台高山脈南部縦走
大台ヶ原から池木屋(いけごや)山・迷(まよい)岳
 【期日】      2015年05月25日〜29日

 【メンバー】    CL:(Qさん) メンバー:TI (合計 2名)

 【アクセス】
  05/24  志木21:55-和光市-新宿三丁目-22:38新宿 →22:45西口高速バスターミナル(集合)→
        奈良交通(やまと号0002便五條行)23:15⇒
  05/25  ⇒6:38(7:00)大和八木⇒8:32大和上市8:58(9:00)⇒路線バス⇒10:47(10:51)大台ケ原
  05/29  スメールHバス停15:43⇒17:14松阪/近鉄17:35⇒名古屋(ひかり⇒新横浜(解散)⇒品川⇒池袋⇒志木

 【コースタイム】 休憩時間等を含む
  05/25  大台ヶ原10:47→10:51心・湯治館(荷物を預ける)→11:47日出ヶ岳→13:39大蛇ー展望台→
        →15:23心・湯治館(宿泊)
  05/26  心・湯治館4:50→5:10川上辻→6:24安心橋→7:23大台辻→8:39添谷山→9:23御座ー→
        →9:57引水迫(水)→P1118西→11:36振子辻(水)→12:07杉又高→14:11父ヶ谷の高→
        →14:55北鞍部(水・幕営)
  05/27  北鞍部5:10→10:53P1164(道標)西→7:34山ノ神ノ頭→手前道標を北へ→8:03父ヶ谷越(水)→
        →9:03地池越(水)→コル→11:22馬ノ鞍峰→12:40霧ノ平(水)→14:30弥次平峰→15:30水(銚子谷)→
        →17:01ホウキガ峰→17:19北股ノコル(水/幕営)
  05/28  北股ノコル5:25→5:54池木屋山→7:26P1332→8:42分岐を北→枯れ笹原→9:14水越(水場まで)10:03→
        →西→北→11:15(野)江股の頭→12:04P1226→コルの岩場→12:59P1205→14:07白倉山14:22→
        →14:43白倉山北東(幕営)
  05/29  白倉山北東4:45→05:11分岐発見→6:33大熊谷の頭→7:35P1285→7:37柚子ノ木平→8:13迷岳→
        →9:09唐谷林道分岐→9:47飯盛山(930)→905mコブ9:57→10:35飯盛山(P809)急坂→
        →10:58杉植林分岐(700m)→急坂→12:08登山口の橋→12:21奥香肌峡スメールH(入浴)→15:29バス停

 【コメント】
    関東在住の我々は東北・北海道と北の山々に興味を引かれて東海・関西・中四国・九州などの西の山々について100名山以外の情報はどうも馬耳東風になりがちだ。奈良在住の会友 Tさんにお会いした時、台高山脈が面白いよと聞いた。大台ケ原や高見山は初心者向きと思い込んでいたので、健脚の山に絶縁状を突き付けられたら登ろうかとファイル整理した山々だ。Tさんの「面白いよは少々厳しいよ」との暗示がある。だからQさんが縦走計画を教えてくれた時には否応もなく同行をお願いした。
    当然ながら、関東には関東山地があるように紀伊半島には紀伊山地がある。紀伊山地の大物は大峰山脈とこの台高山脈である。大峰は奥駆けでも知られているように世界中で高名だが、台高は影に隠れている。名の通り、南は大台ケ原、北は(高見山山地の盟主であるが山地はさらに北に伸びている)高見山の間にある奈良県と三重県の県境の山脈だ。どんな自然が待っているのだろうか
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05/25
    大台ケ原バス停に着いてまず宿の心・湯治館へ向かう。玄関へ着いたがドアに鍵が掛り、受付従業員は外出中との張り紙があってどうにもやりようがない。大ザックを玄関脇に置かせて貰ってアタックザックで日出ヶ岳を周回することになった。大駐車場のそばのビジターセンターにまず入ってパンフレットを頂き、美人の女性係員に最新の情報を聞いて見た。やはり縦走路については疎い。駐車場に出てルート図にある周回路登山口に向かう。バス利用者が殆どいないのに自家用車はこんなにたくさん駐車している。バスの便が減り、不便になるのもわかる
    ビジターセンターから整備された徒歩道に入った。道の両側は新緑の落葉広葉樹林帯で、ブナ大木の下には都笹が茂っている。分岐からは立派な木段に変わり、それが大台ケ原最高峰の日出ヶ岳に続いていた。
    日出ヶ岳は100名山の一つでしかも一等三角点である。展望台の上下に昼食休憩する人たちが屯していた。曇天で靄も濃いが東側には太平洋が望め、西側には大峰山脈の山上ヶ岳や八経ヶ岳が見える。右手下に駐車場の建物が緑の森の中にちらりと見える。展望できる山々の名を写真看板などを使って説明してあるが海から沸き上がり走ってきた雲が近く遠くを隠してしまい残念だ。風も強くなり、風避け場所はあらかた占領されているので早々に大蛇ー展望台へ向かう周回コースに戻って落ち着ける場所を探すことになった
    登山者の数は幾分減ったものの休憩台もグループで休む人達が座り込んでいる。加わるのも憚る。結局、正木ヶ原の枯れた倒木に座り都笹の上に行動食を広げて休んだ。昼食後、数分歩いたところでQさんがカメラを紛失していると言い出した。昼食場所に引き返して周りを探してみたら都笹の間にカメラケースを発見できて一安心、カメラがないと台高山脈縦走の記録が残らない
    正木ヶ原周辺は伊勢湾台風以来、変貌が続いているそうだ。現在を昭和44年の写真と比較して説明した看板もあった。樹林が枯れ木が立つ笹原や山腹に変わり、笹が増えると鹿が増え、増えた鹿が樹林を荒らしてさらに樹林を笹原に変えると。日本全国で同じようなことが今も起きているのは山の会の皆様がご存じのことだ。歩んで尾鷲の辻ルートに合流した。小さな子供を連れた家族も歩いている。次いでP1593mを過ぎて牛石ケ原の神武天皇金鵄の立像前に着いた。左翼右翼で政治的にお好きなように利用するのには反対だが初代天皇(大和の大王が天皇と称したのはもっと後世だが)の英雄伝説も少しは楽しまれて良いのではないだろうか。
    しばらく前から続く好天のせいか牛石ケ原の池塘も乾燥して殆ど水がなかった。草原から樹林帯に入るとすぐに大台ケ原にあるツツジの仲間の説明板があった。うまい所に設置してある。分岐を大蛇ー展望台の方向に歩むと説明に合わせたようにツクシシャクナゲやアケボノツツジの残り花もあった
    大蛇ー展望台には山ガールのグループがひっきりなしに来て混雑していた。鎖場・手すりの先、尾根続きに尖っているのが大蛇ーだろう。谷北側の崖も、その上の樹林帯、テーブル状の尾根も素晴らしい。さらにその向こうには山上ヶ岳、弥山、釈迦ヶ岳と続く大峰山脈が見える。このような日常では見られない風景をバックに写真を取り合おう人たちが順番待ちをしたり割り込んだりと大蛇ー展望台は呆れるばかり(の観光スポットで)あった
    帰る途中の岩(大石というらしい)の上で休んで下ったら岩の根元に「ここは大蛇ー展望台ではありません」との表示があった。急いで回る観光客の行動が推定されて面白い。我々は撮影するに足るツクシシャクナゲの残り花を探しながら分岐にゆっくり戻った
    分岐からシオカラ谷に下って吊橋を渡る。吊橋の上から新緑のシオカラ谷を覗くと水量が少なくなった(と思える)沢で休憩する人達も見えた。橋の袂から石段を登る。石段の上からは緩やかな徒歩道が樹林の中に続き、右手に建屋がみえた。「記憶では山の家」とQさんがいう。現在はまるで無人のようだ。大駐車場に帰還したが時間が余ったので大台教会に参拝した。山影のせいかシロヤシオが開花していた。これも残り花か、その近くにヤマシャクヤクが蕾を付けていた
    心・湯治館に帰って宿泊手続きを終え大広間に入った。雑居詰め込みの大部屋だそうだが本日は2人だけとのことであった。経済的かつ安心、早起きしても他人に迷惑を掛けなくて済む
    Qさんのおかげで100名山の一つを踏破できた。まだ残りは約20、300名山と見なすと残りは50もあるのだけど、のんびり登ればいつか・・・
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05/26
    心・湯治館を出発して駐車場からバス道路を歩く、鳥の囀りが始まった。遠回りな徒歩道を避けたので早めに川上辻に着いた・筏場ルートへ入り口とインターネットにあったが情報通り通行止めの看板と閉鎖ロープがあった。その先は混淆林に下薮は都笹、通行止めなのに明瞭な踏み跡が露が付いたミヤコザサの中に伸びていた。休憩してQさんはスパッツを着けた
    山の端から朝日が出て林の中に光が届いた。徒歩道はドンドン狭くなり、崖の腹に掘られた巻き道に変わりはじめた。要所には固定ロープもある。千尋の谷底へ落ちそうな、古い木の橋や、いやなザレ斜面を通らなくてはいけない。倒木が狭い道を塞いでいるところもある。これらがそれぞれ一か所なら楽だったのだが・・・。それらの障害を抜けて辿り着いた張り出し尾根に雪と見まがう白い岩があった。
    新しい橋に着いた、安心橋かな。どこにも名前が見当たらない。徒歩道の左右(上下かな)は春の花時が終わったのかヤマツツジの花だけが彩りになっていた。水が流れ下ってきている大きめの枝沢を金明水と思ったがその8分後に金明水と看板がある湧き水に着いた。思いのほか狭い。この崖路は黒部下の廊下並か、見方によれば短いがそれよりも厳しいと思った
    崖路を抜けてコブシ峠に着く。道標があるがそれには現在位置の記入がない。倒木に手書きされ消えかけた文字を読んでコブシ峠と確認した。峠に横たわるこれらの倒木は「歩くのに邪魔だ。どうにかしなくては」と思ったが倒木相手の山登りもまた面白いのかもしれない。コブシ峠から谷を下る地形図破線路の入り口が見つからない。谷の岩には緑の苔が着いて最近歩かれた形跡がなかった。西側の広い巻道が大台辻に繋がると道標にあった。遠回りと思えたが道があるならと、ほぼ等高線1370mに沿った快適な道をコルに下り、さらに尾根北を巻いて進んだ。
    大台辻に出てこんども道標に従って進む。歩いている平坦な尾根はブナにカエデ類など広葉樹林で覆われている。晴天の下、葉を広げたばかりの若葉が目に優しく快適なアップダウンを繰り返すことができた。分岐になるピーク(等高線1290m)にはブナの大木があった。紀伊半島の、それも標高が低い尾根にこんな大木がと驚いた。Qさんに言わすと台高はブナ美林で有名とのこと、知らないということは感動も逃がすことか。分岐を北へ下って気持ちの良いブナの道の歩きを楽しんだ
    1250.1m三角点のある添谷山の山頂に着いた。多数の添谷山山名板があった。林道がある狸峠への分岐にも当たるので危険な崖路を通らずに車で来て往復する人が多いのだろう。行動食の餡パン・ベビーチーズを食べながらこのさわやかな山で一休みした。
    御座ーについて評判の展望をと廻りを見回した。御座ーまでは快適な尾根漫歩もあったが崖や樹林の中で遠望は無かった。確かに下って来た大台ヶ原、それから進行方向に伸びる台高山脈の尾根筋が望める。北西の尾根へ進むとピンク花をつけたモチツツジの群落が出てきた。久しぶりに華やいだ色を目にした。尾根が次第に狭くなり西側は崖に代わった。尾根から東斜面の巻道下りになる。樹林も高木が増え、右(東)下に沢があり蛙声が聞こえた。水場だよとQさんが言うが蛙の鳴くところまで下って登り返すのは遠慮したい。こんな沢が2つあったが引水の迫ではなかったようだ。登り返す。踏み跡にこれまでもお世話になった宮印の境界標柱が適切な間隔で続き、よい目印になっていた。
    Qさんが先着している引水迫に着いて西へ曲がる。地形図では予想できなかった岩場が出てきた。慎重に下ってコルに出て登り返す。小さなアップダウンを繰り返す。尾根分岐のピークでは方角を確かめてコルに下って今度は急登する。南は断崖が続く細い尾根筋である。アップダウンと分岐の繰り返しがあるので心身にストレスがかかった。
    北へ細尾根を進んで尾根が3分岐している末端に着いた。肝心な場所に限って先行者の残した痕跡が見つからない。焦らず休憩して地図読み、テープ探しをした結果、どうにか見つけた目印に従って細い尾根のコルに下って急斜面を登り返した
    踏み跡道に壊れた道標、振子辻とある。ヒメシャラ小木林を抜けて北向きから東向きに変わった尾根道を進む。再びアップダウンの繰り返しだ。小ピークから見ると先に目立つピークが見えた。コルに下って一休みして元気をすこし取り戻し、斜面を登る。右手に檜の人工林が出てきた
    標識を見つけることなく杉又高(1094m)を過ぎ、杉又高の北尾根(等高線1100m)で今日何度目かの餡パン・水休憩をした。この場所の右手も檜の人工林が続いている。登山路をふり返るとおなじみの天理大WFの道標があった。この道標には現在地表示がなかった(古いので消えてしまった?)が要所にあるのでとてもお世話になった。標高差がないが数だけは多数あるアップダウンが続き、正午過ぎの太陽のおかげで暑くていつになく疲れが貯まった
    父ケ谷ノ高について「馬の鞍山へ」の道標脇で息を接いだ。小休憩の後、歩いてみると地池ケ谷ノ高と書いた標識があった。紛らわしい。地池ケ谷ノ高を過ぎて東方向から北方向へ曲がる。このあたりの細尾根も初夏の若葉で覆われていた。巻道を下ってコルに、登り返してP1082mで休憩した。周りを見るとヒメシャラがそこここに、模様が着いた幹も黄緑の葉も美しい。土壌が乾いているのかコナシが白い花をつけていた。満開の木があるかと思えば結実したものもある。自然は中々多様である
    鞍部に平坦な場所をどうにか見つけてテントを設営した。「調査では何張りも張れるはずだった」とQさんは首を傾げていた。
    バイケイソウが茂る東斜面の沢に水場を探して下る。中々見つからず、南沢と北沢が合流する近くでようやく水汲みができそうな流れを見つけた。水を汲んでアタックザックに収納して「北沢を詰めて尾根に出てみよう」と登り返した。なんと薮の中にアンテナが立ち、その下の新しい建物には農林水産省三之公雨量観測所と書いてあるではないか。目印に最適なはずだが情報を見落としていた。TIは観測所からテントまで斜めに登って帰ったが、北沢の上の尾根筋まで登ったQさんが帰ってきて教えてくれるには、「北沢の上のコルに広い天場、単独行の長身男性がテントを張っていた」とのことであった。コルが2つに分かれていたとは地形図では読めなかった。残念
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05/27
    テントを畳んでいると北沢から長身男性が降りてきた。林道を使って縦走周回するとのこと、台高山脈もアクセスは多様らしいな。ザックを担いで我々は南沢のコルから低いコブを踏み越して北沢のテント場に下った。なるほどここは平坦で広い。コルから登り尾根に進むと天理大WFの道標や古い看板が立っていた。看板に何が書いてあったのかもう分からない。台高縦走は今では流行外遅れになっているのだろう。
    平坦な細尾根の先に平坦な頂上があった。そのまま進んで南東に迷い込み、これはおかしいと引き返して頂上北東端に再び立つ。周りの風景、地形図、GPSを見て(目が良いQさんが見つけるのはいつもだが)目印を探し出して緩斜面を下った。コルに下ってブナ大木の下を進む。
    細尾根は岩場に突き当たる。地形図で見て北西方向から北方向に尾根が曲がるピークは岩峰で西(左)側を巻く踏み跡がついていた。コルに下って再び岩崖を登りP1125mの立って息継ぎ休憩をした。尾根が広くなると大木が育ち、伐採跡には赤錆びたワイヤロープあった。アカショウビンのキョロキョロ声が周りから幾つも聞こえる。北方向から北東方向へ下り、コルに下るとまた岩場登り、小ピークを越してまた登り返した。
    湯谷の頭を通り過ぎて下る。尾根はまたしても岩崖に突き当たりこれを登って小ピークに、下ってコルから小ピークに登る。このピークは曲者で岩場を下るとコルは両側が切れた岩崖の一部となり通過に細心の注意が必要であった。
    紀伊山地の地質、降雨量から考えれば湯谷の頭の前後の細尾根には露頭となった岩場があるの当然だ。幸運にも危険な個所には木の根、灌木、固定ロープや鎖があったのでそれらを利用することで随分リスクを下げることができた。出発前の地図読みでは、このようなアップダウンを繰り返す岩稜とは予測できなかった。歩いて見ないと分からぬこともある。反省して今後の山行に役立てたい。
    岩稜に難渋して予定よりほぼ1時間遅れで山ノ神ノ頭(1099.1m三角点峰)に着いた。カエデ、ブナが立つ広場になっている。休憩して汗をぬぐうが暑い。全身がびしょぬれだ。西向きから北北東へに尾根が曲がる。尾根分岐に「川上村の森に入るな」と書いた看板があった。川上村から山ノ神ノ頭に通じる林道か作業道があるのではないのか?
    歩きよい尾根道をコルまで下り、また登かえす。こんなアップダウンなら楽しめる。心地良い細長い峰を下り、コルからまた心地よい尾根道を登る。道標を認めて北へ進んだ
    父ヶ谷越らしいコルを過ぎる。先程の道標のある斜面途中が父ヶ谷越とは思えない。コルに水場は見つからなかった。尾根は北東に伸びる。登り斜面手前の等高線1050mに左(西)斜面を巻く道入り口らしい目印があった。この西斜面には鹿の踏み跡も人?の踏み跡も多数ある。紛らわしいことに目印も斜面上下にいくつもあるのでルート選択に迷う。最後が巻道から尾根に急登して尾根上の踏み跡に合流した。尾根はブナ、ヒメシャラ林があり、明るく心地よい。尾根分岐で北尾根を見つけて下ったが巻道を含めて中々難しいコース取りを強いられた。
    池地越と書いた奈良岳志会の道標があった。地形図と照合する。そのまま通り過ぎて平坦なピークを北方向から西方向に曲がり急降した。コルから標高差100mの急斜面を登り、ピークで休憩した。気温がどんどん上がっているのか一層の暑さだ。風がないので休んでも汗が吹き出る。この頂上には道標があるがまたして現在地が記してないのが情報不足で勿体ない。再びコルに向かって急降下した。
    テント場候補だったとQさんから聞いたがさほどの適地には思えなかった。小さなアップダウンを繰り返す。疲れが出てQさんから遅れてしまった。
    ピークで待っていた久さんに追いついた。地形図でこの先は尾根が3分岐になっている。首尾よく西尾根を探し、下ってコルから登り返した。この尾根も曲者で、事前調査では「山頂手前で北に入るな」とのことであった。おかげでピークから尾根分岐を迷わずに進め、さらに北方向から西方向に尾根を進むことができた。
    馬ノ鞍峰(1177.8m)には三角点標石と看板があった。石楠花で囲まれ、周りの広葉樹からはエゾハルゼミの声が喧しい。気温が上がってセミも忙しい。こちらは水を飲んで下った。またして細かなアップダウンになり細尾根に立つ岩場に会った。岩場に巻道が着いていたがこれがなかなか難所である。P1166mを越すとまた巻道、登ってピークに着いたら西方向から北方向へ分岐になった。天理大学WVの道標前で休憩をとった
    等高線1100mのコルに下る。霧の平と書いた道標がある。登りかえしたピークは平坦で広い。繰り返すアップダウン尾根にはヒメシャラ幼木の薮が続く。こんな薮は初めてだ。1150mのコルはキレットと名がついているがそんなでもない。ピーク1250mで北方向から東方向へ尾根が筋を変えた。
    弥次平峰(1274.5m)も三角点の峰だ。関大WV昭和59年と記した山名標もあった。コルに下って巻道を通ったり尾根道をアップダウンしたり、Qさんに随分置いて行かれたりしてどうにかQが待つピークに着いた。ヒメシャラ幼木の薮、段々濃くなり邪魔をする。踏み跡を踏み外すと厳しい薮漕ぎになった
    銚子のコルに下りP1258に登り返す。西方向から北方向に尾根筋が変った。とは言え薮道のアップダウンが続く。等高線1290mのピークでようやくヒメシャラなどの高木林に変わり、繰り返し続くアップダウンもどうにか少し楽になった。
    箒が峰に到着してテント場が近いとどうにか少しは元気が出た。5分歩いた個所からは明日上る尾根も展望できた。コルに向かって下る。
    テント場から水場に下る。
    最初は、東の急傾斜沢に水を求めて踏み跡へ下ったが見つからず、急斜面を下るのは危険なはずとテントに帰った。
    Qさんが参考情報を読み返して西沢3分先に水場があると確認した。水を求めてバイケイソウが茂る斜面、ついでヒメシャラ薮を下る。水の気配がない。Qさんは南沢へ、TIは北沢へ分かれた。北沢は下る途中に水無沢が合流する個所が2つ、水がとれる流れまで、結局、標高差にしてを200m下った。高温乾燥した日が続いたので沢の上流の水は伏流になっているのだろう。
    蛙鳴く湧き出し流れに着いて、2*2.5L、1*1L、3*0.5Lの水を汲んで収納した。アタックザックを担いで沢を登り返す。暗くなりかけた右(南)薮からなんども鹿の警戒威嚇声がする。下降点より標高20m高い北側登山道に出てテントまで暗くなった登山路を南に下った。すでにQさんは帰着していたがまだテントに灯りがなかった。Qさんは南沢(情報での水場らしい)のザレ沢でポタポタ水を集めて登り返したが滑って負傷、大事ではないという。そのせいか。明日は水場で補給、時間の関係で古ヶ丸山往復を判断するとののことであった。TIの汲んだ内、2.5LをQさんに渡した。
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05/28
    北股ノコルを出発して池木屋岳へ向かって登る。前には薄曇の空であるが姿良い稜線が見える。
    池木屋山(1396.9m)の頂上にすぐ着いた。三角点がある。風があるが気温15℃、今日も暑そうだ。周りは広葉樹林で目前には幹が折れてそこから再び伸びたブナが立つ。頂上で尾根が3分岐、宮ノ谷渓谷への道がメインらしく北西尾根踏み跡は広くて明確だ。「東尾根に迷い込まないで」と標識さえあるのに北東尾根と我々が行きたい東尾根は踏み跡が薄くテープも見つからない。ブナ林の中を北東尾根に伸びているはずの境界標石を確認しながら進む。東座峰(東尾根?)と読めないこともない標識があった。しかし東尾根の下り口がなかなかわからない。下薮が茂った小木林を10分も探してようやく発見できた。
    縦走路を下る。コルを越して右手の小ピークを見ながら尾根3分岐に着いた。ところが分岐頂上にテープや踏み跡が見当たらない。尾根筋をチェックしつつ、QさんのGPSで、現在地と次のポイントへの接近度を確認して、頂上から引き返して再び東尾根に乗れた。Qさんはカシミール3Dで標高100mごとポイントをマークしてGPSにインポートしているという。なるほどこれなら労力が随分軽くなる。樹林帯をコルに下り標高差約50m登って等高線1340mピークで荷を下ろして休憩した。赤ゲラ4羽が追いかけてきて警戒鳴きでかしましく我々を追い立てる。腰を上げて動き出すと安心したのか高木の裏に隠れて静かになった。
    広かった樹林帯の尾根道から道が細尾根に登る。倒木、岩稜が現われて縦走らしくなり歩くのに慎重さを要求された。頼りになった白テープが出てくると、地図読みだけでは現在地と縦走路の確認が難しい要所では安心できた。やはり秘境に違いない。再び迷い札が出てきた。「ここまで迷ってきたらもう遭難だ」とはQさの託宣、池小屋山で分岐している尾根を明示して、次に東尾根の池小屋山から5〜10分当たりの地点で「宮ノ沢渓谷に行きたい人は頂上に帰れ」という大きな看板をなぜ出さないのだろうか。道迷い防止については理解できないことが多過ぎる。
    倒木を越えて焼山谷東尾根を進んだ
    ピーク1332m点が焼山谷らしい。峰だのに谷とは不思議、こんな齟齬には驚かなくなった。地形図は歴史を正しく記録する必要はない。ここで尾根分岐、テープに感謝してコルに急降下した。コルからは細尾根、登り返して峰で休憩、結実したブナが目前にあり、耳にはジュウイチ(ヒヨドリの物真似かも)の大声が届いた。アップダウンを繰り返して尾根に乗った
    尾根が分岐するピーク1230mでコマドリの囀りを聞き、結実したブナの木を見ながら間食をとった。白テープで縦走路を確認して薮に入る。鹿に食害されたツゲを見てここもかと呟いて見た。分岐を北にとるとヒメシャラ幼木の薮がまた出てきた。分岐尾根末端で北へ下った。ヒカゲノカズラが一面に広がった場所を過ぎた。笹薮が続くとの事前情報だったが、笹枯れ(数年前から?)で藪なし、鹿もこれでは生きていけないだろう。歩きよいのだが期待外れで残念との気持ちもあって複雑だ。尾根分岐では 派生尾根が北東と北西で出ているので心配したが迷うことなく縦走路の踏み跡を辿ることができた
    水越について水汲みに西斜面を下る。等高線940mの水場着いた。補給した水を背負って登り返し、水越に帰着した。コルから登り帰す。やはりコナシだろうか白い花をつけている。急斜面を登ったら岩場にであった。苦しい岩場を過ぎて記録のため撮したが本当に厳しい場所ではカメラを出すこともできない
    分岐で待っていたQさんにようやく追いつく。疲れた。岩場を見下ろし、コルへ下り岩場を登り返して次の分岐から北東尾根へ進んだ。またいやな細尾根だ
    1269.6mの三角点峰、野江俣の頭について昼食休憩を長々と30分とった。少しは昨日からの疲れが消えたかもと思いながら野江俣ノ頭から下る。ニガナの花が咲いていた。
    P1226mの尾根3分岐で東南東方向へ向かい細い岩尾根を進む。コルから固定ロープのお世話になtって登り、ピークからは重荷を背負って岩場を下る。この岩尾根通過の所要時間は事前の予想よりはるかに長かった。岩尾根を過ぎる台高山脈らしい歩きよい尾根になった。P1205mを登り越すと野鳥の楽園のようなコルに下りついた。久しぶりに聞くサンコウチョウの囀りに癒されながら休憩することができた。コルから登ると広葉樹の高木とヒメシャラ幼木の下薮林に変った。アップダウンにうんざりするが峰からは八景山から古ヶ丸山の稜線が見えた。ガスを被っている。下って登り返す尾根道はヒメシャラの薮の中だ。白倉山北側巻道で大阪から来た男女に二人会っていつもの通りQさんが情報交換をしてくれた。人見知りをするTIには・・・である。肩に登って山頂に向かった
    白倉山山頂は広葉樹の中木に囲まれている。木立の切れ目からは雲が流れ、まとわりつく八景山から古ヶ丸山の稜線が見える。 古ヶ丸山への分岐があるが天気状況をみてQさんは往復を断念した。頂上から北西の針葉樹の尾根を歩く。足下の木の根元には剥がしたテープが多数、捨てて積んである。嫌な予感がした。テント場と北尾根降り口を探して尾根末端まで歩く。霧が回って来たのとヒメシャラの薮のせいか東に尾根も見えず、北尾根降り口が見つからない。明日の朝を期待してまずテント場を決めた。テント場と北尾根降り口の地形的位置関係が分からないのが気にかかる。鶯と郭公(漢字があるんだ)以外の囀りは聞こえなかった
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05/29
    テント場7:55発ならスメール(入浴1時間で)15:43発バスに間に合うはずだが、まず北尾根降り口を探さなくてはならない。早めに出発したがホワイトアウトのガスの中、心配通り北西尾根に迷い込む。昨日の確認した尾根端まで行って引き返す、北尾根への下り口目印が見つからない。目印テープを手当たり次第に除去し、芥を山に残した人の美学を疑う。
    せめて分岐には左右上下に目立つ目印が欲しい。コンパスと地図読みすればなんでもOKという発想はおかしい。今朝のようなホワイトアウトにも対応できる標識が必要だ
    Qさんが2台のGPSを駆使してまず現在地を確認し、進むべき次のポイントへの接近度から北尾根降り口近くに歩んでようやく小白テープを発見し、北の薮に下る踏み跡も見つけた。小木と薮があるせいでホワイトアウトでなくても尾根筋を見つけて降り口に立つのは難しい。分岐の踏み跡には左右の木に目印がほしい。できれば「こちらは大熊谷の頭」と記してあればさらによい。重ねて望む。特に今朝のようにホワイトアウトの時のために。
    北尾根降り口を下り登り返して尾根分岐を北方向へさらにコルまで下る。アップダウンで少々迷ったがどうにか尾根を下って岩稜を登る。今度はP1188m分岐で東尾根へ歩む
    霧が回り、気温が低いので昨日までのような蚋など虫が少ない。その代わり鳥の囀りも乏しい。下って登りまた下って最.低コルに着いた。霧だがアカショウビン、鹿、アオバトが鳴いてホットした。周りにミズナラ、リョウブ、シロヤシオが増えた。このあたりの登山路は小さな変化が多く見通しも利かないので地形図とコンパスだけでは現在位置がつかめなかった
    大熊谷の頭(1190m)の頂きで休み行動食をとった。「登山路」というテープがここまで幾つも巻いてあった。張った目的は何なのだろうか。テープに沿って歩きなさいとは親切なようだが見当はずれではなかろうか。霧を抱く冷たい風に追い立てられて尾根分岐を東尾根へ下った。
    八景山から古ヶ丸山の稜線が見える。左の迷岳はガスの中に隠れていた。尾根が広くなりはブナ林の中を良い気分で歩くことができた。林床に寒葵の群落がそこここにあった。標高点点1155m過ぎの登りで息を接いでヒカゲノカズラが茂るピークで北東方向から東方向に曲がりコルに下った。コルから柚子ノ木平に向かって登った
    柚子ノ木平(1285m)に予定より20分遅れで到着した。水を飲む。今日はこれで0.5Lのペットボトル3本目だ。気温が低いのに昨日まで脱した体が欲しがる。雲が流れて迷岳が姿をようやく現した。尾根3分岐では中央の北東尾根に迷わないで下ることができた。バイケイソウの中を歩む。目の前に霧が取れた迷岳が出てきた。アップダウンが続く。進むにつれて八景山から古ヶ丸山の稜線を裏側から眺めるようになった。台高山脈らしい広い尾根を進む。濡れた密薮がないので強い風に吹かれても快適に歩くことができる。とはいえ長い登りではいつものようにQさんに置いて行かれてしまった。
    迷岳(1309.1m)に迷うことなく到着した。山頂は樹林帯にある一寸した平地になって三角点があった。強風で霧が舞い、寒い。先着したQさんが冷え切った顔で待っていた。休憩するには厳しすぎる。寒風に吹き払われて早々に山頂から下った。急降下した尾根に風裏となる窪地を見つけて間食休憩にした。窪地から10分も下ると尾根の右(東)が人工林に代わった。左右に展望はない
    唐谷林道分岐(1010m)に到着した。古い道標が檜の根元にある。右手檜人工林急斜面を降下する踏み跡がはっきりと着いていた。迷岳をピストンする登山者は殆どここから林道に下るらしい。林道分岐から先の細尾根に着いた踏み跡は急に薄くなり、シャクナゲが茂って尾根に被さっている。薮続きの細尾根かと嫌な気分になった。すぐに尾根が分岐して踏み跡は東方向に着いていた。そんなに濃い薮ではない。一休みして歩き始めると下界からサイレンの音が何度も響いた。ダム放水を知らせているのだろうか
    905mコブの手前を左折して断崖を左に巻く。右には迷い込んだ濃い踏み跡があった。用心用心!巻き口にはありがたいテープがあった。細木、根、固定ロープのお世話になって下った岩場も振り返ってみればそんな苦労を感じさせないただの急な山道に変身していた。これで岩場は終わりかと思ったらまたして岩場が出てきた。張り付けてある虎ロープをありがたく利用させていただいてザックの重み、体の疲れを和らげてもらった。あるものはなんでも使え、気取ることはない
    岩場を過ぎてコルからP809mに登り返し急坂を下った。尾根の右手は断崖で左手に巻き加減の尾根道が着いていた。P809mを飯盛山、西の930m、東の630mを飯盛山という人もいるとQさんは教えてくれた。細尾根には石楠花や馬酔木多数あるので当たり年の満開時は見どころがあるに違いない。ようやく見下ろした右谷の向こうに下山口(登山口)らしい人工物・建物が見えてきた。尾根が人工林の中にあるようになってきた。右手が下山ルートか、尾根から植林斜面に道が着いているような気配になった
    下降点には目立つ印があった。下降点は予想したP630m南のコルではなくて、さらに南の等高線650m地点だ。当初の下降こそ急であったが次第に杉植林のジグザグ道に変わり、杉の下薮にはこあじさいが咲いてよい香りを振りまいていた。川のそばに降り着くと林道(等高線280m)になる。杉が檜に変わっていた。標識があり斜面登り口は分かりやすい。
    気温が21〜22℃もあり、雨がぽつぽつ降ってきて蒸し暑い。雨具を着てみたがすぐに脱いで傘に代えた。沢を右手に下る。白いウツギの花が林道脇に続いていた。なにか観光施設が対岸にあるが
    林道から舗装した徒歩道に変わり橋(登山口)の袂で車道に合流していた。看板から見ると迷岳登山口はこことのことであった。スメールホテルを探してリーゾート施設の間をしばらく歩む。対岸にスメールホテルを見つけた。両岸を繋ぐ橋の上からふり返ってみた鋭鋒が飯盛山だろうがあの3つのピークでのどれなのであろうか
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