【07月25日】【雌阿寒岳】
【移動、アプローチ&登山記録】
【移動タイム】
7/23(土) 朝霞12:05→15:10大洗港フェリーターミナル18:30→
7/24(日) 13:30苫小牧港フェリーターミナル14:00→18:15足寄 大阪屋食堂
【コースタイム】 7/25(月)雌阿寒岳
登山口駐車場05:57→05:59雌阿寒岳登山口→06:18一合目06:21→6:31二合目→06:41三合目→7:00四合目→
→7:125合目休憩07:18→07:24休憩→7:33六合目→七合目07:39→8合目着7:52休憩07:54→九合目08:07→
→8:14休憩08:16→8:20雌阿寒岳8:25→08:27阿寒温泉分岐→08:30(地形図上の分岐点)→8:40阿寒富士八合目分岐→
→8:48分岐→9:21阿寒富士9:24→9:41阿寒富士分岐休憩食事10:01→七合目(雌阿寒岳八合目からの道と合流)10:12→
→10:17休憩10:19→10:21六合目→10:405合目→観測舎10:45→10:57四合目→11:07三合目休憩11:11→
→電柱→11:20二合目→11:291合目→11:32カウンター→11:37オンネトー登山口→11:40オンネトー野営場昼食11:49→
→オンネトー岸→12:02分岐(雌阿寒温泉コースへ)→12:38雌阿寒登山口
【入浴、移動タイム】
7/25(月)雌阿寒登山口→野中温泉13:36→16:37清岳荘
20110723〜31北海道に戻ります
【記録】
【移動記録】
【07月23日】
  100名山残り僅かのISリーダーと100名山踏破済みのYSさんが計画中の道東の100名山プラス樽前山山行に、「そろそろ100名山巡りの年になったかな」というTIと「北海道の山は始めて」というNKさんとが加わった。当初、本州が梅雨の06月末でとの声もあったが残雪が心配とのことで07月末の山行に決まった。03月11日の東北大震災で就航中止になっていた大洗〜苫小牧間のフェリーが再開されたというグッドニュースも束の間、迷走台風6号が関東から北海道の東岸沖をノロノロ北上中ということで、7月20日に「予定の7月22日フェリーは欠航」となったが、ISリーダーの素早い替え予約で23日夕方便に乗れることになった。
  台風の余波を心配しながら、23日にISリーダーの自家用車が朝霞、志木、新座と回って参加者をピックアップ、和光北ICから外環道、常磐道と進む。水戸大洗IC近くになると屋根をブルーシートで覆った家が数を増し、道路の舗装も波打っているのを感じた。03月11日の東北大震災の被害は大洗でも甚大だったのだ。早めに大洗港フェリーターミナルの駐車場に入ったが、もう第3列ほど自家用車が並んでいる。
  待合室へ向かい、乗船申込書に必要事項を記入して順番を待ち、ISリーダーがWEB予約番号申告、車検証など提出、我々の年齢確認後、乗船券などを渡された。全員60歳オーバーのプラチナ割引だ。乗船予定の「さんふらわあさっぽろ」は総トン数13654tの大型船で大洗〜苫小牧間約750kmを約19時間かけて航海してゆく。運転のISリーダーは車で、同乗者の三人は徒歩で、と別れて乗船し、第6甲板エコノミー356室で合流した。部屋には自家用車の数から予期したほどの人数は詰め込まれていず、しかも寝床指定で楽々と足を伸ばされるようである。
  予定の時刻通りに「さんふらわあさっぽろ」は大洗港を出て、東北沖に居座っている台風6号が変わった温帯低気圧のうねりを感じさせながら北上していった。曇り空ではあるが雨風はない。入浴後、356室近くのテーブルスペースで明日からの好天を祈って全員で乾杯した。
【07月24日】
  昨夜は揺れも無く、部屋も静粛、空調が効いているのか暖かであった。寝具を整理して、まず入浴、登山モードに着替えて昨夜のテーブルスペースで朝食、部屋に帰ってNKさん持参の花の百名山(朝日新聞社刊)を拝見した。正午近くになってロビーでアナログテレビを見ると「本日12:00でアナログ放送終了」と記念すべき日であること教えてくれた。
  苫小牧到着時刻13:30に近付いたので船内放送が頻繁になる。上部外部甲板に出てみる樽前山方向から苫小牧 の上には青空も見える。昨日の予報では「13:00、苫小牧は雨」だったのに幸運だ。356室に帰り、荷物を纏めてCデッキロビー前にヘ、「同乗者も車で下船」との放送に従ってDデッキヘ、第4甲板D-7にISリーダーの自家用車が見当たらなくて慌てたがちゃんと間近にあった。ISリーダーいわく、「目印のトラックが移動していた」とのこと。 
  曇ながら陽射しがある苫小牧港フェリーターミナルから少し走って苫東中央ICで高速道に入った。曲がり間違えて日高道に入り、「ここから幌尻岳に入った」などと言いながら、R237平取経由で道東自動車道に乗って足寄ICに着いた。コンビニで明日の朝食、昼食を仕入れ、郵便局近くの大阪屋食堂に到着した。空は曇ながら夕焼けで明日の好天が期待できる。今夜の宿の大阪屋食堂(0156-25-2562)は夕食すると宿泊無料となるという面白いライダーハウスであった。
  2階左の一部屋に部屋割りをしてもらって一階食堂で自慢の味噌味ジンギスカン+ライス¥800を肴に生ビール(ジョッキ)¥500、焼酎\300で乾杯をする。ご主人は体が不自由な様子であったが、元気な女将さんの「大阪屋の歴史」を聞く。「大阪屋は先代が大阪出身、女将さんたちは2代目、それからすでに50年、壁の写真のように移転前は足寄駅前にあった。経済誌ダイヤモンドなどでも紹介されている」とおっしゃる。その世界ではなかなか有名らしく、続々とライダーが到着し、2階右の部屋に入って行く。
  明日の起床04:00という事で早めに2階左部屋へ入り、寝袋を広げて寝に着いた。
【アプローチ記録】
【07月25日】
  夜半から強い雷雨がトタン屋根を叩き、近くで雷鳴・電光が続く。4時頃にようやく雨が上がり、空は美しい朝焼けになった。畳の上とは言え、寝袋だけでなくエアマット・空気枕を準備しておいたらもっと寝やすかったと思いつつ、階段を下る。外に出てみると大阪屋の裏には民家と畑が続き、すぐ裏の温室にはズッキーニが開花し、畑の周りは夏の花々が咲き誇っていた。
  軽い朝食を済ませ、食堂で湯と水を頂いて車に乗り込む。かって体験したプレハブライダーハウスより宿泊代無料でも大阪屋食堂は数等快適、お元気で長く続けて欲しい。雷雨は止んだがまだ底が黒い積乱雲が上空を覆っている。雌阿寒岳の方はどうだろうか。
  大阪屋食堂を出発して水溜りがあるR241を進む。螺湾に入ると道が乾いているのに驚き、山から霧が昇っているのに喜んだ。オンネトー分岐を曲がり、道道R664を約4km進む。雌阿寒温泉の前の道標に従って公衆駐車場をさがす。見つからず、引き返して雌阿寒温泉の野中温泉別館(旧国民宿舎)横の車に並んで駐車した。
  谷間にある雌阿寒温泉の周囲はトドマツ・エゾマツなどの針葉樹林でなるほど熊がいそうな雰囲気であった。
【山行記録】
【07月25日】
  台風6号が残して行った薄曇の朝空の下、雌阿寒温泉登山口駐車場から舗装道路を戻って右手のエゾマツ大木の森に入る小道に立つ。入口には水道、暗い森の奥に雌阿寒岳登山口を示す道標、登山者名簿入、エゾアカマツ純林、火山ガス・熊・盗難注意などとりどりの看板が立つ。
  登山届を書いて緩い登りの登山路に入った。林床には羊歯や潅木の他に、花が終わったゴゼンタチバナ、マイヅルソウや実を結んだギンリョウソウが生えている。 目当てのアリドオシランの群落にはすぐに会えた。小枝の動きに目をやるとシマリスがお迎えに出てきてくれている。 針葉樹の根が出た徒歩道を熊鈴を響かせながら急登する。珍しいカラフトトドマツの群落があるというがどれだか分からない。崩落した登山路の代わりに沢から離れて新設された道ヘは目印テープと誘導ロープが完備しているので迷うことは無い。
  一合目で上着を一枚脱ぎ、暑さに備える。二合目はまだ針葉樹林帯、休憩中の女性2人連れに追いついた。登るにつれてトドマツ帯樹林が低くなりハイマツが混じる。三合目になると路傍にはコケモモ、ツガザクラが目に付くようになり、トドマツ帯が終わり、ハイマツ帯に代わる。ガレ手前で再び、山ガール2人組を追い越す。本日までに道東の色々な山を登って来たので足がパンパンでゆっくり登ると言っている。男性1人下ってきた。頂上に雲は無いとのこと、展望が期待できる。大きな沢を過ぎると四合目になる。雌阿寒岳や知床半島に分布するメアカンフスマや北海道名物のイワブクロの群落がでてきた。見下ろせば森の中にオンネトーが光る。5合目をすぎ、休み休みながら上を目指す。
  六合目には結実したガンコウラン、七合目でメアカンキンバイ、ヒメイワタデ、イワシモツケに会う。ようやく阿寒湖も見えてきた。八合目に近付くとオンネトーがどこかに隠れ、九合目で緑が消えて火山ガスが匂う。ここから登山路は火山性の岩と噴石のザレの火口縁につけてある。火口を覗くと、底に赤沼、火口壁に何箇所かの噴気孔があり、火口の上の空をアマツバメが数羽旋回していた。火口壁の外を見ると左手には白い斜面の噴気の向こうに剣ケ峰、阿寒湖、雄阿寒岳と広がっている。もう一方の右正面には火口のすぐ先に円錐台に似た阿寒富士が聳えている。
  雌阿寒岳山頂に到着した。コンクリート台側面に「雌阿寒岳頂上」と山頂標が填めてあった。展望を楽しんだ後、青沼と噴気の白煙が立つもうひとつの火口の縁を回り、阿寒富士に向かう。阿寒湖温泉分岐(道標地点)からは東に火口外側に広がる斜面とそれに繋がる噴気原・火口、剣ケ峰に向かう細い登山路が見える。地形図上の分岐点はこの先5分のところであった。阿寒富士の斜面のジグザグ道を登る4人連れの姿が見えた。
  八合目阿寒富士分岐は雌阿寒岳からコルに下りきっていない地点にあった。阿寒富士から下ってきたら登り返しかと重い気分になった。下るにつれて緑の草や潅木が生えてくる。ハイマツやイワブクロ、メアカンフスマが散らばる斜面に、少し花時が過ぎたコマクサのピンクがチラホラ見えてきた。コルまで下るとハイマツの中に分岐を示す道標が立っていた。「登り返し必要なし」と気持ちも軽くザレ急斜面についたジグザグ道に取り付く。途中で下ってきた4人連れとすれ違い、挨拶を交わした。
  曇空で幾分強めの風が通る阿寒富士(1475.8m)の頂上部は細長い平坦地になっており、三角点白柱、山頂標が立つ。 すこし歩くとコマクサの群生地があった。そこから雌阿寒岳の方をみると阿寒湖と雄阿寒岳、その先にも緑の山々が連なっていた。
  体が冷えてきたので頂上を去り、ザレ道を下る。下りは早い。ジグザグの途中で登ってきたグループに会う。隠れた人気の山と再認識した。コルを見下ろすと先に下った四人が雌阿寒岳とオンネトーに分かれて移動していた。別々のグループが偶然、集まって行動をしたのだろうか。雌阿寒周回コースの人気が高いと分かる。そうとすれば、あの女二人連れの姿がみえないのはなぜ? つまらぬことを考えるうちに阿寒富士分岐に着いて、ハイマツに囲まれた空き地で早めの食事をとった。
  食後、イワブクロやコマクサなどに戯れる蜂や蝶を残してオンネトーへ下る。左に聳える阿寒富士の暗褐色急斜面が壮観だ。七合目に着くと、ここが雌阿寒岳八合目からの道と合流する地点であることが道標から分かった。ハイマツの下を潜り、六合目を過ぎると森林帯になる。林床にはイチヤクソウの仲間が多い(イチヤクソウ、コバノイチヤクソウ、ジンヨウイチヤクソウ、コイチヤクソウ、もしかしたらカラフトイチヤクソウもあったのかもとは独り言)。背の高さにはハクサンシャクナゲの残り花が何度も目に付いた。
  5合目に着くと右手の林の中になにやら不思議な建物があり、人工的な音が聞こえた。近寄ってみると看板に観測舎とある。四合目、三合目、二合目、一合目と林の中を新座山の会の速度で歩き下り、木段を降りてカウンターの前を過ぎた。狭い登山道が広い徒歩道に代わると巨大な登山口標柱の立つオンネトー雌阿寒岳登山口に下り着いた。広い車道を歩いてオンネトー野営場に向かう。管理棟裏のベンチで休憩した。夏休みになったというのにオンネトー野営場は休業中なのか人声も無く、カラスの幼鳥が親の運ぶ餌を催促して騒ぐだけであった。開放されているトイレも綺麗、「勿体無い、ここで新座山の会で合宿したら」とYSさんは言う。
  改めて昼食をとった後、ヤチブキが茂る沢に架かる橋を渡ってオンネトー(周囲4km、水深10m、螺湾川上流)の岸に着いているオンネトー遊歩道を歩む。我々に驚いたのか葦原に水鳥の雛の群れが逃げ込んだ。対岸から家族連れがこちらを見ている。
  林中の分岐を雌阿寒温泉コースへ曲がる。道標も「雌阿寒温泉1.6km」などと記され、踏み跡もはっきりと邪魔をする薮もない。「15〜20年生のアカエゾマツ純林」との看板と聳え立つエゾマツとを見比べ、沢筋を登って乾いた林の中へ入った。峠を下って木道に入ると目の前に雌阿寒温泉宿の赤屋根が見え、温泉特有の硫化水素臭が強くなった。ノコギリソウにヒオドシやギンボシヒョウモンが留まって蜜を吸っている広場に出るとそこが雌阿寒登山口駐車場であった。
  今朝出発した野中温泉別館は駐車場を横切った先であった。
【入浴・移動記録】
【07月25日】
  下山後、ISリーダーが野中温泉の受付に料金などを尋ねに行って、「入浴料¥200だがタオル・シャンプーなし、シャンプーは\30で販売中」と聞いてきた。タオル・シャンプーは持参しているので即全員入浴することにした。男女別の広い浴槽には硫黄系源泉の湯が流れっぱなし、窓から蝶や蜻蛉が自由に入って出て行く全くの天然温泉であった。我々2人だけの貸し切りで満足、満足。
  熱めの湯で火照った体を微風で十分に冷やした後、雌阿寒温泉から斜里岳登山口の清岳荘に向けて出発した。道道R664をオンネトー分岐で曲がって国道R241に、足寄町から釧路市に入ってR240から阿寒湖温泉を抜け、法面がフランス菊で白く染まるR241阿寒湖横断道路は双湖台、双岳台を脇目に走って弟子屈町に入る。27日テント泊予定の道の駅摩周温泉を見てR243、サイレージが転がる牧場、麦秋、開花したジャガイモ畑、ビートの緑、そして針葉樹林を見ながら西1号、R391を野上峠に、小清水町を通って清里町に入った。
  パパスランドさっつるを過ぎ、再び、麦畑、ジャガイモ畑の中を、南23号などを通って「清岳荘7.9km」という看板までナビに従って到着した。犬の散歩をされていた方に道を確かめる。「林道を道なりに8km進むと清岳荘」と教えていただいた。
  砂利道に「300m先清岳荘」道標が出てきて左折する。と、突然、広い舗装道路に代わり、曲がった坂を登っていくと広い駐車場の先に真新しいログキャビン風の清岳荘が現れた。小雨が降り始めたので急いで玄関先に向かう。階段下で管理人がユニホーム姿の三人にお礼の言葉を繰り返していた。二階に登り、宿泊手続きを待つ。
  清岳荘(0152-25-4111(観光協会))は平成16年に新築されたそうだ。「部屋は2階、宿泊される方の大部分と同室、夕食は一階キチンで」とのことであった。続けて「先ほどは遭難騒ぎで警察官3人に挨拶中で失礼しました」とは管理人さんの言葉であった。寝袋などを広げて場所を確保した後、キチンに降りて同宿男性グループと共に湯を沸かす。今日の夕食は清里町のコンビニで仕入れた弁当と乾杯のお酒である。窓を通して外を見ると、曇ながらの夕焼けと斜里の灯火が調和して美しかった。
  本日も早めに就寝、フクロウの声、管理人はアオバトと言うが。