| 【山行記録】 2月10日 |
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| 第2日: ニャビタバ(2651m) - ジョンマッテ(3505m) 朝食の時頼んでいた湯冷ましをロバートさんから貰ってニャビタ ハットを出発した。夏山の服装だが今日からバードウォッチング用ゴム長靴に履き替えて泥濘(ボグ)の続く登山路を登ることになる。ゴム長靴は足首の固定ができないので捻挫しやすいと言って日本の登山では忌避されてきた。ゴム長靴党の知人は指で数えるほどしかいない。ゴム長靴で秋田の高松岳を一日中歩いたのは42年も前のことだから少々不安だ。足の裏から道の凹凸が軽登山靴よりはっきり伝わってきた。 ひょろ長い木々の生えたニャビタ尾根稜線を水道管に沿って分岐まで数百m歩く。ここにも看板があってセントラルサーキットの地図が彫って彩色してあった。直進するとマホマ湖あるいは下山後泊まる予定のムブク川渓谷のガイユーマンキャンプに通じている。 我々は右に曲がって細い登山路をムブク川渓谷に下る。慣れるとゴム長靴でも段差や岩のある道を下れるものだと安心した。下り終わったらムブク川を新しいカーツ-シェファー橋(2600m)で渡る。吊橋だが幅広く、少し跳ねたりする位では揺れもしない。 直ぐ上流がムブク川とブジュク川の合流点でブジュク川渓谷に入る。「ここからは第2ゾーンの竹林/ミムロプシス帯が始まる」アロージャスさんが背中の方から教えてくれた。竹林の中は泥濘み、滑り易い。登り返し気味の登山路が続く。竹林の中で始めて樋を使った水場にであった。すこし味がするが湯冷ましより冷たくて美味しい。所々に急登や岩があるが足場が付いていたりするので雨で濡れて滑るのさえ気をつければよじ登るのもなんと言うことはない。百合の仲間の花(チレブかスコバガスと言ったような)を愛でながらポレポレでバンブー林を抜け、ブジュク川渓谷を見下ろす尾根に沿ったアップダウンを進む。広く開けた地滑り跡に出た。今日はなぜか銃を持ったレンジャーが休んでいたり、ポーターの様な男女がどんどん我々を追い抜いて行ったりする。ガイドに聞くと「ブジュクで日本人が高山病になった」と教えてくれた。「それにしても大げさな、銃やこの人数~」と思う。登り続けていくとバンブーが消えて 林はどんどん蘚苔で覆われた広葉樹に代わって行く。標高が増えるにつれ、木々や地面の蘚苔は増え、熱帯の密林に入っているという気分になる。 ハイキニア(発音のまま)という複葉広葉樹の大木の脇で休憩となった。小雨が木々にさえぎられるので雨具を着けて歩くのは鬱陶しい。しかし泥濘がどんどん酷くなるのでズボンは脱げない。もうゴム長靴の中は汗だらけで気持ち悪い。足跡から見るとポーターはそこいらじゅうを歩いているようだ。ひどい泥濘には細い木や枝が置かれ、杖で先を探るジョセファさんの指示通りその上を歩くと沈まない。昼食休憩後、泥濘道の左右は大きな断崖に囲まれるようになった。歩き始めて約6時間30分で今では放棄されたニャミレジュ ハット(?)に着く。壁が壊れて吹き曝しだが避難小屋としては使えそうだ。小屋の先の乾いた岩陰に干草が敷いてあるところを見ると今では小屋より岩陰が避難に使われていると察せられた。左にブジュク川を望みながら渓谷に沿ってゆっくりと上り続ける。 着実に高度を稼ぐと周りは 蘚苔で覆われたヘザー(ヒース)林となり、泥濘もヘザーの根を注意して踏んで行くと歩き易い。先の休憩で「甘い茶を飲みたい」とアロージャスさんに冗談を言ったせいか(どうやって連絡したのだろう?)大きな岩の下でロジャースさんが温かいお茶とクッキーを準備して待っていた。大喜びで紅茶休憩に。目の前の鳳仙花(バルサム ルエンゾリとでも)が美しい。疲れが取れたところで ジョンマッテに向かって出発した。緩い登りで大勢のお祭り騒ぎの人達と背負われたクロダヨシオさんが下山して来るのに出会った。擦れ違った時、鬚面の彼は「日本人ですか?ブジュクで喋ったので、引っ込みつかなくて下山します。登頂成功を祈っています」と言って下って行く。潔いものだ。MYさんいわく「救助に協力すると公園から保険で費用がでるからな。現地の人たちには貴重な現金収入だよ」。 別れた後、このあたりで運がよければスタンレー山とマルゲリータ峰 (最高峰)を見ることができるというので谷を覆っている雲が青空に替わるよう祈ったが次々に雲が来て何も見えなかった。ジョセファさんの杖探索の効果か、ジャイアントロベリアやセネシオ(グランドセル)の中をひどいボグに会わずに通ってジョンマッテ ハットが見えるところに到着した。見ると広場とキッチンハットの向こうの登山者用ハットには追い抜いていったドイツ系5人が寛いでいた。気温は12℃でヤッケを重ねるだけで過ごせる。時たま日が当たると刺すように熱い。ゴム長靴の中のソックスは汗で濡れてしまっていたので直ぐ脱いで洗って干してみた。 右奥の部屋に荷物を運び込み、ベッドを整えて、入口内側のベンチでいつものようにお茶、夕食となった。 夕食後、傍らを通った我々と同年輩のオーストリー人男性にMYさんが話しかけて彼のアクセス、日程、費用などを聞きだした。立ち聞きによると彼は、「カセセ在住の若い友人から色々情報を聴取して昨年1月にマルガレータに登った。今回友人2人を連れて登っている。前回は好天で雨が降ったのは下りの1日だけだった。2日も降り続ける今回は忌々しい。(今回は)自分達で運転してコンゴからカセセに入り、カセセの安全でリーズナブルなホテルに宿泊した。食料をカセセの市場で購入して、RMSに出向いて登山料等を払った。しめて2千うん百ドル、ムニャムニャ」とドイツ訛りの英語で話して呉れた。後で「我々はニャカレンギジャ往復で$2900払っている」とMYさんが再確認させてくれた。とは言うものの、彼らもあのドイツ系男女と同じく自炊、それともコックを同伴しているのだろうか? |
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| Feb/09 |
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