| 剣北方稜線 僧ヶ岳から毛勝山 第4日 5月9日(月) |
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| 薮と岩尾根の剣岳北方稜線を残雪期に縦走する | |
| 2011年5月09日(月) | |
| 【コースタイム】 5月9日(月) テント場05:22→05:29南峰→05:40コル→07:55大明神沢出合→10:11片貝山荘P1853→11:10片貝第4発電所→11:38片貝山ノ守キャンプ場 |
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| 記録 寒くて手足が冷え、何度も目が覚めた。2:45に起きて霜が着いた寝具の表面を払う。寝具を整理して調理道具・食器を準備する。アルミコッフェルの中に詰めていた手拭が凍っている。湯を沸かして暖かいラーメン/雑炊、緑茶を啜ってようやく一息ついた。後片付けをして、テントの外に荷物を出してザックにパッキングしようとテントの中に入れていた靴、スパッツやアイゼンを取り出すと靴紐、ジッパーやアイゼンバンドが凍って硬くなっていた。アルコール温度計を見ると-2℃、ストーブを点火していなかった食前はもっと低温だったろう。テントの外に出てみると空は薄曇、無風、気圧計の表示は760hpと昨夜より2hpほど上がっていた。ペグを凍った雪から掘り出してテントを撤収してザックに詰め込んだ。 毛勝山南峰テント場を5:22に出発した。今朝は雪面が凍ってアイゼンの利きが良く気持ちよい。7分ほどで毛勝山南峰に登りついた。昨日の霧雲と違って展望が利く。大明神山、白山から富山湾、毛勝山北峰、駒ケ岳、僧ケ岳、朝日をバックに後立山、剣岳、釜谷山〜猫又山と余すところ無く見えた。写真撮影を楽しんだ後、毛勝山コル(約2360m)に下った。 コルから覗きこむと毛勝谷は雪の奈落だ。2002年の連休に登った時よりも雪が多く、トレースも薄い。壷足なぞは全く無い。当時、あんなに多かったスキーのスプールも全く見当たらない。5:40に毛勝谷を下り始める。最初は四つんばいのクライムダウン、少し下って立ち上がり、ピッケルの石突きで確保しつつ、ジグザグ状トラバース気味に一歩一歩慎重に下る。雪慣れたTKさんは足跡を残してどんどん姿が小さくなっていく。標高2000m近くで谷は北から北西に曲がり、チラと見上げてもコルはもう見えない。標高1800m辺りになると左右の斜面からデブリが落ちてきて谷の縁に沿って縞を作っている。傾斜がすこし緩くなった標高1550mで左足が滑って数mほど滑落した。滑落停止操作をするうちに、眼鏡を壊し、左目の下擦過傷を作ってしまった。ベストのポケットから予備の眼鏡を取り出して掛け、ゆっくりとTKさんが待つ標高1500m辺りにあるデブリの先端に下った。ここまでカメラを懐から出す余裕が全く無かった。TKさんに怪我をした顔の写真を礒田のカメラで撮って貰って平坦なところでゆっくり休憩をとる。見下ろすとまだまだ急な谷が続いている。見上げると狭い谷に空が半円状の穴に見える。毛勝山南峰西尾根から毛勝谷に下って来る谷の出合いを過ぎると、左右の斜面から大きなデブリが落ち込み、谷の中央に流れて、デブリがデブリを削って雪壁を作っていた。おお怖い。大明神沢出合(1234m標高点)に下りつくと谷も緩やかな傾斜に変り、右(北)の谷間から当初登る予定であった僧ケ岳の尾根筋が白く光るのが見えた。 さらに谷が広くなり、雪に埋もれた堰堤にでた。堰堤の端から左岸斜面を下る。堰堤からは雪解け水がとうとうと流れ落ちていた。下流の堰堤の先に青いパワーシャベルが除雪作業をしているのが見えた。除雪作業中のパワーシャベルの脇まで下って運転者の方に声を掛けて林道へ通してもらった。除雪が済んだ林道末端でアイゼンを外してピッケルと一緒にザックに収納してゆっくり休憩した。さてと、林道を下るとまた路上に残雪が溜まり、2台のパワーショベルで熱心に除雪作業をしている。声を掛けても聞こえている様子は無く、なかなか通り抜けられずやきもきした。作業を中断して頂いて除雪済みの林道に出る。林道の脇に伊藤建設の乗用車が1台駐車してある。これから下流の林道には雪が無いということかと思った。堰堤の建設が進んだせいか林道も谷の中まで登り、伝説の綱渡り箇所はどこだったのか分からなくなっていた。 橋を渡って右岸へ移る。芽吹き、新緑の美しい場所でゆっくりと昼食をとり、路傍に生えているフキノトウを少し頂いた。 東又谷出合いの橋の上流側に通行止め鎖ゲートが設けてある。橋を渡って右岸を暫く歩いたところに遭難慰霊盤が岩に彫り付けてあり、その脇に当初計画の伊折山〜僧ケ岳登山口があった。地形図の破線箇所である。斜面を登る残雪に最近の足跡は無かったが踏み跡が上に続いている。休憩を入れてコルからここまで4時間30分で下ってきたことになる。片貝山荘へ渡る橋の前を過ぎ、路傍に咲く春の花を見つけながら林道を歩く。高圧送電線巡視路入口の辺りの杉林にはカタクリ、キクザキイチゲ、エンゴサク、コシノバイモ、ミヤマカタバミなどの大群落があった。 片貝第4発電所を過ぎて約500m下流で、除雪現場から下って来たエッソ系富山石油のタンクローリーに7分ほど便乗させていただいて、05/06に引き返した片貝山ノ守キャンプ場に到着した。「片貝第4発電所まで約4km、ここから約1時間で歩けるのではなかろうか。それでは片貝第2発電所はどこにある」と少々悩んだ。キャンプ場では地元の方々が管理棟に物品を搬入するなど、色々作業をされていた。テントを干しながら地元の方と話し込んで、片貝の話を聞く。「今年は残雪が多く、例年のように連休に開通とはいかなかったようだ。 山を持っていても林業専業では生活できないが、春は山菜取り、渓流釣、海釣と遊びながらのんびりと過ごすことができる」とのことで「仲間の車で魚津駅まで送ってあげよう」と親切な申し出も頂いた。「タクシーを予約しているので」と丁重に断って、迎えに来た魚津交通タクシーに乗って4日分の汚れを落とすために「辻わくわくランド」に向かった。走り出して1分も経たぬうちに片貝第2発電所の前を通るではないか。悩みは消えたが、「キャンプ場に現在地が記してある広域地図があったら当初計画通り片貝周回縦走ができたのに」と少々恨んだ。 「辻わくわくランド」で服を脱いでみたら、膝上に打ち身、掻き傷が多数、左内股にアイゼン刺し傷、両足の小指上に肉刺、もちろん顔に擦傷瘡蓋などと軽傷だらけであった。汗と垢を流した湯はそれら怪我にやさしいものだった。服を着替えてロビーにでると、玄関から入ってきた男性から「若い時は毛勝山に登って毛勝谷を靴でスキーのように滑走して下ったものだ」と話しかけられた。魚津の人にとって毛勝山は自宅の裏庭のように感じられているようだ。受付の女性から「今夜から魚津は雨、あなた達は天気に恵まれた」と聞かされる。なぜか駐車場から見える魚津の山々にお礼を言いたくなるような気分になった。 「辻わくわくランド」からタクシーで魚津駅に出て、まずは緑の窓口で乗車券、特急券を購入した。次にタクシーの女性運転手に聞いた堀内食堂に向かった。すでに14:00で昼食時間は終わりそうだったが若主人と女将の好意で生ビールと地魚料理(ほたるいか釜上げ、ゲンゲの唐揚、焼魚(鰆やヤナギメバル)定食)で打ち上げをすることができた。 魚津駅を15:06発の特急、越後湯沢駅で新幹線に乗り換え、大宮駅でTKさんと分かれて、武蔵浦和、北朝霞を経てまたしても人身事故で混雑する朝霞台駅から18:45に志木駅に帰ってきた。重いザックに背中を押し潰されながら痛い足で重い冬靴を引きずって県道を歩く。我が家の玄関にたどり着いてザックを下ろし、靴を脱いで身軽になってやっと山行を終えたという気分に浸ることができた。 |
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