が覆った下今市を越えて鬼怒川温泉を過ぎるあたりから緑の谷間に青空が広がった。中三依駅からは青空の下に聳える芝草山と荒海山に向かう谷筋がはっきりと見える。先回、途中撤退した栃木県側薮コースだ。そんな思いに浸るまもなく電車は男鹿高原駅を過ぎて会津高原尾瀬口に到着した。 二両連結の電車からホームに殆どの乗客が降りてしまう。9月下旬になっても尾瀬人気はまだまだ衰え知らずだ。行列の先頭に立って駅の出口にでると待ち受けていた旭タクシー(電120-15-1243)の星運転手さんと目が合った。「予約していたIです」、「埼玉のIさん一行3人さんですか」とお互いに確認してタクシーに乗り込んだ。 八総(やそう)鉱山跡に向かう。 星さんは年間50回も荒海山登山口に客を運ぶと言う。先週(09/16)の台風18号直撃のせいで林道の砂利が流れたりして道が荒れているのでどこまで行けるか、「行ける所まで送ります。車庫のある会津田島から30分は掛かるので、その時間を見込んで携帯電話で連絡していただければ帰りも迎えに」とのこと、喜んで予約することとした。 凸凹の砂利林道の脇には穂を出した薄が並んで晩夏の趣が濃い。広葉樹も葉を濃緑から黄緑に色薄くして来ている。林道脇にはポツリポツリと車がとまっていた。八総鉱山跡を過ぎてすぐ前の右手沢側にピンクテープで囲った林道崩落箇所があった。「ここまで」とのことで下車してザックをトランクから下ろした。迎車料金込みの運賃は昭文社登山地図に記してあった額よりはるかに少なく、おまけを貰った子供のように浮いた気分になった。不思議なものだ。 林道はカメバヒキオコシ、アカソ、ツリフネソウ、アキノキリンソウ、キンミズヒキなど秋の花に囲まれている。覗きこんだ右手の沢には清冽な水が青白い滑床岩の上を走って美しい。新しい轍の跡が伸びているのが気になる。その上に幾つも登山靴の跡があった。朝露に濡れた林道を進んでゆくとも左の崖から林道に流れ落ちた木の堆積に出会った。二ヶ所もある。台風18号は帝釈山脈に久しぶりの被害を与えているようだ。水溜り、泥濘や溝を避けつつ、先行者の足跡と「荒海山登山コース」道標の矢印にもお世話になりながら進む。 出会った登山者カード入れはロックが固く、記帳も投函もできずに通過した。林道は右岸から左岸に、再び右に岸に渡った後、沢と同じ水準になる。周りに見える木々も沢筋に多いサワグルミ、トチ、カツラなどに代わった。再び左岸に移って歩むと右手から清冽な流れが小堰堤道を横切る。散歩ならジャブジャブと足を濡らして喜ぶのだろうが、先のある身では登山靴が濡れないように岸の石を選んで渡った。林道が荒海川によって切断されている。石飛渡渉をして左岸の林道に渡るとそこが荒海山登山口であった。 テープや「荒海山登山コース」道標のおかげで登山口は間違えようはない。等高線で940mにある。 荒海川本流を離れて右の小沢を登る。標高960mあたりで、上から地下足袋を履いた作業服姿の男性が下山してきた。YSさんが話しかけると「今朝6時発で、もう下山、先行は2人のグループ」とのことだ。往復4時間半とはインターネットにもそんなコースタイム情報があったが我々はのんびりと最終電車に間に合うように山を楽しもう。駐車台数と登山グループ数とが合わないが、そんなことはどうでもよい。 標高990mあたり小堰堤を越す。沢が一挙に狭くなり、登山路も急坂、石だらけの沢筋になる。小沢二股では間の斜面へ登り南沢の北側斜面を巻く。登山路が沢に合流し、台風で流れ出た枯木が急角度の小沢道を左右から埋め、それを過ぎると固定ロープが下がる泥坂に代わる。切ってあるステップを踏み、ロープを掴んでよじ登った。20〜30mの標高差だが下りの方が心配だ。 風が通る稜線に到着して一休みする。南北に伸びる尾根の標高1170m鞍部にあるちょっとした平場である。ほぼ、1時間に10分休み、間に息継ぎ休みを入れるペースで良さそうだ。 道標に従い南南西へ進む。奥武蔵のような平坦な散歩道が続く。道に落ちたアスナロの黄色葉が目立つ。所々に台風で折れた木が道をふさいでいるが何と言うこともない。 アスナロ大木林を過ぎるとブナ林が出てきた。NUさんが左手にS字に曲がったブナを見つけて「インターネットで紹介されていた腰掛ブナ」ということで座ってみる。このあたりはブナだけでなくアスナロの枝も曲がりくねっている。標高1251m峰を過ぎると左手の木立越に、「あれが荒海山だ」と思えるような峰が出てきた。 正午チャイムが里から聞こえてきた。YSさんを先頭に昼食場所を探しながら歩むが林の中の登山路は細く、暗く、展望もなく、路肩も刈払われた笹の茎が立ちなかなか思う場所が無い。どうにか道標が幹に打ち付けられた針葉樹の大木の下でザックを下ろすことができた。静寂の一言。 昼食を終えて再び静寂な登山道を歩む。標高差が余り無い小ピークを2つ、3つ越してコルに出た。地形図からみるともう標高差200m登ると荒海山の頂上になる。幾分、斜度を、増した登山道を木の枝や根を掴みながら上り、標高1380m辺りで頂上から下山してきた男性2人連れに出会った。「ここからまだ1時間かかりますよ」と発破を掛けられて別れる。 岩場が出てきたが目印テープに従い、右に巻く。このあたりから登山路の傾斜が一挙に増した。巻道が終わると洗掘された急な泥・岩交じりの坂に代わった、固定ロープが垂れ下がり、結びコブを掴んで登り詰める。短い距離だがロープが無かったら難度が高かったろうと、保全されている方々に感謝した。 目の前が次第に明るく、足元の傾斜が緩みほっと一息すると、頂上稜線になる。ホツツジやシャクナゲ、タムシバなどの潅木に覆われている。ようやく遠望が利く。薮を抜け、東西に延びる尾根に合流すると、そここそ鉄製の山頂標が立つ荒海山の頂上であった。 山頂標の下には阿賀川直轄改修70周年事業実行委員会記念石碑、その先はもう栃木県側入山沢に落ち込む斜面であった。見れば谷底に芝草山と入山沢の大砂防堰堤がある。左手(東)を見ると白い目印が立つ荒海山三角点峰がすぐそこに見えた。この尾根は男鹿岳に続くはずだ。 ザックを山頂標の下にデポして、すぐさま三角点峰へ笹薮の中に埋もれた踏み跡をたどった。2〜3箇所で踏み跡が屈曲して雨水跡と交わっている。要所にテープも付いているので注意すれば帰りに迷うことは無い。笹薮を切り開いた頂上に三等三角点石標と荒海山山頂と記した標識が立っていた。標識の上には野球帽が被せてあり、これが向こうから白く見えたのだなと納得した。 薮山でこちらは展望なしかと思っていたが、さにあらず、360度の遠望が利く。ガイドブック情報だと荒海山山頂からは 磐梯、吾妻、那須、男鹿、日光、会越国境の山々、七ガ岳などが見えるというがまだまだ緑濃い山々の連なりに圧倒されて山座同定がままならない。あれが高原山なら向こうは那須連峰か、方向をかえてみると薄雲の中にぼんやりと大きな山がある。日光なんだが尾瀬なんだか、分かる山を探そうと回ってみると七ケ岳はどうにか特徴のある姿を見せてくれていた。 本州主分水脈、しかも県境にある荒海山は標高1580.4mの低山ながら日本300名山、東北百名山、栃木や福島の百名山にも挙げられている。この展望ならばもっともだ。 先に途中撤退した中三依へ尾根道はヤマウルシや笹、潅木で埋もれ、よほどの薮漕ぎ愛好者でなければ抜けられそうに無い。「Iさん、下る?」とは悪い冗談であった。 名残は惜しいが笹薮を泳いで双耳峰の一方に戻った。阿賀川直轄改修70周年記念事業実行委員会の石碑に「大河の一滴ここより始まる」とあるからにはここが阿賀川源流の最高点と思うがどうにも納得できない。また、昔のガイドブックには南稜小屋と記載されているがこれもどこにあるのか跡さえ見つからない。東京近くにある名山のわりに登山者がすくない理由も分からない。不思議! 昼寝でもしてという気分だが会津高原尾瀬口近くにある温泉でのんびりしたいと頂上を後に登って来たコースを下ることにした。 西北西に向く頂上稜線はなだらかで漫歩気分の下りだ。登って来た通り、直ぐに急な坂道 に代わった。NUさんが疲れからきた筋攣りを起こしてしまう。急な坂道は下りの方が怖い。緊張し、疲れがどっと来た。ようやくコルに下りつき緩やかなアップダウンを繰り返しながら下ることができた。刈払いの末端に到達したので右の大木の根本を見ると草刈道具がデポしてあった。もしかしたら今朝の地下足袋男性は草刈再開の下見に登られたのかもしれないなどと話す。昼食をとった針葉樹大木前、ブナ林、アスナロ林を過ぎて無事に沢筋への降下点に到着した。 アンテナが三本立つ携帯電話でNUさんに「1時間後に八総鉱山跡に迎えのタクシーを」と旭タクシーに連絡してもらった。沢筋の坂道急降下も固定ロープを活用させてもらって荒海川本流沢出口(登山口)に無事帰り着くことができた。石跳渡渉を済ませると残りは約30分間の林道歩きである。再び、「この木はサワグルミ、この実はマユミなど」と言いながら下ってゆく。林道崩落点の角を曲がると八総鉱山跡前の林道にタクシーが止まっているのが見えて目頭が潤んだ。日本なら当たり前のことだが、海外ならと。 星さんの運転で朝通った凸凹道を引き返す。夕まずめを狙う渓流釣の車と擦れ違う。「今日の川には水が少ない」とのこと、漁果があればよいが。 「会津高原尾瀬口駅近くには食堂などあるが営業は16:30頃まで、このあたりは夜が早い」とは星さんの話、夕食は行動食の残りと非常食で済ませなくてはと思っているうちに夢の湯に到着した。 YSさんに山行管理者に下山報告のショートメールを打ってもらう。玄関にたむろしていた中高年男性グループから「下山報告、ほー、お堅い会だな」と冷やかしの声が立った。なにくそ。 次の電車は40分後でせわしないので計画通りの時刻まで夢の湯にいることした。源泉かけながし夢の湯は日帰り料金\500、大缶ビール\500(自動販売機)で休憩や湯治宿泊もできるようである。しかし、洗い場が4つしかない。大人数の会山行には少々辛いだろう。場所がいいのか自家用車などを利用して次々と客が出入りしていた。しかも若い男女が多い。 汗を流した後、玄関のベンチで持参の乾き物を肴に乾杯しているとご主人からミニトマトと茹で玉蜀黍の差し入れを頂く。到着時にお願いすれば夕食も注文できたのかもしれない。残念なことだ。 荒海山登頂祝いのアルコールも飲み終わり、夢の湯を出て徒歩数分の会津高原尾瀬口駅に向かった。駅はすでに無人駅化し、ホームも電灯下以外は真っ暗であった。 ここから北朝霞で解散するまで電車で何度も乗り換えて4時間余も掛かる。日が短いシーズンの電車日帰り登山では新座山の会の限界地点であろうと思いつつ、うとうとしながら帰宅の途についた。 |
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