剱北方稜線 赤谷山〜池ノ平山
 【期日】       2014年09月03日〜06日
 【メンバー】    CL=TI、 SN、 KY、 (MT) 以上4名
 【コースタイム】
   (往路)09/02 池袋東口バス乗り場(富山地鉄・西武バス)23:00→ 09/03 05:30富山駅前→地鉄富山06:07→
    06:33上市→旭タクシー(076-472-0456)→07:15馬場島林道ゲート
   09/03 馬場島林道ゲート7:25→8:12取水堰堤先林道終点→13:06ブナクラ峠13:21→17:02赤谷山(テント泊)
   09/04 赤谷山5:03→6:10白萩山(巻く)6:20→8:12赤ハゲ8:28→10:32白ハゲ→12:12大窓12:22→
        18:42池ノ平山北峰南峰間コル(テント泊)
   09/05 池ノ平山北峰南峰間コル5:25→6:09池ノ平山南峰6:16→7:36池ノ平小屋(休憩090-8967-9113)10:38→
        11:18仙人峠→13:08二股13:17→15:42真砂沢ロッジ(泊 090-5686-0100)
   09/06 真砂沢ロッジ5:55→7:58梯子谷乗越08:08→9:58内蔵助平10:03→12:17内蔵助谷出合12:31→
        14:59黒部ダム
   (復路)09/06 黒部ダム15:06→15:21扇沢15:30→15:45大町温泉郷(薬師の湯)16:50→17:05信濃大町17:19→18:11松本18:35→20:43立川20:47→秋津→新座→21:20北朝霞
 【コメント】
   一般に剱北方稜線は剱岳から北へ小窓まで、あるいは池ノ平山までの岩稜とされている。しかし北へ向かう稜線は池ノ平山から大窓、赤谷山、毛勝三山を過ぎて駒ヶ岳、僧ヶ岳、さらに烏帽子山を下って鋲ヶ岳を通り、宇奈月で黒部川に落ち込んでいる。このロングコースこそ剱北方稜線というべきではないか。ただ、このコースで登山路があるのは赤谷山〜ブナグラ乗越〜猫又山、駒ヶ岳〜僧ヶ岳〜烏帽子山〜鋲ケ岳に過ぎない。登山路が無いところを歩いてみたい者もいなくてはならぬ。
   
   赤谷山〜池ノ平山の間は、毛勝山〜駒ヶ岳の間に次いで入る人が少ない熟達者向きのコースである。
しかし「剱の歌」の2番では、「剱見るなら赤谷尾根でよ、大窓・小窓にね、三の窓 ヨカネ」、3番で「窓に数々、窓はあれどよ、剱の大窓ね、日本一 ヨカネ」と気楽に歌っている。 20世紀には、多くの若人が剱岳を目指して登って行った憧れのルートであった(同好会ワンゲルのTIにとっては・・・・)。
   現在では通るパーティもまれになったらしい。今回、池ノ平小屋に宿泊予約をする際にも菊池管理人から「今年はまだだれも通って来ていない。注意してください」と言われてしまった。
09/03
   馬場島林道ゲート前でタクシーを降りて、重いザックを担ぐ。前は取水堰まで車で入って大猫山〜猫又山〜ブナクラ峠〜赤谷山を周回したが、今回は残念なことに林道をテクテク歩かねばならない。SNさんを先頭にペースを合わせ、30分に1回の休みを入れて進む。天気予報通りの曇時々晴れで強い日差しに炙られることがないのに救われた。何度か工事に向かう酒井建設の車に追い抜かれる。取水堰堤の付近には飯場があり、重機も入っていた。大猫山登山口の目印も大きな石に代わって見つけやすくなっている。林道も延伸され、固定ロープが垂れ下がっていた岩場が消え去っていたのには驚いたが、楽になったのは喜ばしい。
   林道末端からクロバナヒキオコシ、テンニンソウ、オオヨモギ、オオイタドリなどが被る登山道に入った。足下にはアキギリが咲いていた。20分ほどで大ブナクラ沢を渡り、薮、小木の中の登山路を進む。枝に絡む蔓にはまだ熟れていないサルナシの実が幾つもぶら下がっていた。予定通り岩屋(跡?標高1250m)に荷を置いて、少し下って小沢で今晩と明日の水を汲んでザックに収納した。ザックがさらに肩に食い込む。
   今年の夏は雨の日が多かったせいか、岩屋の上、標高1370m付近の沢とその先の沢は渡渉といっても良いほど水が流れていた。これらの沢でで水汲みをすべきだったか、残念。ブナクラ峠を遠望する。12時30分頃、ゴウロに入り、息を切らせて岩渡りをしながら登った。ゴウロを過ぎるあたりで赤谷山から下ってきた日帰りの男性とすれ違い、赤谷山までの様子を聞いた。「濡れて滑りやすいから注意」と助言を頂く。ブナクラ峠(乗越)に到着して小休止した。SNさんの体調がすぐれないため予定より2時間強の遅れである。「計画した白萩山先コルの草付まで着かないな。赤谷山先の草付(KYさん調査)か赤谷山山頂でテント泊」と判断した。
   休憩を頻繁にとりながら赤谷山までの標高差500mを稼ぐ。標高点1826m峰を過ぎ、滑りやすい岩が重なる雨裂(小沢)を直登する。要所に固定ロープがあるが数少ない。先ほどの男性が下りで足を滑らせたのはここかと思う。15:45頃ハイマツ尾根に入り、ハイマツの中で休憩した。頭上は雲が覆い、下界は霧で霞む。富山湾はどうにか判別できた。
   休憩後20分ほど歩いて赤谷山の山頂、石像前に到着した。所要時間9時間40分は計画の1.7倍、4時間弱の遅れである。日暮れ前にどうにか無事にテントを設営することができたと安堵した。SNさんは疲れ切っている。明日以降も計画時間の1.7掛けで歩まねばなるまい。遥か東に見える後立山に小屋の灯りがともった。
09/04
   3:00に起床してテントの外に出て空を見る。剱岳、池ノ平山、後立山の峰々の山頂に雲が掛っている。東雲の下の朝焼けが心配だ。池袋出発前の天気予報では曇時々晴れであったが日本海から流れ込む雲が多いのが気になった。
   テントを撤収して赤谷山から白萩山を目指す。踏み跡を追って赤谷山最高点から薮に入ったり、薮の下の草付に踏み跡を探したりして15分ほどロスをした。単純に黒部側の砂斜面を下って草付を巻けばよかったのだと悔やむ。すこし進むと池塘があり、ここがKYさん調査のテント場かと思う。
   草付が切れ薮が出てきて溜息も出たが雨裂など通りやすい地形にテープ、鋸目がある。踏み跡は薮と草付斜面の境を通っている場合も多く、先人は歩きやすい所を抜けているなと感心もした。所々に大きな糞が落ちているところを見ると熊も人と踏み跡を共用しているらしい。
   白萩山への登りは岩混じりの尾根筋であった。頂上まで登らずコルの草付を目指して巻気味に下る。快適な草原に池塘が2つ、大きな池塘付近が計画していたテント場であろう。予定より20分ほど遅れているが赤谷山下りの15分ロスを引くと快調に歩んでいる。しかし、曇り空のせいか小木やハイマツの薮に下がるテープや鋸目を見つけるのが難しい。また肝心な難所に限って目印がない。草付と薮の境に踏み跡と目印を探し、小木帯の中を腕力で薮漕ぎしつつ急登、急降下した。これでは昨日草付のこのテント場まで歩むのは無理だったと変な納得をしてみた。いつの間にか先行はMTさんとKYさん、後続がSNさんとTIに分かれてきた。先頭から声がかかるとTIは前に出る。
   足下から風景に目を上げると、前方には剱と北方稜線、その右手に早月小屋を乗せた早月尾根、大日も、振り返れば赤谷山、毛勝三山が美しい。
   ガイドではサラリと「1時間ほどで赤ハゲについた」と書いてある。現実は1時間の厳しい薮漕ぎをしなければならなかった。赤ハゲ山頂付近のハイマツは太くしかも雪に押されて斜めに重なり、左右から重いザックを後ろに引っ張り、前から胸を押す。幹から足を外すと再び登るのが困難になる。「大型ザックで歩くのに不自由ない」との記述には「別の切り開きがあったのでは」とさえ思えてしまった。
   赤ハゲから白ハゲまでの間には、小ピークが3つある。地形図で見ると楽々渡られそうであるがなかなかの難物であった。薮を抜けて小峰に登る度に巨岩があり、岩の上、岩の下の右、左のどこを抜けるか偵察して尾根を進む。みればゴールの池の平小屋が手の届きそうなところにあって「羽があったら飛んで行くのに」とさえ思う。(ここだけの話だが細尾根の小木薮で足を滑らし、右斜面に落ちた。眼鏡飛びを恐れて滑る途中の斜面棚に眼鏡を置いて体勢を整え登り返して掛けなおした。先行したメンバーはなんでCLが遅れたのか不思議、と呆れてくれたかも)
   短い笹で覆われた白ハゲ三角点を探す最中にガスが周りに掛り始めた。前途を見るに大窓を富山側から雲が通り過ぎる。黒部側を望むと後立山連峰を背景に雲から大きなカーテンを垂らして雨が降っている。こちらに降り始めるのも間近のようだ。草付を下る。太腿まで突っ込むという隠れ穴に注意していたが先頭のKYさんが足をいれて「ここよ!」と叫んでくれた。岩がちの稜線沿いに下る。テープ、目印、鋸目はない。巻気味にハイマツ薮を漕ぎながら尾根筋を外さぬように下る。目の下の大窓の草付に早く降り着きたい。大窓の頭の踏み跡を睨んで、暗くなるまでに池ノ平山南峰へと計算をする。ギリギリ。
   大窓に下り、リンドウの群落の紫に目を洗われて大窓の頭の登りに取り付く。登るにつれ池ノ平山の岩壁が前方に現れてきた。標高差300m余、小粒の雨が落ち始めたので急いで雨具上下を着ける。すぐに大粒の雨が雨具を叩き、草付の急登で掴む草が雨で滑ってしまい始めた。草付・灌木帯の上は濡れたハイマツ薮で疲れた体を枝が後ろに引っ張り、左右から前進を邪魔する。ハイマツの枝別れY字を踏んで乗り越えようとするがなかなか前には進めなかった。霧雨が覆う頂上も休憩そこそこに踏み跡を探して下る。アップダウンを巻いたり、登ったり、下ったり、どうにか「第1の大岩」の下に辿り着いた。
   15:30に第1の大岩(6m弱)に取り付いた。逆層一枚の何でもない岩場に見えた。左手の肩あたりの高さに2つほどピトンが打ってある。垂れているという固定ロープはすでに腐って形跡もない。身の軽いKYさんが岩に取り付いてスルスルと登って岩の上の小木に自己確保、ロープを垂らして重い荷を引っ張り上げる。MTさんもスルスルと登って2人でザックを引き上げた。TIが追いかけようとするが割れ目に右足のEEEの登山靴が挟まって抜けず、さらに右足と左足の踏み替えをするが固い体のせいでうまくゆかない。実に4度も「弛めてくれ!」と叫ぶ羽目になった。後ろでは岩登りベテランのSNさんが足運びを叱咤、さらに激励、どうにか女性2人にロープで釣り上げてもらった。その後、SNさんがスルスルと登って来たのは言うまでもない。ここで1時間近く過ごしてしまった。先人は左手にあったピトンに鐙をかけて左足を乗せ、右足を岩に掛けて荷揚げをしているのではないかと思うがどうであろうか?

   一休みした後、薮尾根を登って池ノ平山北峰に到着した。富山湾から吹き込む霧雨の中、目前に池ノ平山南峰の絶壁がそびえる。灌木が生えた草付を伝ってコルまで下る。日没前だが霧雨のせいですでに暗くなりかけていた。「南峰に登りつければ池ノ平小屋に遅くとも約束の19時過ぎには到着できる」と判断し南峰の岩壁下の草付に取り付いた。先頭のKYさんが草付の最上部で岩に突き当たる。ペツルのピトンを確認した。MTさんが目を凝らして見つけた草付左手ダケカンバ、結局使わなかった2本の固定ロープぶら下がりを目がけてMTさんとKYさんを先頭にザレバまで進む。

   だが疲れ切ったSNさんが急斜面草付巻道のミヤマハンノキを越しきれず、足を滑らしてしまった。SNさんのザックを踏み跡まで引き上げ、SNさんが息を整えて自力で這い上がるのを待った。MTさんの提案もありコルに引き返してテントを張ることにした。すでに日は落ち、闇が立ち込め、富山市の灯りが美しく見えるのも恨めしい。

   テントに入ってKYさんに、池ノ平小屋に「暗くなったので「コルにテントを張った。皆元気でいるが今夜到着できず、申し訳ない」と電話してもらった。池ノ平小屋からは「了解。目印の電灯をつけている。そちらから見えるか?」との返事があったと言う。どうも大窓でテントを張ったと思われたらしい。予備食と湯で疲れを取り、早々に寝袋に入った。夜半から風雨が強く、フライがテント本体を叩いて騒がしかった。朝には雨が上がってほしい。ところで深夜、大きなモノがテントの周りを歩いて、ガレ場の石を落して行ったが、あれは熊?
09/05
   期待に反して残念ながら(予想通りに)雨が降り、風もある。苦労しながらテントを畳んで再び池ノ平山南峰に登る。明るくなったせいで急な草付も、岩場下の草付巻道も踏み跡がはっきり見えた。足元もその下も確認できるので不安がない。昨夕のミヤマハンノキも無事通過できた。明るいということはリスクを大幅に低減するのだ。
   草付が切れ、岩場につきあたり、赤ザレの急で狭い喉(樋?)が出てきた。ザレ脇の草、細い木、浮いた石を掴んでまずザレを左に巻き、再びザレを右手に渡って垂れている固定ロープを掴む。MTさん、KYさんがザレを渡った時、大きな浮石が後続のSNさんに落ちてきた。当たった石を抱え、滑りながらとっさにそれを横に捨てつつ体勢を整えてSNさんはTIの3m下のザレで止まった。とっさの判断と素早い動きに驚嘆した。そのままザレ下に滑っていたらどうなるか、ゾッとした。

   SNさんは登り返して垂れたロープを掴み、それを頼りにザレ上の草付平場で待つ2人に合流した。菊池さんの言う本年最初のパーティであるせいかすべての石が浮いていた。少し遅れてTIも3人に追いついた。(草付平場の下で掴んだ大石が動いてTIの体正面を押して空かした片足脇から落ちていった、おお怖ワ、上の3人はだれも気が付かなかっただろうが・・・)。順番に狭い岩溝を登って池ノ平山南峰東脇のハイマツ帯に登りついた。
   雨が降り続く池ノ平山南峰山頂で集合写真を撮影した後、一般登山路を池ノ平小屋に向かって下る。強い雨が降る中、SNさんが遅れ始めた。KYさん、MTさんに小屋まで先行してもらう。雲を通して右手に見える小窓雪渓には前回より多量の雪が残っていた。今年の残雪は場所によってマチマチのようだ。出かける前に現地の方からの情報が必要であろう。
  
   池ノ平小屋に着いて菊池管理人に昨夜の宿泊をキャンセルしたことを詫び、暖かいラーメンを作って頂いて休憩をした。SNさんは食欲がないほど疲れている。靴ずれもできたという。これでは、雨の中、ここから黒部ダムまで歩いても最終のトローリーバスに乗れそうにない。BS放送の天気予報では15:00頃まで雨が降るという。今日は真砂沢ロッジに逃げ込んで、明日ゆっくりと黒部ダムまで歩く方が賢明と判断した。
   そこで長期滞在している常連さんや菊池さんからよもやま話を聞いて小雨になるまで待った。「昨夜は19時ころまでに大勢が到着するということでテント泊の人たちからの夕食注文を断った。結局、夕食を廃棄することになった」とか「大窓で1泊するのが普通、大窓の雪は7月末、8月初めには沢を上まで埋めて繋がっている。9月の縦走は難しい」、「今年は単独で縦走してきたのがいた。新座山の会は1番目でなく2番目だね」、「下の廊下にまだ補修工事の人間が入ってない」、「本職の彫金のほか椎茸を温室で栽培しているので忙しい」とかじっくり聞けば面白い。
   屋根を打つ雨音が小さくなったので小屋の皆さんに挨拶して真砂沢に向かう。仙人峠までの登りでも足並みが揃わない。休息しながら登り、下り、登る。時折強くなる雨も次第に弱くなった。二股に下って吊橋を渡る。長い沢道を歩き、時には梯子を登って巻道も歩む。ヘツリ前で休憩して、相談の上、KYさんとMTさんに先行して貰った。オオイタドリが被さる(前回は佐伯さん伐採)道を進む。真砂沢ロッジ寸前の沢には雪渓がまるで登山者を邪魔をするように口を開けて待っていた。スノーブリッジが崩落しているので沢の上部まで雪渓を登って対岸の草付に渡る。SNさんは上手に草付安定点に渡ったがTIは登りすぎて雪渓くだりに苦労した。後で聞いたところ、先行したMTさんは最短、KYさんはTIと同じように登り過ぎたとのこと、ここのスプ-ンカットは下り悪くていつも難しい。
    真砂沢ロッジに到着、佐伯成司管理人に2年ぶりの挨拶、先行のKYさんとMTさんの地均しがあったので予約なし・飛び込みでも歓迎していただいた。二、三日連泊の男性と同宿、他に客なしとのことであった。お湯を浴び、夕食を頂いた後は佐伯さんと久方ぶりの歓談で盛り上がった。
09/06
    佐伯さんとお別れの挨拶を済ませてまず小屋の対岸に渡った。小屋の看板のinsel hausとはドイツ語、英語ではisle house、日本語では島の家なんだろうね。剣沢と真砂沢の間の合流点にあるからだろう。沢(雪渓)が合流する手前の岩にダムと大きく書かれていた。ここから雪渓を渡って対岸のガレ・小沢に登る。対岸に同宿の男性が取り付いているのが見えた。
    高巻も思いの外、楽々で丸木橋からの道と合流できた。前回歩いた道であるので不安なく、水場を過ぎ、剱岳展望ゴウロを登り、クロウスゴの実を少しだけ摘みながら梯子をクリアして黒部別山登山口のある梯子谷乗越に着いた。携帯電話通話可能とか。KYさんは携帯メールで下山報告チェック、SNさんとMTさんは下山日が一日遅れになったこと(予備日の設定通り)を関係先に口頭連絡するのに忙しかった。
   急斜面を下って笹薮の衝立で左右を隠した細い涸れ沢に入る。大岩、小岩を岩跳びしながら内蔵助平を縦断する。残雪期には一面の雪原が広がり、直進できたのにと愚痴も出る。真砂岳分岐(内蔵助平)で先行の二人と合流、さらに再び鉄橋袂で先行二人と真砂沢ロッジ同宿男性に追いついて、陽光の下、行動食をとることができた。
   十分寛いだ後、疲れが貯まっているSNさんにはTIが、急用が待つMTさんにはKYさんが付き添って二グループに分かれ内蔵助谷を下って黒部ダムまで歩くことに相談をまとめた。橋を渡ったところで四人連れの若者パーティにあった。長次郎谷から北方稜線を歩むという。好天に恵まれてうらやましい限りだ。
   歩きなれた夏道ではあるが標高差があり、急斜面を巻いているので気が抜けない。要所には固定ロープがあるが二年前よりザレ斜面の崩落が進み、難所に変わっていた。昭文社登山地図赤実線コースではあるがなめてはいけない。もう一般ルートとは言えないのではないだろうか。満開のシナノナデシコ群落に大喜びしてさらに下る。もう眼下には黒部川が見え、下の廊下分岐に近づいた。ダム放水看板を右手にみると内蔵助谷出合になる。SNさんの疲れ具合を見ながら少し長い休憩をとった。
   右手の壁に咲くダイモンジソウの花、左手の黒部川の白い激流を見ながらゆっくりと歩む。ようやく放水中の黒四ダムの下に到着し、川にかかる木橋を渡って黒部ダムトロリーバス乗り場までの最後の登りについた。SNさんは疲れ切って何度も休憩を懇願するが、トロリーバスの時刻表とSNさんの顔色を見比べながら、激励して登り切った。トロリーバス乗り場入り口に無事到着したので乗車券売り場に先行して二人分の乗車券・荷物券を購入することにした。トンネル内の乗車券売り場では二時間前に到着したKYさんが冷気に震えながら待ってくれていた。どうにか発車間際の扇沢行トロリーバスに三人そろって飛び込むことができた。幸運にも台湾からきたツアーの女性コンダクターがSNさんに席を譲ってくださった。感謝!広東語ではトンシャ(多謝か富謝?)とのこと。
   扇沢からは大町温泉郷薬師の湯(扇沢バス乗車券売り場で割引券を頂いて)で一浴、あとは順調な乗り継ぎで信濃大町から篠ノ井線、中央線、武蔵野線を乗り継いで新秋津、新座、北朝霞と自宅最寄りの駅に帰着することができた。松本では夏祭、上諏訪では電車の窓からの花火大会、沿線の駅には浴衣姿で歩む人達などと、厳しい山行を終えた充実感にゆとり気分を加えてくれる走馬灯のような風景が続いた。
   なおこれまで大糸線にはなかった乗車券等自動販売機が四月から信濃大町駅に設置され、若い駅員がキー操作をしてくれて迅速にビューカードで乗車券・特急券を発券してくれた。これも感謝。
   ところで扇沢〜長野〜新幹線を利用して急いで帰る計画だったMTさんの翌日メールによると、扇沢発長野行バスは便数が限られているので、結局、扇沢〜信濃大町〜松本経由で帰宅したとのこと、今後は急用に備えて事前に接続時刻をよく調査しておきたい。
   今回の山行では体調不良のSNさんに合わせて歩いたので所要時間が長い。KYさんやMTさんのペースをもとに推定すると所要時間の1.6分の1で歩くことができるのではないかと思われる。
   登山はリスクに会わなければ安全もわからない。苦しさを乗り越えて次の楽しさに会いたいものだ。
(TI記)
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