| ヨーロッパ・アルプス 孤高の女王 マッターホルン(4478M)を登る! |
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☆8月5日(月)「久保さん、あきらめない心!だよ」 マッターホルン(4478m)登頂! 朝三時五十五分起床.快晴。無風。気温も高い。 夕立の恐れもないそうだ。食事四時。真っ暗な中、ヘッドランプを頼りに、 小屋の外に出る。 一斉に皆が飛び出すように外に出る。 小屋の裏から、急な登りがしばらく続く。朝一番はこの登りがきつい。暗い中を取りつきまで来て、昨日の学習通りにステップに足をかけた。もたついては行けない。「いいぞ!」と石坂ガイドが励ましてくれる。 暗い中ひたすらクライミングが続く。先行パーテイのヘッデンの明かりと、後発隊のヘッデンの明かりが、一列に並び、キリマンジャロ登山を彷彿とさせる。違いは、こちらは岩山で、クライミングということなので、息が切れる。同じ高所だが、こんなにも、体力の消耗がちがうのか?足が慣れて来る頃、朝日が、マッターホルンの頂上を赤く、燃えるように照らしていた。でも、横眼でチラッとしかみれません。 日本で、アンチョコ用紙を作成し、どこまでが何時間、どこに何があると書いて一生懸命イメージトレーニングしてきたが、今は頭の中は真っ白で、思い起こすこともできない。 ただ、目の前の岩を両手両足を使い、石坂ガイドに遅れないようにして、登ることで精一杯だった。切り立った岸壁を登り、4003mのソルベイ避難小屋に着くが、休むことなく進む。その先で、アイゼンを装着した。覚えているのはここまでだ。 後は、無我夢中で、何をどう登ったのかよく覚えていない。断片的,順不同だ。雪渓と雪をアイゼンで登り、固定ロープを頼りに使い、150〜60mはあろうかというソルベイの上の垂直壁を登り、(マッターホルンの肩では雪が多くついていた)、逆L字のフイックスを腕力で登ったあたりからは、また鮮明に、よく覚えており、ショートロープで体を引き上げ、雪渓を登る。降りる人で、ごちゃごちゃ、して危ない。 最後にガイドたちが置いたという、頂上直下の聖ベルナール像を見ながらほんの5分ぐらいで、頂上の雪の細い、稜線に飛び出た。 「久保さん、頂上だよ。」石坂ガイドの声で、ここは何度もネットで見た景色だ!と感動した。みんながピッケルを上げて写真を撮っているところだ。あきらめずに登ってよかった!スイス側の頂点まで来て、記念写真を撮ろうとした時、「アッ電池切れ!」(ギヤー嘘でしょ。いつ撮るの写真は。今でしょ!) 「大丈夫アイホーンで撮るからね!」(ホッ) 万歳〜!のポーズが自然と出た。たとえようもないほど嬉しかった。(後から写真をみると、顔はむくんでアンパン状態だった) 頂上は、私が立つた時は、私だけしかいず、広かった。Mさん達の到着を、12〜3分位待った。風が強く寒かった。やがて、彼らのヘルメットが見え、ルカの姿が現れ、合流した。ガイドのルカはイタリア人なので、迷わず、止まることなく、そのままイタリア側の頂点の十字架に向かい私達を連れていく。 大きな十字架の下にマリア様がキリストを抱いている像が、雪面すれすれに見て取れた。雪に座って写真を撮る時に、お顔を拝見した。マリア様のところまで、雪がかぶっていた。酒に酔うと必ず、所沢Hの千代姉さんが、若かりし頃に、渡辺先生と登頂した時に見たという、何十回と聞かされていたマリア様の尊いお姿だ。この登頂話を聞くだけだった私が、今同じ所に立ったなんて信じられないくらいだ。 学校のみんなと同じ所に来れて、この景色を見ることが出来、この上なく嬉しかった。イタリア側から、また、スイス側に戻る時、石坂ガイドが、私をグーット引き寄せて二人だけの登頂写真をルカに撮らせた。 その時の石坂ガイドの力強さは、「よく頑張ったね」と、褒めてもらっているようでもあり、「たいへんだったぞ。もっと練習してこいよ」と言っているようでもあり、今でもはっきりと覚えている。多分マッターホルンからは去年登ったモンブランも見えていたのだろうが、景色としての山々の一つとしての認識しか出来なかった。初めてこの時感情がこみあげ、涙が出た。 本当に頂上にいた時間はたくさんあったのに、寒さと、電池切れのショックで、何をしていたのだろうと思うぐらい、覚えていることが少ない。酸素不足で脳が働かないのかも。お菓子を食べ、水を飲み、いよい よ、今日一番の核心、下山に入った。 ☆マッタ―ホルン頂上〜ヘルンリ小屋へ行けども行けども、長くて長くて 本当にきつい! 帰り道は遠かった〜♪。歌にもあるが、遠かったのです。懸垂下降というより、クライムダウンで降りるほうが多く、体力がいるしチームなので時間がかかった。急駿な岩場を速やかに下りるには技術がいる。 練習が足りないなと感じた。それと、降りる人登って来る人が、渋滞しており、待ち時間もことのほかこの日は多かった。渋滞は悪いばかりでなく、岩に打ち込まれた誰かの小さなメモリアルプレートレートを見つけたりも出来た。また、帰りは、ソルベイ小屋の中に入って見ることが出来た。ソルベイ小屋を過ぎると、岩場が広くなり、今度はルートファインテイングで時間がとられた。私が先に下りるので、的確な岩場をとらないと、引き返すことになり、無駄な時間と体力を使うことになる。何度も注意を受け、神経も使った。 石坂ガイドから「そこは明らかに違うでしょう」「ピンクの石の色をよく見て」しまいには「サングラスで、道が見えないの」「久保さん頼みますよ」とまで言われる始末。でも、本当に分かりにくいルートだった。 登る時の何十倍も降りていく時間は長く感じ、疲労もたまっていった。3級程度の岩山とはいえ、角度のある岩稜をひたすら長い時間降りるのは、つらい!きつい!ヘルンリ小屋が見えてきてからも長く感じた。 私達をぬかそうと、ロープをかけ降りていた二人組の一人が、ルカの上に墜落して来た時は本当に驚いた。 ルカが、落ちなくてよかった。もらい事故になるところでした。そんなこともあり、当初2時には小屋に着く時間で登ってはいたが、下りが何とすご〜い驚くほどの時間がかかり、小屋に着いたのは、なんと7時を過ぎていた。 降りる人、登る人が多く渋滞していたとはいえ、待ち時間が多かったとはいえ、・・。私達の跡を追い抜かさずに、道を見つけられず苦労していたチェコ人や、ヨーロッパ圏の人が4人ほどいた。日本人も二人いた。 その人達と、今夜もう一泊ヘルンリ小屋に泊ることになった。ルカが走って行き、小屋の主人と交渉してくれた。おかげで、温かいスープだけの食事ももらえたし、ベッドも確保出来た。感謝感謝。早々に休む。 ぼろぼろの雑巾みたいに、クタクタで、疲れていた。小屋のベッドがあいていてよかった。 |
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