岐阜県 飛騨 栗ケ岳1728.2m〜御前岳1816.2m
 【期日】2017年4月12日〜14日(金)

 【メンバー】CL:(Qさん)、TI (合計2名)

 【コースタイム】
 4月12日 ゲート14:12→15:25森茂(もりも)峠15:51→16:22第1鉄塔→16:54第2鉄塔→
        17:18第3鉄塔1364.5m→17:29幕営地
 4月13日 幕営地5:04→5:22P1367m→5:52P1456m→6:22P1614m6:28→7:02栗ケ岳→
        7:37標高点1706m→北側50m下って登り返す8:07→8:23雪壁5m8:23→8:56御前岳9:05→
        9:59標高点1706m→10:30栗ケ岳→10:59P1614m11:15→南尾根に迷い込む→
        11:34P1456m11:43→P1367m→12:28幕営地
 4月14日 幕営地5:29→5:36第3鉄塔→5:50第2鉄塔→6:04第1鉄塔→6:22森茂峠6:39→8:02ゲート
*
 【コメント】
御前岳は
飛騨山地のうち、岐阜県飛騨市河合町(旧、大野郡河合村)と高山市清見町(旧、清見村)との境界上の天生山地にある1等三角点百名山に選定されている山である。白山を展望できる。
昔は白山信仰により栄えたとのことで、「白山」の御前(おんまえ)にあるのが名前の由来」と聞いた。白山信仰衰退や過疎化により、いまでは森茂集落も消失して昔の登山口に至る道路や橋も崩壊し、登山道も薮に変わっているらしく1等三角点百名山のうちでは登りにくい山のひとつと言われ、多くの挑戦者にとって最後の100山目になっている。
*
Qさんは渋くて難しい山を探し、計画をたてるのがうまい。
ゲートや森茂峠から軽装日帰りを試みて栗ケ岳で挫折する登山者が多いので、残雪期に出かけて三角点1364.5mにある第三鉄塔で幕営して翌日に御前岳を往復する。軟雪、薮や難所を考慮して幕営地でもう一泊して下山する予定となった。
*
結果的には、
寒波が押し寄せてクランポンの爪がよく利く雪質となり、薮の通過も短距離ですみ、栗ヶ岳西の標高点1706m先で約5mの雪壁2か所、急斜面のシュルンド一か所の難所もピッケルとクランポンを慎重に使って通過できたせいか約7時間と予想もしなかった短さで往復できた。
*
御前岳山頂では
北西から流れてくる鉛色の雪雲が白山の頭や遠くの北アルプスを隠し、遠望がなかったのは残念であったが以前登った猿ヶ馬場山、三方崩山やその他の白山前衛の山々を見ることができた。
*
御前岳頂上で合流した75歳の大宮の方は、「前回は栗ケ岳で撤退したが今回の再挑戦で御前岳を踏破し、これで一等三角点百名山は99山目になった」と満悦であった。
*
 【記録】
 4月12日
 バスタ新宿4FでQさんと落ち合い、7:05発の高山行濃飛バスに乗車した。混雑していた釈迦堂PAを通過して境川PAに停車したことを除けば、高速バスはほぼ定刻に停車場やSAに止まって12:36に高山濃飛バスセンターに到着した。重いザックを受け取ってすぐ近くのトヨタレンタ(JRトレンタ)に入り、いつものようにQさんがレンタカーの手続きをすませた。
 高山駅前のトヨタレンタを13:20に出発してカーナビに従って清美町大谷に向かう。どうにか小鳥(おどり)川に架かる橋を渡り、左(南)に天然記念物の枝垂れ桜の古木で有名な西光寺への道を分けるとすぐに林道ゲート前に到着した。駐車場にはすでに大宮Noの自家用車が止まって先行者がいることが推察された。ゲートには関係者外の車両を通行止めにするためか、いろいろな看板が張ってあった。駐車場の外には残雪があるがゲート内の林道はすでにきれいに除雪されていた。曇り空ながら雲の切れ目には青空がのぞき、時折、日がさす。
*
 大きなザックを背負ってゲートを出発し、杉林で囲まれた除雪すみの林道を進むと約10分で雪解け水で急流になっている小鳥川支流を跨ぐ大森橋についた。落葉広葉樹林にかわった左岸の九十九折の林道を進む。谷の両岸はまだ鹿の子模様だが林道の残雪は左右にとり除かれ、道のわきにはフキノトウも顔を出していた。時折、ミソサザイの囀りも聞こえた。
*
 標高1112mの森茂峠についた。「峠手前右斜面に入口を示す赤ペンキマークがある」というので目を凝らしてきたが見つからない。尾根の端(林道の法面)の傾斜はきつく重いザックを背負って取りつく気にはならなかった。除雪堆積場入口と雪に埋もれた地蔵尊の祠を左に見て林道を南に下り、送電線を目印に尾根を回って緩斜面を探した。ヘアピンカーブ末端の杉林にある小沢を詰めることになっていよいよクランポンを履いた。
*
 小沢の緩斜面はすぐに終わり、左右が軟雪の急斜面となった。これまでと同じように傾斜に強いQさんが先頭に立ち、送電線が見える左側の斜面を杉の幼木を掴み、ピッケルを残雪に差し込んで尾根まで出た。次第に雪が締り登りやすくなる。そこで赤ペンキマークに出会い少し安堵もした。
*
 第1鉄塔1195mで休憩しているQさんに追いつく。先行者の足跡は鉄塔の東側の斜面から登ってきていた。尾根筋を登るにつれて先行者とQさんの足跡の先に峰々が顔を出してきた。小木に古い黄色のビニールテープが巻きつけてあった。巻いた方が歩かれたのはいつの季節か、この辺りはもうブナ帯である。第2鉄塔からは東に猪臥山(右奥は乗鞍岳?)が雲の下に見えた。次第に冷たい北西の風が吹き始めて指先がかじかんできた。広い雪尾根筋になり第3鉄塔と1364.5mの峰についた。北東の鉄塔の下に先行者の赤色のテントがある。予想していたのとは異なり、鉄塔は斜面に立っていた。寒い風を避けられる幕営適地を探して西へ10分弱進んでようやく平坦地を見つけた(なお復路で鉄塔南西近くの林の中に適地を見出した。「先行者のテントに目を奪われてそちらを見なかったたせいだ」とはQさんの弁である)。
 寒風がテントやフライをあおり、かじかんでいたむ指先でそれらをどうにか抑えて設営してテントにもぐりこんだ。風を遮った内部は極楽である。
*
 4月13日
 夜半から風が枝を鳴らし、雲間に輝く皓々たる満月がテントの中まで明るくするが寒気のせいでフライの内側にも霜が降りていた。外をのぞくと薄明の下、第3鉄塔が木々の上に立ち、その先の東天になびく雲が日の出を遅らせていた。雪は冷え固まってクランポンの歯がよく利き足が沈まない絶好の雪質になっていた。アタックザックを背負い、幕営地を出発した。残雪の上に薄いお化粧雪がある。昨夜の風が運んだらしい。
 ブナ林の尾根を伝ってゆく。細尾根から次第に広い尾根になる。ようやく5:35に朝日が雪尾根や空に浮かぶ雲を染めてきた。P1456mを越え、平坦な斜面をひと下りして登り返す急傾斜の尾根と先に続くP1614mの雪面は朝日の輝いていた。「立派なP1614mがなぜ無名なのか」とQさんはひどく憤慨していた。P1614mは顕著な尾根分岐であるので帰りは用心だ。小休止して登り返すと崩れた雪庇の先には笹薮があった。雪堤をたどると笹薮に入らずに尾根を登り、栗ケ岳頂上に出ることができた。頂上は平坦で笹薮が北西風を遮っていた。
*
 
 栗ケ岳の最高峰から北東に下り、アップダウンを繰り返す。それぞれのピークから御前岳に続く尾根筋とその先に白銀に輝く山々が見えた。風よけの笹薮裏で小休止した後、標高点1706mに着いた。南北(左右)が落ち込む細尾根で西(御前岳方向)には薮崖・雪壁、Qさんは北側を水平近くトラバースすることを選んだが、怖がりのTIは北急傾斜雪面を50m下ってクランポン前爪とピッケルで登り返すことを選んだ。途中で見上げれば先行者(今朝は後発)が南側をスタスタと通過中であった。なんたること、30分の無駄であった。Qさんに追いつく。再び身長を超す約5mの雪壁の上に出た。これはもうだめだとTIはあきらめたがQさんはピッケルを打ち込んで後ろ向き、クランポンの前爪を立ててルートを作って下っていった。感謝してTIも追いかける。北西風が霰や小雪を運んできた。急傾斜の雪面を登ると三つの峰が並ぶ山稜になった。最奥が御前岳である。
*
  御前岳の最高所は薮、三角点は雪の下、すこし北に下った小木に山名板が括り付けてあった。もちろん板に書かれた文字は消え失せている。御前岳登頂記念に白山を背景に先着していたQさんに写真を撮ってもらった。遅れて登ってきた大宮の方と会う。「75歳だ」と、「一等点100名山の99番目、2回目で到達」とのこと、お互いに記念写真を撮影しあった。雪風が吹いて寒い。残念なのは雪雲と霞で展望がかぎられたことだ。御前岳に続く尾根筋、三角錐の籾糠山のや猿ヶ馬場(さるがばんば)、白山前衛の山、白山の一部などは見えたが、北アルプスや乗鞍岳、木曽御嶽山などは雲の中であった。
*
 強くはないが小雪を運ぶ冷たい北西の風に追われて御前岳主峰を下って風よけができる東端の峰の薮陰で休憩した。昨夜から降り続く新雪で笹の葉は白くお化粧していた。往路で苦労した難所2か所もピッケルとクランポンの前爪を使って登り切り、標高点1706mの東のピークで一休みした。
*
 難所を越えた後の栗ケ岳からは往路の踏み跡をたどる気楽な下山となった。そのせいで先行者の足跡を辿ってP1614mから南の尾根に入ってしまった。踏み跡は東尾根に続き、北側の谷を越えて再び境界尾根に戻っていた。振り返ると往路で目印にした岩々は東斜面にあり、ピークからは全く見えない。平坦で広い尾根が多いので要所ではコンパスを活用すべきであった。P1456mも尾根が分岐しているが細いのでルート確認が容易である。ブナ林の雪尾根を辿る。今朝から何度も見たカモシカの足跡を再び横切り、並行すると目前にテントがあった。正午の太陽で温められたテントの中は初夏のようである。
*
 4月14日
 風もおさまった分だけ体感温度が高い。しかも雪質はクランポン歩きに最適、ザックも食料分だけ軽い。緩斜面下山の気分は最高だった。第3鉄塔のテント場はすでに空で大宮の方は早めに下山されたに違いない。「次は願教寺山へ」とQさんが昨日聞いていた。第2鉄塔も過ぎ、第1鉄塔についた。森茂峠の取りつきを確かめるために大宮の方の足跡をトレースする。広葉樹林に入ると急降下もあったがコルまでトントンと進んだ。コルから左手(東)目前に林道が見えた。足跡は尾根を南に登っているので追跡してみたが小さなコブの手前で東の斜面と南のピーク越しの二手に分かれていた。我々は南へ進む。小さなコブからは急斜面が林道につながり末端は林道法面だろうか身長より高い崖になっていた。小木や細枝を支えにどうにか林道に立つことができた。その地点は除雪基地入口の前で、小さな中部電力鉄塔巡視標あった。雪の下にもしかしたらへ階段か梯子があるのかもしれない。
 クランポンとスノースパッツを外し、使わなかった輪カンと取りまとめてザックに収めた。下山地点から林道を少し下った地点で尾根から下ってきた足跡を見つけた。コルから林道につながる浅い谷より南側であった。さて森茂峠のどこが取りつきによいのだろうか?
 昨夜からの冷気で雪解け水が舗装道路上で凍って朝日を反射して輝いていた。滑るので歩を選んで林道を下る。大森橋の東で荷台に軽油を積んだ軽トラとすれ違い挨拶をした。除雪末端で林業作業でもなさるのだろうか。
 無事にゲート前駐車場に帰着してザックを車に搭載し、一息ついた。
*
 御前岳登頂のご褒美に西光寺の枝垂れ桜を見に行った。まだ芽が固い。桜守の方(住職?)からガイドを受ける。「この古木は今年も大雪で大枝が折れた。周りの並木の枝垂れ桜は古木の子供たち。4/14高山祭りと4/20古川祭りが過ぎてこの桜が咲くのは例年4/25過ぎ、時には5月連休のころも」とのことであった。
 西光寺はまだ雪囲い、その下に残雪が溜まっていた。もう一つの推奨のフクジュソウ園も残雪の下だったが寺の山門前に小さなフクジュソウ株が開花し、数輪のイチゲもが8:50蕾を開きかけていた。
*
※山行インデックスのページに戻る。
※サムネイルをクリックすると、拡大写真のページを開きます