【山行記録】 
2月09日
第1日: ニャカレンギジャ(1615m) - ニャビタバ(2651m)
 
 下山後回収する荷物をマルガレータホテルのフロントに預け、全員のポーター用荷物とバックパックを積み込んでハムさんの車でジョエルさんとカセセに下る。カセセでコックのロバーツさんとロバーツさんの荷物(食料など)を積み込んでフォートポータルに向かう舗装国道を4㎞進んだところで左の未舗装道に入る。ムブク川に架かる橋を過ぎて、左右のバナナ・コーヒ畑やマンゴーなどの木に囲まれた農家、商店、ロッジや見ながら悪路に体を揺すられながら谷の奥にすすむ。揺れる車の窓から見る看板、標識などから判断するにバコンジョ人が住むイバンダ村のニャカレンギジャという場所まで来たらしい。
 
 何軒もある建物のうち、最も人が屯している右側の門を開けてもらって広い庭に車が入った。「到着、ここで降りてください」という指示に従って車から降りてジョエルさんが示す秤までポーター用荷物を運ぶ。ジョエルさんにポーター用荷物の秤量立会いを任せる。ルエンゾリマウンテニアリングサービス(RMS)の係員の計量値20㎏、13㎏、12㎏と書いた紙を示してジョエルさんは、「12.5㎏を超過した計7.5㎏のポーター1人分の料金($110)を負担しろと言う。「我々はDDWに(PAを通じて)登山者1人当たり、ポーター4人分の料金を支払った。料金はPAと交渉してくれ」とジョエルさんに言って、MYさんはPAの交渉窓口(ベンさん)に渡すメモを書いてハムさんに渡す(RMSのパッケージ料金には登山者1人当たり25㎏すなわちポーター2人分(賃金、食料込み)が含まれている)。見回すと庭の奥でカーキ色の制服を着た人達が集まって朝礼訓示を受けていた。
 
 係員の案内で事務所に入って入山届を書式にしたがってノートに記入する。その間、ジョエルさんは女性係員に書類を見せている。入山料やガイド、ポーター雇用料金の支払領収書のようだ。先客のウガンダ在住ドイツ系男女と並んでソファに座っていると制服を着た人が何人か入ってきて隣に座る。書類を検査していた女性係員が出てきておもむろにソファの前の地図を差しながらセントラルサーキットのコースの説明を始めた。日本で聞いた話と違って麓からエレナ ハットまで、至るところボグ(泥濘、湿地)だらけでゴム長靴以外は駄目らしい。「飲み水も2番目の沢以外そのままでは飲むな」という。「ブジュク谷~ムブク谷を周回するセントラルコースのトレッキングは6泊7日、マルゲリータ峰を登頂するには更に1日を追加する(7泊8日ということ)。頑張ってね」といって説明を終え、「この2人があなた達のガイドです」と紹介してくれた。制服の2人はアロージャスとジョセファと自己紹介して、まず「レンタルする道具はないか」、「マルガリータの他の峰には登らないのか」と聞いてきた。「あれ!ジョエルさんやPAから事前の連絡は無かったのだろうか」と思ったがジョエルさんに言ったように、「他の峰には登る計画はない。ロープ以外は持参した」と伝えて、2人に準備を頼んで事務所の外に出た(マルガレータと対になっているアレクサンドラを追加するとパッケージに追加$120)。

 後で分かったことだが、ここはルエンゾリマウンテニアリングサービス(RMS)のニャカレンギジャ登山口事務所で、ルエンゾリ山地公園のニャカレンギジャ事務所(RMNP)はまだ先であった。RMSは1987年にトレッカーや登山者の運輸支援を始め、ウガンダ野生生物局(UAW)の認可を受けてセントラルサーキットのトレッキングサービスをおこなえる唯一の団体で、ボコンジョ人の非政府組織(NGO)だそうだ。RMNPもRMSも事務所を開いているのはなぜか月、水、金曜日だけだという(従って出発の日は月、水、金曜日に限られる)。ジョエルさんとロバーツさんの会社はレインフォレスト アンド コミュニティ ツアー(RCT)と言う会社で、ルエンゾリ山地ではニャカレンギジャ(ボコンジョ人の)集落歩きや森歩きを案内する。だからジョエルさんはセントラルサーキットのガイドはできないということだ。我々はルエンゾリ山地のマルガレータ峰に登るために、DDW―PA-RCT-RMSと随分、旅行会社の下請けを重ねた(多分コミッションも余分に取られたかも)ことになっていたと始めて気がついた。
 
 荷物を纏め、ポーターに指図をしていたコックのロバーツさんは「ジョエルさんは用事があるので、後でポーターと追っかけてくる」と言う。そう言えばジョエルさんは登山道具を持たず、平地の服装で町歩きの革靴を履いていた。カンパラに帰るハム運転手に、PAのベンさんヘメモを渡すことと迎えを確実にと言付けて(チップを渡して)お別れし、入口の門を開いてもらって外に出た。外には多数のボコンジョの人達が臨時ポーターの職を求めて声が掛かるのを待っている。「そう言えば我々はポーター全員と顔合わせすることなしに出発することになってしまった」とふと不安になった。 細い天然木の杖を持ったジョセファさんを先頭にムブク川西岸に沿って緩やかに赤土の登山路を登る。我々3人のうち、二人はダブル、私はシングルストックを突き、行き交うボコンジョの人たちに挨拶しながら、民家、発電所用水路、用水地、アシ(ガイドは葦といったが穂はまるでエノコログサ)で囲った畑、ロッジやキャンプ地の脇を抜け、公園入口事務所に向う。赤道直下の太陽が照り付けて辛い登りだと聞いてきたが曇り空と茂った草木の影のせいで心地よい。風が無くすこし湿度が高いのが気にかかる。約45分掛って茅葺民家の姿を真似たルエンゾリ山地公園入口事務所の建物前の広場に着いた。 
 
 広場にある木陰のベンチで休んでいたボコンジョの男女に挨拶してガイドは我々を公園係官の前に連れて行き、書類を提出した。入園料(単価:海外国籍の非居住者1日/泊 $30、RMSのトレッキング/登山パッケージ$990に含まれる)支払い領収書なのだろうか。公園係官の書類検査後、RMSと同じく、指示されるままに各自、入山届を所定のフォームでノートの前の行を参考にしながら記入した。山行目的の項目にはマルガレータとかトレッキングとか書いてあるがこの数日は圧倒的にマルガレータが多い。見ると何日か前にクロダさんという日本人がマルガレータと書いていた。全員記入を済ませ、係官に「下山したらまた」と挨拶をしてまた外に出る。再びジョセファさんを先頭に一列になって歩きよい土道を登って行った。 少し歩いたところに3枚の看板がぶら下がった門がある。「ここが公園入口ゲートで、この先が国立公園の区域です。
 まず公園の概要と規則を説明します」と言ってアロージャスさんの講義が始まった。興味があったのはルエンゾリ山地が植生によって5つ、すなわち標高1000-2000m草地(サバンナ)耕地や牧場、2000-3000m 山岳森林、2500-3500m 竹林/ミムロプシス帯、3000-4000m ヘザー(ヒース)/ラオアナネア帯、4000-4500mアフロ-アルプス草原帯に分けられていることであった。もちろん4500-5109mは岩と雪氷の世界で植生はない。
 
 一通り看板の裏表を使った説明の後、いよいよ低地赤道雲霧林の中をムブク谷へ下っていく。道は細くなってようやく登山道らしくなった。インペイシェンス、野生のバナナ、色々な蔓植物にブラックベリー、三角カメレオンに行列蟻などルエンゾリらしい動植物を楽しみながらムブク川の岸まで降りた。川の水はフミン酸のためか薄く醤油色に染まり岩にぶつかって白い泡を立てている。そこから登山路はムブク川から離れて左の山腹を縫って小さな木橋に着くまで雲霧林の中を通る。橋を渡って木の階段を登り、緩やかな傾斜の尾根を進んで行った。「この辺りは森林アフリカ象が住んでいる。密猟者が一頭(?)殺したので最近、姿を見せることは無くなった。だけど象がいる証拠に藪の中に糞や通り道を見つける事ができる」とガイドが2人して説明してくれた。パンフレットによれば「過去何年にもわたる密猟のせいでこの辺りの森林アフリカ象は人を襲うことがある。ガイドと レンジャーは森林アフリカ象を素早く見つける訓練をうけているのでいれば登山者の安全を確保するようにします」とあった。
 
 森林アフリカ象の縄張りの切れ目というマホマ橋を渡ってシダ(大型のワラビ羊歯)の原を登るとベンチを設置したランチプレースがある。我々も休憩がてら出発時に貰ったランチボックスを開いて昼食とした。生活習慣の違いか、ガイドは我々のような昼食をとらず、川で汲んだ水とクッキーだけで過ごすようだ。MYさんとHTさんが食べきれないランチを渡すと喜んで平らげた。 昼食を終え、今度は急な斜面を登る。広い谷のこちらから向こうの斜面まで木々は本当に雲霧林らしく高く、大きく枝葉を広げている。ガイドが「あそこにブルーモンキー」といって指をさす。枝から枝へ黒いもの何匹も跳んでようやく居場所が分かった。ゆっくりゆっくり歩いて登っていると、「チンプが吼えあって合図を交わしている」と言って谷の向こうを見つめだした。テレビで聞いたことのある声が何箇所からか聞こえ初め、暫く鳴きあって移動していたが静かになってしまう。「見えたか」と聞くと、「ノー」、頭の良いチンパンジーに会えるのはよほどの幸運が無ければ無理らしかった。
 
 このコースの要所には階段、橋、ベンチがあり、疲れた登山者のことを良く考えてある。森が切れて陽射しの良い道では両側にワラビ羊歯が増え、時には草原となっていた。「食べられるか」と聞くと「フライにして食べることもある」という。若芽を折った跡が随所にあったが踏みつけたからなのだろうか?もちろん登山者は国立公園内で如何なる物も採取したり持ち出したりしてはならない。 高度を稼ぐに連れ、木の枝にもサルオガゼや懸垂性の杉蘚類が時には玉のようになって着いてきた。尾根が近くなると広葉樹も幹が細くなり太陽を求めてひょろひょろと高く伸び、木々の根元の藪もどんどん薄くなる。そんな尾根筋を歩いて行くと苔が生えた岩の向こうの木立の間に何軒もの緑色に塗った小屋が見えてきた。「ニャビタバ キャンプに到着」と言ってガイド2人が我々3人に握手を求める。
 
 岩の後にある最初の小屋が登山者用で広場を挟んでキッチン、その向こうにガイド・ポーターの小屋がある。登山者用小屋は前後に壁で2分割され、それぞれに入口があった。表側の半分には既にドイツ人男女の他何人かの欧米人が入っていたので、裏の半分を我々3人で使うことにした。中に入ると電灯はないものの2段ベッドが3つ、ベッドには厚いウレタンマットと枕まで備わっていた。入口の外にはテーブルがあり、すぐにロバーツさんがテーブルクロスを敷いて熱い紅茶とクッキーなどの準備をしてくれていた。小屋から見て広場の左にはトイレが2つ、キッチンの向こうには水道(マホマ湖の生水)、そして冷水だがシャワールームまである。ガイドが携帯電話を握ってうろうろしているところをみるとポーター・ガイド小屋の奥のアンテナは携帯電話用なのかもしれない。バックパックのアルコール温度計を見るとこの高さ、この時刻で気温は16℃もあった。ところでコックのロバーツさんは何時、我々を追い抜いたのだろうか?
 
 ロバーツさんが夕食を運んできて、「ジョエルさんがマラリアで発熱して下山した。ポーターも一人付き添って行った」という。「それではチーフガイドの代理は」と聞くと、「アロージャス」という。こんどはアロージャスさんとジョスアさんが加わって来て、「何泊何日の日程か?」と我々に尋ねた。MYさんが日程表を出してジョエルさんと確認しあったように、「9泊10日、DDWからこのようにエレナ ハット1泊とキタンダラ ハット1泊追加した日程を受け取っている」と答えた。3人は「RMNPは7泊8日しか認めない」、「食料は7泊8日分(パッケージに含まれないが追加料金6泊7日で$140と思われる)しかない」、「ジョエルさんに連絡が取れない」とか口々に言う。結局、我々も「8泊9日でそのうちエレナ ハット2泊、残り1泊はガイユーマン ハットでジョエルさんと連絡を取って決める」ということで登山を続けることにしたが、エレナ ハット2泊にガイド、コックの明確な合意はなかった。ジョセファさんはポソっと小声で、「ジョエルは金勘定ばかりしている」と言うし、MYさんは「ジョエルは逃げた」と言う。どうもエンテベ空港からの不安が的中してしまったことになった。

 
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