飯豊連峰縦走 弥平四郎からダイクラ尾根
五段山・地蔵岳の回遊で高山植物を楽しみ、最後に長いダイクラ尾根を下る
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 【期日】    平成27年8月05日(水)ー08日(土)

 【メンバー】  CL:(Qさん)、メンバー:TI (合計 2名)

 【アクセス】
  08/04    志木21:50→池袋→22:29代々木→新宿新南口JR高速BT JR関東バス夢街道会津号23:00→
  08/05    5:20会津若松 6:18→06:22野沢駅(西会津町デマンドバス)06:00→08:36集落(弥平四郎)
  08/08    飯豊山荘15:35→16:29小国17:47→19:15米沢(新幹線)→21:58大宮→22:48志木

 【コースタイム】
  08/05  08:36集落バス停(弥平四郎)08:45→10:52弥生分岐→11:54主尾根→11:59七森峰→12:55鏡山13:08
        →14:02上ノ越→15:29巻岩山→猪鼻→16:21疣岩山16:32→17:12三国小屋(泊)

  08/06  三国小屋06:12→7:56地蔵山→8:53牛ヶ岩山→09:28五段山09:49
        →11:20こぶ山11:43→簡易吊橋→12:08大日杉小屋(泊)

  08/07  大日杉小屋04:31→05:22長之助清水05:37→だまし地蔵→07:19地蔵岳07:36→08:28目洗清水08:57
        →9:36御坪→11:25切合小屋→12:15草履塚→姥の前→御秘所→14:12本山小屋

  08/08  本山小屋04:24→4:40飯豊山→6:33宝珠山6:54→千本峰→9:13休場の峰09:32→10:07長坂清水10:35
        →11:14池の平11:41→11:55吊橋12:02→12:28温身平12:38→13:06飯豊山荘(入浴)
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【コメント】
08/05
    野沢駅のバス乗り場前には古典的駅前旅館がある。足腰が弱ったら駅前旅館ツアーも面白いのではないかと思いつつ、デマンドバス乗り場で時間待ち(潰し)をした。 デマンドバス(あれ9人乗りジャンボタクシー級だ!)は定刻厳守、我々と男性1名を乗せて出発した。
    集落すなわち弥平四郎の廃小学校横に到着、快晴で日差し強く暑い。重荷を担いで弥平四郎から歩む。心痛むが空家になったと思える民宿、宿坊、旅館が左右のそこここにある。こんなところか~、ひと気がない。限界集落でも満開の花々が家々の花壇に咲き誇っている。目を洗われる。芥も落ちていない。これぞ日本
    舗装道路を北に歩む。左から小沢、橋があると言えないくらいの川である。曲がり角の道標に飯豊鏡山登山口、祓川分岐とある。バス同乗の単独男性は祓川の方へ直進、(へそ曲りの)我々は左折(西に)した。ゲートの跡がある。なるほど新ハイの人達が小型車で奥まで詰められたわけだと思いつつ、担いだ重荷に潰されながら草に覆われた凸凹の狭い道を歩む。四ツ沢脇の草道の両側には放棄された農地が、草むらから多数のバッタ、イナゴが我々の一歩一歩に合わせて飛び出す。沢に近づくにつれ大嫌いな虻(メジロアブ=イヨシロオビアブ)の群れが纏い始めた。
    廃棄農地(草地)から人工林林に入り、林の中を虻に追われて走った。右手の沢に堰堤が見え、小沢に会う。ここから何か所か渡渉した。杉の幹に「鏡山」道標がある。ますます多くの虻が襲い掛かる。水が清いとの証明だが刺されると痛い。沢が終わって急登し、休止して餡パンと水をとる。メジロアブの群れはいなくなったが今度は大きいウシアブとアカウシアブがブーンと羽音を立てて飛んでくる。気がつかぬうちに夏シャツの上から肩の後ろを数か所刺されていた。休んだ後はブナ林尾根を急登する
    緑のブナ林が続く弥生分岐だが木陰でも暑い。登りついて主尾根に合流、ブナ大木林の中に登山路がある。水場分岐(道標あり、等高線1020m)で至近の西の谷に水場があった。麓では虻群に襲われて沢水補給ができなかったがここでたっぷり水を汲む。この暑さに水なしでは耐えられない。救われた
    七森峰(1168m)に大汗をかいて到着、南肩等高点1180mで休憩をとった。もちろんQさんはTIがつく10分前に休み始めているはずだ。休んだ後は登り、しばらくしたら急登になった
    鏡山山頂(1339.8m 三角点峰)に登りついた。弥平四郎の道標から慮るに、この山頂が一般登山者のゴール、これからはいわゆる経験者コースと覚悟した。
    雲を被った飯豊に向かい出発するがとてもよく整備された道が続いていた。あれま覚悟した厳しさがない。一般コースか・・・
    上の越の道標を確認したが残念ながら登山路分岐に気が付かなかった。現在位置確認ができていないと舌打ちをする。今日初めての登山者(男性1人)に会って同じ縦走愛好者がいると気持ちが楽になった。Qさんと歩くと「最近人跡なし」が多い。とはいえ人が歩いていないとI杉江さんと北海道で見たアリドウシランにここで再会できるなどの予想していない驚きが幾つも出くわす
     巻岩山について前途を望むと新長坂ルートの松平への巻道が見える。巻岩山から平坦な尾根を歩んで(どこが猪鼻?)疣岩山に向かう。疣岩分岐にはセンジュガンピやウメバチソウが咲き、薮でウソが鳴き、遠雷が聞こえる。笹薮に入ると刈り払い道に獅子沼分岐がある。路傍にヒメイチヨウランを見つけた。またも幸運
     疣岩山(1653.6m)山頂には三角点がある。時々休んだが、この暑さでしたたる汗でジャケットがびっしょり濡れ、ビニールカバーをした手帳でも地図やメモが端から随分ぼけてしまっていた。今後は手帳のカバーにスーパー入手薄手PE袋も追加しようと思う。
     そんな思いとは別に急な岩・土傾斜尾根をロープを使って三国山へ登る。「三国小屋まで近いが急ぐな」と親切な道標があった
    三国山(1544m)の先には三国小屋がある。小屋前には数人の登山者が立って我々を見ていた。三国小屋について屋管理人の金子さんとQさんが宿泊手続きと周辺情報確認を行う。水場はあるがポタポタ状態とのこと、各自水2Lを¥1000で購入することにした。もちろんトイレ使用料も2人で¥200も
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08/06
    天気が気になり小用のついでに雲海から登る日の出を拝んだ。雨は欲しくないが今日も好天で暑くなりそうである
    三国小屋を出て、切合小屋への道と分かれて地蔵山に向かう。地蔵小屋跡分岐に来て「明日のゴール、本山はあれか」と主稜線を見上げた。なつかしい大日岳方面には滝雲がある。登山路は岩場になった。だが固定ロープがあって歩きやすい。岩稜も滑らかな露岩が平らに並んだ美しい岩場のアップダウンになっている。人にやさしい岩稜であった。岩稜の下り途中に水場分岐がある。道標もあり、固定ロープが張ってあるのでアタックザックで水を運べば安全に往復できる。大ザックを縦走路に置いて水場に降りてみた。先行したQさんが水枯れをまず確認する。管理人の金子さんが言う通り、汲むのに1L/10分はかかるだろう。2人分の必要量を確保する時間を計算して、昨日の購入は賢明だったと思った。水場の上に残雪があれば豊富な水が流れているのかもしれない。Qさんの記録に付き合うと水場など要所の確認は必須だ。これが一般登山者とは違う
    水場分岐に帰り、ザックを担いで縦走路を進む。すでに日射が強くなった。「地蔵山にもう着いたのか、少々早い」と思ったが道標には剣ケ峰とあった
    横峰分岐にザックを置いて水場に向かう。10分ほど下って水場に到着した。冷たい水がたっぷり流れている。一飲み、喉を癒した後、全ての容器に水を満たしてヤマホトトギスの花を愛でながら水場分岐に戻った。
    水場分岐に熊本から来た年配夫妻が休憩中であった。水場の前を通って横峰から車を停めてある川入に下るそうだ
    小木・下薮林の中、刈り払いした道を登って地蔵山(1585.2m)に着いた。三角点が頂上の目印になる。頂上は小木薮の中、展望がないのでQさんが待っている展望がきく地点まで歩んでザックを下した。これから進む尾根が目の先に伸びている。
    再び縦走路を進むと「お豊の池」らしい草地やチングルマやキンコウカが咲く湿原があった。湿原の周りは下界と同じくノリウツギやリョウブなどの白花をつける小木や笹が茂っている。この時期は赤や黄に色づく花がなくなって寂しいのはどこでもか、自分の心理がそうなのか・・・ 気温が上がり靄が濃くなり雲に変わって流れるようになった
    展望がないアップダウンを繰り返して牛ヶ岩山(1401.8m)に着いた。三角点峰だがやはり薮の中、これで三点測量ができたのだろうか?頂上からほんの少し下ると人声が耳に入る。曲がり角で電話中の作業服を着た男性の前を通った。刈り払いをされているとは思えない、登山路整備の装備であったがひとまず感謝・・・
    川入切合分岐がある五段山山頂で休憩した。刈り払い道はオニヤンマの巡視路で手を伸ばせば向こうから掌に飛び込んでくる。オニヤンマには下界の虻を退治してもらいたかった。
    刈り払い道を歩んで麓を見下ろせる好展望の場所に来た。緑の麓はこれこそ・・・と思いつつ、さらに尾根筋を下って中木林に入る。周りは薄霧に覆われた。縦走路は笹や草、灌木が刈り払いをされて歩きよい。これはQさんのプランらしくない
    尾根分岐を北にとって次は西へ、こぶ山(1121m)で一休みして魔法瓶の冷水を飲んだ。美味しい、風も涼しい。今日はたっぷりの水がある。ミズナラの大木に目を見張り、さらに水場で補給したたっぷりの水を飲み、更に補給して下る。
    ここまではルンルンであったが大日杉前の簡易吊橋には驚いた。まず梯子から吊橋に登るには大ザックが邪魔、先行するQさんの動作を参考に吊橋に登って、足幅一本の踏み板にのった。錆びた針金を掴み、橋を揺らさないようにを渡る。短くてよかった。もっと長くて目がくらむ恐ろしい吊橋を南ア深南部で渡ったのはいつだったか。歳をとったな
    吊橋の先はそこそこ整備された道が大日杉小屋に通じていた。広場に出ると右手に驚くほど立派な大日杉小屋が見えた。左手には石碑と飯豊連峰案内看板がある。案内図にはQさんと歩いた二王子からの道が書いて無かった。悲しいな。
    正午を回った時に大日杉小屋の入り口に着いた。管理人さんは外出中、ザックを玄関に置いて広間で休憩させてもらった。他に利用者がないようだ。不思議なことに大日杉登山口には多数の車が駐車しているが人影がない。見れば靴や車輪についた泥を落とす(外来植物の種子搬入防止する)ためと思われる洗い場が沢に作ってある。しかし洗い場の小屋側には1台も駐車してないしかった。
    管理人さんが帰って見えたのでいつものように予約したQさんが宿泊手続きをし、若い管理人さんから利用次第を説明していただき早めに温水シャワーと自炊夕食をとって2階の男性専用の部屋で寝に着いた。
    暗くなって4人の男性が到着、管理人さんから「我々が2階で寝ているから1階で静かに」といわれているのが寝耳に入った。こんな豪華な小屋を6人で占領とは不思議
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08/07
    今日の歩程が長いので3時前に起きて1階ストーブ前で朝食をとった。できるだけ音を立てず、ヘッドランプも控えて睡眠中の皆さんの邪魔をしないようにして空が明るくなるのを待つ。谷間であるせいか,、結局、玄関外で1時間を過ごすことになった。樹林の中の道もはっきりしてきたので飯豊ルート看板前に出た。駐車場の大型バスも突然ヘッドライトを点灯し、車中泊した多数の乗客が大日杉小屋の階下炊事場やトイレにぞろぞろと歩んでくるのが見えた。避難小屋維持には・・・
    大日杉登山口から林に入ると大日杉の跡がある。昔はこの前に小屋があったと広場の看板の記述にあった(本山の渡辺管理人さんはお婆さんが握り飯を売っていたと)。
    登山路が岩崖に突き当たる。長い鎖が下がり足場もしっかりして踊り場があるので重荷を背負ってもどうにか鎖場の上に登りつくことができた。登ってみれば石鎚や剱の鎖場に比べ、なんということもない。そこには懺悔坂とかいた道標ある。懺悔という名は修験の山らしい。江戸時代かな。
    広葉樹に変わった樹林帯に朝日が射し始めた。山の端からの日の出である。朝日の周りの雲は昨日より薄い。暑くなりそうだ
    出発して50分、長之助清水分岐で休憩した。好天ですでに背中も腰も身体中汗みどろである。長之助清水で水を補給し喉を潤す。たっぷりの水は大ザックの重さを増やしたが担げば気分にゆとりがある。熊鈴を鳴らした軽荷の男性が追いついてきた。これが飯豊の登りスタイルかと見つめた
    標高点1000mを過ぎてすぐに御田と立派なその杉がある。
    次第に樹林がブナに代わり、P1403mになると尾根の向こうは大日岳の尾根と思える峰々が見えてきた。藪支尾根道から地蔵岳の稜線へと尾根道を登った
    地蔵岳(1638.9m)山頂には三角点、ツリガネニンジンの花の向こうに石碑、何とか地蔵が祭られている。ナナカナドの病葉はすでに紅いに変わっていた。
    P1506mには「憩いの丘」と手作り道標がかかっていたが、その名には余りふさわしくない場所であった。この時刻になると夏の太陽が麓から水分を持ち上げて縦走路上空に雲が増している。路傍の草の中からすでに結実したヒメサユリが幾つも首を伸ばしていた。またミヤマクルマバナに似た花が多数あった。縦走路はまだまだアップダウンが続く。ようやく典型的なミヤマクルマバナを見つけたが先程の花はやはり少し違うようだ
    目洗清水分岐について湧水量確認のため水場まで斜面を急降下した。水場手前の踏み跡は濡れて泥濘になっている。水はたっぷり流れ、差し込まれた管から筋になって落ちていた。水場からの戻り道、薊(ウゴザミ?)の先にノウゴウイチゴ(シロバナヘビイチゴだったかも)が赤い実をいくつもつけて斜面を這っていた。その先の草地にはチングルマが白花を開き、桃色の花をつけたナンキンコザクラの株そこここにあった。残雪が融け去ってまだそんなに日数がたっていないのだろう。水場往復は初心者には難しい。
    目洗清水分岐から登る。見ると右手に踏み跡が分かれ草地には続いていた。草地は露場になり、そこは格好の展望台である。尾根筋を目で追うと右から左に辿って主稜線へ繋がる。
    縦走路に帰って進むと岳樺の並木道になった。多少のアップダウンがあるが心地よい漫歩道だ。岩場にはハクサンオミナエシ(コキンレイカ)の黄花が咲き誇っている。標高点1523m付近で一休みした
    石祠に出会う。道標には御坪とある。調べれば由来縁起が分かるのだろうが手を合わせて通過した。P1590mに登り、尾根・谷分岐に出会う。我々は(何度もこの道を歩んだCLのQさんは)尾根道を選んだ。標高点1660mを越えるとハイマツが出る。縦走路はアップダウンのある岩稜に変わり、切合小屋を見通すことができた。
    岩稜から笹斜面を巻く道に入り、種蒔山から下る沢に出会う。ニッコウキスゲの花の先に雪解け水が迸り、沢脇斜面を見上げるとナンキンコザサクラがピンクの花園を作っていた。目洗清水でしおれ花に大喜びしたのがウソのようであった。沢の上流で清冽な水を補給して沢の下流を見下ろすとまだ残雪が谷を埋めていた。大日杉小屋で同宿した4人が追いついて私たちとともに一休みした。草叢に空色のリンドウを見つけたが副片が立っていないのでミヤママリンドウ、ざんねんながらイイデリンドウではなかった。
    草付の巻道を歩むと空色が目に入るがこれらもミヤママリンドウらしかった。残雪を回り込んで主稜線にでた。道標で現在位置を確認する。ヤマハハコの向こうにも雪渓が見える。白砂の尾根にケルンが立ち、タカネマツムシソウの群落が空に向かって開いていた
    切合小屋前を通過する。三国小屋からはほんの歩程2時間の主稜線上だ。シシウドの向こうに縦走路が伸びる。開花したオヤマリンドウが正午近くの太陽に向かっておちょぼ口を開けていた。
    白砂の上で休憩した後、今度は残雪を注意して登る。みれば1週間前の残雪はもっと多かったに違いないと思う。まだここにはヨツバシオガマが残り花をつけていた
    草履塚(1908m)からは目前の尾根に岩場も見える。登山路の周りにはミヤマウスユキソウの残り花が幾つもある。登りにかかると岩の周りにミヤマシャジンが咲いていた
    積み石で囲まれた姥権現前に着いた。姥様は不動尊のように怒り顔である。権現というからには神がこの世に現れた姿だろう。それならば熊野権現のように若い姿でもいいのではないか。こじつけを疑うがこんな問題は世間では無視されるのだろう。
    岩砂の広い尾根には実をつけたタイツリオウギやオヤマソバが生えている。その向こうに飯豊本山の頂きがあった。御秘所の岩稜を登る。岩場の急傾斜に自分に掛け声をかけて手足を使う。標高点1892mを過ぎると目前に二王子の積み石が見える。周りには飯豊らしいくオヤマノリンドウやミヤマウスユキソウの群落がそこここにあってカメラ被写体を選ぶのに迷う。御前坂の道標が出て来た
    御前坂の岩っぽいザレ電光道を登って、下ってくる集団が通り過ぎるのを待っていると、その集団の中から高年男性が突然TIの目の前に転がり落ちてきた。幸運にも石で頭を打つこともなく擦り傷程度で止まったが、本人は気が動転しているようであった。周りでは女性達がキーキーギャーギャーとひと騒ぎしている。若い男性ツアーガイドが本人に声を掛け、座らせて状況を確認していた。干渉してはならない。
    御前坂を登りつめてふり返ると転落騒ぎを起こしたグループは止まることなく下っていた。良かった。左を見上げれば本山から尾西~大日岳への稜線にも人影が見える。足元の石の隙間にはイワツメクサが生えていた。
    二王子の積石脇へ向かう。本山小屋は目前だ。水場分岐前には数人が休憩中であった
    本山小屋に着いた。ちょうど管理人の渡辺さんが入り口前にでて物干し中であった。宿泊の受付と部屋割りして頂く。宿泊場所は1階に20人、2階に十数人という。1階奥から男女配慮して柱毎の間に3人単位で詰める。早く着き過ぎた我々は左奥2~3番をあてがわれたが、後刻、2階には余裕があるので2泊目だという1番の男性は2階に移動していった。
    寝場所を確保できたので水補給に水場に向かう。水場分岐について右手に張ったテントを見て管理人が言っていた「本山神社の境内」とはこのテント場と納得した。なりほど屯していた人がいたわけだ。
    分岐から下って水場で水を4L補給した。水量は十分、水場はずいぶん前に残雪から顔を出していたのではと思える状況であった。飯豊山行を楽しんでいるご夫婦も下ってきてQさんと情報交換している。ヘリコプターが上空に爆音を轟かせて舞う。水場から登り返して改め飯豊神社に参拝して本山小屋に帰った
    夕食を自炊して小屋の外に出た。管理人の渡辺さん自慢の影飯豊が次第に伸びる。Qさんは渡辺さんと楽しい会話をしている。影飯豊だけではないと小屋の周りを歩むと大日岳の夕暮や南方向の雲海と入道雲が胸を打つ。随分東に伸びた影飯豊をみて小屋に入り寝袋に潜路込んだ。夜半にトイレにでたら、渡辺さん推薦第1の天ノ川が頭上を横切っていた
    缶ビール、ワイン、夕食は下界に比べれば2~3倍になる。これが管理人さんの収入であるとのこと、避難小屋閉鎖をしないためには2~3千円の支出を恐れていけない。夕食とアルコールを担ぐ重さを軽減できるのだとは渡辺さんの言葉、PR不足だね
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08/08
    今回の山行の最大の目玉はダイクラ尾根を歩むことであった。吊橋が破壊されたり、たまたま計画した時に荒天であったり、Qさんは数回目の計画になる(TIは2回目、3回目?か)
    鼾で夜半に薄目が開いた。鼾の元を確かめると、寝る前に周りに煩いから静かにといっていたご夫婦とは皮肉、少し離れたところの女性からも大鼾が轟いていた。男女に差はない。
    主張と現実の行動に齟齬・矛盾があると気づかず過ごされていたとはすごい、敬服。TIも己がそうではないかと暗闇で考えた
    寝ている皆様に迷惑がかからぬよう本山小屋から外に出て神社前の風が弱い場所で朝食を調理し摂る。食事を終えて飯豊本山へ出発した。目前に本山、その右手にはダイクラ尾根岩稜がかなたまで下っている
    約15分で飯豊本山(2105m)に到着した。山頂には立派な山名標柱と三角点がある。山頂から本山小屋をふり返り、もちろんこれから進む本山山頂からダイクラ尾根、そして大日岳への稜線、また尾西から北に稜線をを望んだ。雲海から朝日が昇る。再び見回すと朝日に染まった尾西岳から北股岳への稜線、雪渓の向こうには大日岳に続く稜線、遠くには朝日連峰が今朝は雲の上に見える。雲海の上に朝日が登り、山が紅に染まった。特に感激がないのはダイクラ尾根の厳しさを予想しているせいか・・・
    本山からのダイクラ尾根縦走路に岩稜岩峰が出る。岩稜が終わると刈り払いのある下り登山路になる。標高点1969mを過ぎて、突然、Qさんが左手10m上に宝珠山があるという。ザックを登山路において、Qさんの後、薮を少し掻き分け灌木と岩を掴んで崩れやすい斜面を登る。ザレ斜面の上には宝珠山(約1800m)の頂上があった。 狭い山頂に石以外、標柱や山名標など何もない。雨に曝された手袋の片手をQさんが拾っただけであった。北を望むと飯豊の緑尾根続く。ホシガラスが飛んで、アキアカネが舞い、鶯の囀りが背後から聞こえる。下って来た岩稜をふり返り、前途も望む。ダイクラ尾根はまだ長い。雲海が向かいの稜線まで登ってきて谷に滝になって降りている。我々も山頂から登山路に下って出発した。暫く下ると道標「宝珠山の肩」になる。ふり返るが、ここから宝珠山の頂上に登り返すのは気力がいる。先ほどの場所に標識があればと思う。
     驚いたことに地元の男性が麓から登ってきた。「4時に出て3時間でここまで来た、いつもの通り」とおっしゃる。ダイクラ尾根は一般道かとの気持ちがさらに湧いてきた。そういえばずっと刈り払いが続いていたし・・・ 標高点1877mを過ぎてもまだまだアップダウンが続く
    ところで千本峰とはどこ?アップダウンが続くから、「そこが」とは思ったが・・・
    樹林帯に入る。休んでいたら今度は年配男性が登ってきた。やはり・・・ P1499mの西巻道を北にとる。霧が流れてきて空を覆う。巻いた後は峰まで岩壁を岩角や木の根を掴んで登る、上から男性が下ってきた。やはり・・・ 肩に出てピークでひと休みした。もちろんQさんは先行してTIを待っている。コルに下ってP1368mに登り返し、また下って岩峰に取り付く。岩壁の脇に登山路があり迷うことはない。岩峰に登ると.下って来た尾根筋を振り返ることができる。
    休場の峰(1320.7m)にはシラベ林を登りかえして到着した。どの峰がそれかと地形図と見比べていたが道標が見つかってようやく現在位置を地形図上に確認できた。このダイクラ尾根を始めて歩くのはアップダウンが数多く気苦労だ。峰から再び歩んできた尾根の起伏、そして飯豊主稜線をふり返った。飯豊本山などはもう雲の中に入ってしまっていた。キタゴヨウ、ブナ、ミズナラ混合林を下る
    長坂清水の道標がミズナラ大木の根元に立てかけてある。水場への下り口は倒木の根が隠して不明瞭であった。土埃が立つ急な斜面だが薮が払われ、鋸目がついている小木を掴んで下る。急な崖下の水場に着いたが水は枯れかけていた。水場からさらに下流までロープが伸びている。下れば水がとれるのか?ダイクラ尾根で水はまず取れないと思った方がよいようだ。Qさんも納得? 登り返してヨツバヒヨドリが咲く水場分岐をたった
    標高点926mを過ぎると路傍に池塘があった。赤く染まった溜り水が虫を浮かべている。緊急の場合使えるかもしれない。下山路にはミヤマママコナが咲き、刈り払いされたタムシバの実から赤い種がはじけていた。
    池の平(926m)を過ぎて沢音が聞こえる尾根末端近くのキタゴヨウやミズナラ大木の木陰で休憩した。時間に余裕ができた。残った餡パン3個を水で飲み下す。風が心地よい。力が湧いたところで玉川に下る。みれば上流正面に残雪がありそれに2つのトンネルが開いていた
    立派な吊橋を渡る。修復を感謝した。河原に降り、石を渡って座りやすい木陰で体に風を入れた。登山道の端には「玉川上流端」と書いた白杭が打ってあった。対岸には沢が合流した二股があり、こちらの沢の上流を振りかえると残雪のトンネルが見えた。雪崩や雪解け洪水などで吊橋が壊れる地形のようだ。登山道にはヤマアジサイが彩を添え、足下には秋の花、ヨメナ咲き始めていた。作業道らしく山道が所どころで幅を変える。大きな堰堤を右に見て林道に出た。ダイクラ尾根登山路は林道脇の細道で入り口にはヒメサユリの看板以外道標もなく、これでは林道を直進する人が出るかもしれない。温身平に向かって林道を歩む。橋を渡ると大勢の人声が聞こえてきた。森林セラピーやトレッキングをしている方たちであった。林道脇にヤチダモの大木林がある。これまでヤチダモをサワグルミと間違えてきたかもしれない。温身平に着いた
    飯豊山荘に到着して入浴する。源泉に最も近い温泉と宣伝しているが洗い場は1つで大人数には向いていない。我々の後で入ってきた数人もお互いに順番待ちをしていた。入浴後は生ビールで乾杯、食堂でバスの時間待ちをさせてもらった。
    小国駅行バスは定刻に到着した。下車した人たちの大部分は天狗平ロッジの方に登っていく。駐車場にもテントを張っていたところをみると飯豊山荘は観光客が専ら利用しているものと思われた。余裕をもって飯豊に登るには飯豊山荘に泊まったらどうだろうか
   小国駅に16:30について夕が食できるところを探すが目につく店々は17:00まで準備中とある。前回と同じく駅近くのasmo内 館商店で酎ハイを購入してお腹をだまし、米沢駅近くのラーメン屋で米沢牛ラーメンを奮発して飯豊縦走の〆にした
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    名山ピークハントに集中して駐車場泊日帰り登山していると子や孫の世代に避難小屋が消えてしまうことに気がつかなくなる。そこここに損壊した避難小屋が今でも目に着く。小屋の維持に役立つ酒や食事を購入して少しの協力をして頂けないだろうか
    登山のやり方、目的はいろいろある。Qさんの廻り道山行は意外な体験ができるので面白い。
    この山行を計画してくださったQさんには大感謝、TIには杁差から種蒔まで主稜線縦走が素晴らしいと教えてくださったことに大感謝、いつか歩きたい
    新座山の会でも同行者ができたらな・・・ まだ杁差岳から祓川まで切れ切れに残っている
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